来訪者
ヒュージアントとの最初の戦闘からしばらく経った。
あのあとからジュシュリ付近の警戒を強めたのでジュシュリに侵入されることはなかったけど、森での遭遇戦は増えた。
具体的に言うと末端の戦闘班ゴブリンにまでヒュージアント製の鎧が行き渡る程度にはヒュージアントを退治している。ガギによるとこれはますます何かが起こっているのでは?ということだ。
ヒュージアントがここまで発生したことは口伝の中にもないらしい。まああんな大きな蟻がたくさんいたら食べ物とかどうするんだ、って話になるしね。ジュシュリが到達したことのない森の奥でヒュージアントが巣でも作っているのかもしれない。実際森の奥から獣が流れてきているという感じもあるそうだ。逃げてきているのだろう。まあおかげで備蓄が増えてるんだけどね。
人型の大型ゴーレムの数は増えた。まだ問題点がないわけではないんだけど、とりあえず普通のハイゴブリンが使える程度にまでは魔力消費を抑えることが出来たので、量産を開始したのだ。今では開墾用としてテスト開発用の私の一号機、魔術検討用のゲゴ用の二号機、工房での作業用の半鉄製の三号機とバリエーションも豊富だ。どの機体もジュシュリ防衛も兼ねている。本当はもっと数を増やしたいけど、今の工房だとこの程度がメンテナンスの限界なので、今後しばらくはこれ以上増やす予定は今のところない。
その代わり牛型ゴーレムはかなりの数になっている。本格的に運搬用として量産したためだ。この量産機は角や首の可動部分がなく、荷物を乗せやすい体の構造になっている。足の関節も出来る限り簡略化してメンテナンス性も高くしている。この機体には牽引力は考慮されていないため生産性やメンテナンス性が高くなっている。
また最初の牛型ゴーレムも大型ゴーレム同様、テスト開発用として私の専用機となっている。そうなる時、大型二号機の魔法投射用の副腕の没になった腕を頭の角がある部分につけてもらって首が回るようにしてもらった。
周りからの評価は、きもい、動くのか?といった意見ばかりでたいへん好評を得ていたけど、ケンタウロスみたいだし、ちゃんと動くし、何よりその腕によって牛型ゴーレムに私が乗りやすいので重宝させてもらっている。私がジュシュリの中を移動するのにいちいち大型ゴーレムを使うのもアレだし、プロトタイプ牛型ゴーレムの魔力消費量は通常のゴーレムよりも低いので。
けどそのプロトタイプは私以外の誰にも満足に動かすことができなかったのは意外だった。ガギやグゲでもダメだったのだ。それが何故なのかまだ分かっていない。けど牛型に腕をつけるのは大変便利なので全ての牛型に搭載したいと考えている。まずは何故動かせないのかを追求しないと。魔力の問題ではなさそうなんだよねぇ。牛型ゴーレムに腕があれば荷物の搭載などいろいろと便利なのでこれの可能性も広げていきたいと考えている。なので腕も簡素で必要十分な関節のある簡易生産型の設計と生産もお願いした。今つけている腕は没になったとはいえ魔法投射用に結構複雑にできているから。
プロトタイプはともかく、牛型ゴーレムの数を増やしたのは、ガギの思惑によるものも大きい。ガギは以前言っていた人口増加によるジュシュリ割りではなく、今はジュシュリ全体の移住を考えているらしい。
理由はもちろんヒュージアントだ。もし森の奥で本当にヒュージアントが巣を作っていたら、いつか今のジュシュリは飲み込まれてしまうと考えているようだ。だからいつでも逃げ出せるように準備をしているのだ。
実際小規模の長距離偵察隊を送り出して。移住先探しを行っているらしい。優秀なゴブリンが偵察隊に含まれているのでジュシュリの防衛力は落ちている。生きて帰れるか分からない過酷な任務なので志願制にしたらそうなったのだ。
移住準備としては、以前に植えた根菜が無事に育ってくれて蓄えとして役立ってるし、穀物なんかも以前より収穫量は増えたらしい。このまま何事もなければジュシュリを移住させるどころか割る必要すらないのにな、というガギの愚痴を聞いたことがある。
私も完全にジュシュリの生活に慣れたのでこの生活が失われるのは惜しいと思っている。ゴーレムや魔術の研究は楽しい上に直接皆の役に立つのでやりがいもあるのだ。
そんな、不穏ながらも平和なひとときを破るものが現れた。
人間である。
このへんにはもう何年も人の訪れない別荘があるだけで人間がここに近づく要因はないらしい。のに人間の一団が現れた。しかも迷い込んだという雰囲気でもなく何かを探しているような感じらしい。
人間に荒らされてはかなわないと、ガギとグゲが出向くことになった。私も行きたいと言ったけど却下された上にゴーレムも連れて行くとのこと。ゴブリンと侮られないためだろう。確かにガギとグゲがいてさらにゴーレムがあればそうそうめったなことは起きないだろう。
それと出発前にガギから小さな箱を渡された。いつぞやの指輪が入った箱だ。人間が近づいているからかな?
