工房見学
「工房を見てみたいです」
「工房、ですか?」
何故そんなところに行きたいのか、と思ってそうな雰囲気を醸し出してガギが案内してくれる。よほどでないと否定されないのは動きやすくて助かる。
「こ、これはリン姫様自らが、こんなところまで」
最初に出会った第一職人はギグだった。
「ええ、ギグたちがどのような環境で作業なされているのか見学にきました」
「おお、それはとてもありがたいことではありますが、ここは危険でございます。その杖を突きながらでは万一の際転けてしまいますし、しかし転けてはならない場所も多いのです」
まあ確かに奥の方からは鉄を叩いているであろう音も聞こえてくるし、暑さが入り口まで広がってきている。そういう場所なんだから当然だろう、と思っていたけどけっこうものが床に落ちている。……確かにここを私が動き回っては危険なようだ。
「分かりました。今日はやめておきます。次回来る際は事前に連絡させていただきますね」
どのように鉄加工をしてるのかとか見てみたかったんだけど、まあ仕方ない。
「は、はい。あ、木工工房でしたらそこまで危険はないかと。今ゼルンがつめておりますが」
ふむ、ゼルンはどっちかといえば木工なのかな? とりあえず顔を出してみよう。ギグにもねぎらいの声をかけてから木工の工房へ向かう。
木工の工房の入口付近でゴブリンの木工職人が作業をしていた。私やガギを見つけると、作業を中断してすぐさま跪いてしまった。
「ああ、邪魔してごめんなさい。この工房の見学にきただけですので、作業を続行していただけますか?」
このゴブリンの仮面は目の辺りしか隠していないマスカレードマスクなのである程度表情は読める。明らかに戸惑っていた。
「すまんな邪魔をして。ゼルンはいるかな?」
跪いているゴブリンへの対処に困っているとガギが話を進めてくれた。
「は、はい、奥で研究されているかと」
「そうか、失礼するよ。ああ我らのことは気にしないで良い。与えられた仕事をこなしたまえ」
そういってすっとガギは入っていく。下々に無理をさせるのには慣れてるって感じだ。けどこれもここの秩序だからなぁ。私がとやかく言うことでもないよね。なので仕事に戻ったゴブリンに軽く会釈しながら横を通り過ぎる。
奥でゼルンを見つけた。操り人形を触っているところだった。
「こ、これはガギ様にリン姫様まで! 失礼しました」
こちらに気づいたゼルンが慌てて椅子から離れて跪く。
「こちらがいきなり訪問しただけですので、どうか畏まらないでください」
ガギにとっては相手がおののいて跪いていたりが普通なんだろうけど、私には普通ではない。そんなことをせずに話してくれたほうがずっとやりやすいのだ。
このやり取りの様子を見ていたデゥズとジーゼが床に散らばった木くずを私の周りだけでもと掃除し始める。
「リン姫様にふさわしい椅子ではありませんが、どうかこちらに」
ゼルンが自分が座っていた椅子を勧めてくれる。
「ありがとう、ありがたいですわ」
しばらく立っているぐらいならどうとでもなるけど、せっかく譲ってくれたんだし、遠慮しても遠慮合戦が始まる気がしたので素直に座らせてもらう。ジーゼたちが素早く松葉杖を受け取って控える。本当に優秀な人たちだ。種族的に人じゃないけどもう人でいいよね。
ゼルンは奥から小さな簡易椅子を持ってきて私の前へ座る。座らないと見下ろして話することになるからだろうな。私は気にしないけどガギやゼルン自らが気にするのだろう。
「ガギ様の分がなく申し訳ありません」
「いや、今はリン姫様のお側役をしているだけだから気にせずとも良い」
ガギを見てると反面教師になるなぁ、って思う。ガギ自身が悪いわけじゃないんだけどね。本人がいくら気にするなと言っても周りは気にするということがはっきり分かった。まあ私が勝手に動き回るのが一番悪いのだともはっきり分かったけど。
「それで義足の方はどうですか?」
「はい、リン姫様のおみ足を受け止めるソケット部分の構造は発注しております。足型が出来次第微調整します。また今の素材が完璧とも思えませんので他の素材でも試してみるつもりです。蒸れと滑り止め対策はある程度出来ると思います」
おお、思った以上に対策が進んでいたようだ。
「それと関節付きの義足ですが、試作品は出来ております。が若干重いのと構造的に弱いと思われるのでどうにか改善できないか、貸していただいた人形を拝見させていただいておりました」
「人形を見て何か参考になりそうなことはありましたか」
「まだ参考に出来るかどうか、なのですが、この人形には複数の関節の構造がありました。腰、首や肩、肘、膝でそれぞれ構造が異なるのです。また作りも丁寧で大変素晴らしいものでした。この人形の製作者は尊敬に値します」
まあ確かにパッと見ただけでも肩とかは球体関節だけど肘は別の簡素な構造になってるし、肘と膝も一見同じ様に見えるけど構造が違うようだ。球体関節とか外から見ただけじゃ構造は理解できないかもなぁ。
「この人形の関節をそのまま義足に使うわけにはいきませんが、とても参考になっております。後ほどギグにも見せて意見を聞きたいと思っています」
最初は緊張した声だったけど喋っているうちにほぐれてくれたようだ。さすが職人、技術の話は好きということかな。
「ゼルンにとって良い刺激になっているようでなによりです。義足の関節についてはなるべく単純で生産しやすい形でお願いします」
「えっ? 何故ですか? 基本一品物になりますので、なるべく人体を模したものをと考えていたのですが」
「見た目よりも使い勝手と生産性を重視してほしいのです。少し考えていることがありますので」
「生産性、ですか。リン姫様の意図は把握しかねますが、分かりました」
思ったよりも研究も作業も進んでいて驚いた。このままゼルンにまかせていればいいものが仕上がってきそうだ。
「では、よろしくお願いします。突然お邪魔してごめんなさいね」
「いえ、あ、でも出来ましたらご自身がこちらに来られるのではなく呼びつけていただきたいです」
やっぱり余計な負担を与えてしまっていたようだ。気軽に様子を見に行くことも出来ないのは面倒だなぁ。
「約束は出来かねますが、なるべくそうさせてもらいますね」
約束はしない。あっちでも気になったら自分で調べに行ったりしてたからなぁ。時間と余裕があれば自分で研究したいところなのだ。ただ前提知識も技術もまるでないからゼルンに任せてるんだけどね。
そろそろ魔術のゲゴが戻ってきているのでは、ということでジュシュリの散歩は終わり。畑と工房に行っただけだけど、道すがらにも相当数のゴブリンが見えた。確かにこんなにゴブリンがいては食料問題とかだいぶと厳しそうだ。根菜が多少緩和してくれたらいいんだけど、それも収穫だいぶと先だろうしなぁ。
いつもの椅子に座ると自然とため息が出た。運動不足が祟って先程の移動でも疲れてしまったようだ。この体は子どもだからこそ大いに動かないといけないんだけど、中身の私としたら突然得た体で、環境もまるで分からないという感じだから、運動不足なのも仕方ないよね。けどこのままだと太ってしまいそうだ。義足の完成が急がれる。
とか考えていたらゲゴが戻ってきた。薄い木札を何枚も持ってきている。メモ帳かな?
「ご要望の呪文が準備できました。これで人形をゴーレム化出来ると思います。まずわたくしが使ってみたいので人形をお貸し願えますか?」
私は字が読めないし、復唱するにも限度があるだろうから、最初はゲゴに任せよう。