食料
「ということはあの竜たちは自由意志でこちらを攻撃してきたのではなく、〝あなた〟の〝命令〟で攻撃を行おうとした、という解釈でよろしいですかな?」
ベフォセットがかなり強い口調でファゼンさんに問うた。
「……そうだ、弁解の余地なく私の思惑だ」
「でもあなたもそのゴア大司教だか大地竜ザダリオだかの命令でそれを行ったんですよね?」
「先ほども言ったが、命令ではない、お願いだ。だから私の意思だ」
「しかしお願いと言われても相手は偉い人や竜なわけですよね。それに逆らうことは実質的に出来ることなんですかねぇ? 私は、そこは疑問だと思いますが。力関係が違う相手のお願いなんぞ、命令ですよね? ちなみに私はリン様の忠実な下僕ですので、リン様がお願いするなら、おそらく命をも差し出すことでしょう」
こちらをちらちらと見ながら、なんかとんでもないことをべフォセットは言い出した。
「もーちーろーんー。私はリン様がそんな〝お願い〟をするわけがないと知っているから忠実な下僕を演じられているわけですが、あなたとその大司教と大地竜にそんな〝信頼関係〟なんかなさそうですよねー」
ファゼンさんをからかっているかのような仕草と言い方でベフォセットは問い詰める。
……たぶんファゼンさんはスルーすると思うけど、〝演じて〟いるのね。ふーん、なるほどー。
「ぐっ、……ともかく、あの竜たちに罪はない。返せば再び戦力として数えられるだろうから、返してやってくれとは言わん。が、殺さないでくれ、でほしい」
「ここまでの付き合いで、わたし達がそんなに残虐な相手に見えましたか?」
ベフォセットの頭をぽかりと殴ってやりたい気分だけど、背が全然届かないのでわざとべフォセットの足を踏んで、前に出て言う。
「見えないが……その、問題点がある……」
「問題点? それは?」
「おそらく他国では負担になるであろう。竜はたくさん食べるのだ。そんな食料を出してまで竜をかくまってくれるとも思えない」
へ? そんなこと? もしかして私の想定以上食べるのかしら?
「どれほどなの?」
「竜が行軍する際は、羊の群れをそのまま連れて行く。正直馬車であっても竜の食料を運ぶのは困難だから食料自身に歩いてもらうしかないからだ。だいたい三日に一度成長しきった羊一頭まるまるだ」
……思ったより少なくない? 三日に一度って基本は爬虫類だから?
「え? それだけ? それぐらいならなんとでもなるから安心して。確かにコストとしては高いかもしれないけど、竜の大きさや能力を考えたら、分からないでもないわ」
実際このテルルならニ匹の竜程度なら十分に食料を供給できるだろうし、なんなら蟻の巣を使ってライクーンから持ち込めばいい。ライクーンなら大量の干し肉や生肉を常備できていると思うし、あの倉庫群があるなら。
「生体じゃないと駄目、ってことはないよね?」
「……え? あ、ああ、しばらくなら肉の塊でも構わないが栄養などを考えると生体をそのまま与えるほうが良いとされている」
そうなのか。生体は、ちょっと与える方に慣れが必要になってきそうだから、当分は我慢してもらおう。
「今いる子たちはどっちも成体よね?」
「ああ、もちろんだ」
「ならしばらく生体でなくても大丈夫よね?」
「そうだな、一年ぐらいであれば大丈夫なのではないだろうか? しかし竜たちにはあまりに肉の塊ばかりだと不満かもしれん」
「そのへんは捕虜みたいなものだから我慢してもらうわ。ただ生体の準備はさすがに時間かかりそうだし」
「もちろんだ。私が説得すれば飲み込んでくれると思う。ただ、まあ、贅沢を言うわけではないが、竜にとっても食事は楽しみなようだからな。あとは極端に魔力の薄い地域に閉じ込めるなどしなければ、問題はない」
魔力も必要なのね。となるとライクーンに連れて行ってしまうのはちょっと厳しいのかもね。まあ今はそんな気はないし、今のライクーンの魔力状況は知らないし。
「と、いうことで戦争中はファゼンさんもあの竜たちも返すわけには行きません。ファゼンさんは公式には捕虜、竜たちは鹵獲物という扱いになり、たぶんわたし達ジュシュリの管轄下に置かれます」
「捕虜? 鹵獲物? 殺さないのか?」
「殺す理由がありません。けど身代金が欲しいとかじゃないです。お金を積まれても今は返せません。敵戦力にもうなってほしくないので」
ベフォセットはわたしが話しだしてから、一歩後ろに控えて、ニヤニヤ笑っている。