そしてギグとゲゴにもゴーレムを引き連れてゴガも呼んで広場で待っていてほしい、と。私も自分のゴーレムの腕に座って待つことにした。さすがにこんなゴーレムの集団の中で暴れだす人間もいないだろう。その方が双方にとって良い。
すぐにガギとグゲが人間を連れてジュシュリに戻ってきた。さすがに武装解除は出来ていないようだから気をつけないと。私の周りにはギグのいかつめの見た目で部分部分が金属なのが丸わかりの三号機と、ゲゴの他と比べたら細めのしかし胴体にも人間の腕ぐらいの一対の腕が生えている四つ腕の二号機が並んで立ってるのでたぶん大丈夫だろうけどさ。もちろん各ゴーレムの側にギグとゲゴもいるし、ゴガも私のすぐ近くに控えている。こんな中に私に襲いかかるとかどんな難易度だって感じだもの。実際そんな中に引き入れられた人間たちは明らかに狼狽していた。けど一人だけ落ち着いているように見える人もいた。どうもこの無精髭を生やしているけど若そうな男性がリーダーのようだ。
彼はビビった様子も見せずに進み出て、私の前で跪いて挨拶をした、【ゴブリン語で】。
「お初にお目にかかります、この地の支配者様。私はレザント帝国第四軍の軍師、ハームルといいます。尊きお方の命によりこの地に参りました。どうか探索の許可をお願いしたく」
ぇー、その帝国とやらがどこのどんなのか知らないけど、この人めっちゃ偉いさんじゃないの? それが自分で言うのも何だけど自称ゴブリンの女の子に跪いて許可もらおうとしてる?
このタイミングでいつの間にか私の後ろにまわっていたガギが人払いの術を使った。周りにいたゴブリンには人間の隊長が私に跪いたのだけ見えただろう。……それを見せるためにすぐに人払いを使わなかったのかな?
人払いの術の中には人間たちと私と五神官だけだ。だからミスっても問題ないけど、ジュシュリを代表して外部と接触するということなので、なるべく威厳のあるように話した。成功してるかどうか分からないけど。
「ゴブリン語を話せるのですね。しかしこちらも人間の言葉で話せるのですよ」
「おお、素晴らしい。なにぶん不勉強なものでそこまでゴブリン語は得意ではありませんので、人間の言葉で話せるのはありがたいです」
とりあえず人間の言葉で話することにした。なにかやばいことを話されてもいいように。ガギはもちろん、ゲゴとゴガにも分かってしまうけど、なんとかなると思う、なってくれ。
「何の探索をされたいのですか?」
「複数の人物を探しております」
……人物かぁ。アレな予感がする。
「その人物とはどなたですか?」
ハームルと名乗った軍師は、何かためらったかのような表情をしてから、おそらく正直に話してくれた。
「我が帝国の貴族、アンドリュー様と、貴族子女であったセレナ・ブレゲでございます」
あー、やっぱりそうか。たぶんアレだよね。私の両親。まったく記憶にないけど、私の体を守ってくれていた人たち。おそらく恐ろしい病気や呪いかで亡くなってしまった人たち。
んー、もっと情報欲しいからとぼけておこうかな。
「その方たちが何故こちらにいると思われたのですか?」
「付近、といってもここから十日はかかるのですが、町での目撃情報です。またこのへんには最近使われておりませんでしたが貴族の避暑地があり、帝国と付近に住むゴブリンとの協定がある、と聞き及びましたので」
え? そんなの初耳なんだけど。




