視察と言う名の散歩
グゲはまだ帰ってきていなかった。報告としてはもう一つ松葉杖が出来たことと根菜のための畑を新造することにしたのでしばらくゴブリンたちの一部をそちらに回すこと、食器や調理道具の増産をすること、素材を求めて何人かの手練のゴブリンを探索に向かわせること、ジャイアントアントを見かけるようになったので各自気をつけること、などがあがった。
ジャイアントアントって何? って傍らのガギに聞いてみたら、ガギの肩幅ぐらいの大きさの蟻だそうだ。ガギは平均的な肩幅だと思うので四十センチから五十センチぐらいかな? 一匹や二匹ぐらいならどうとでもなりそうだけど蟻だから大群で来られたら恐怖だね、それは。
報告会が終わったらゴガが足の様子を診断してくれた。
「もう大丈夫だと思われます。本日は乾燥させましょう。念の為明日まではあまり足を触られませんよう……」
義足のあれこれは明日以降になりそうだ。でもそれは予想済み。だから人形を持ってきてもらったんだ。
「ゲゴ、この人形をゴーレムにしてみたいのですが、可能ですか?」
本日はゲゴに用事がなければ一日ゴーレムの勉強をしようと思ってたんだ。
「え、あ、はい。可能ではあります。ですが何故わざわざ人形を素材に?」
「いえ、素材というより、これをそのまま動かせないかな、と」
ゲゴが一瞬考え込むかのように固まった。
「可能だと思います。が、やったことがありません。それに先日教えた呪文では不可能だと思います」
「え? 不可能なのですか?」
「はい、あの呪文には素材を魔力で大きくし、自在に造形するという段落が入っていますので、あの呪文を人形に唱えても人形が素材として膨らむだけかと」
「でも、可能なのですよね?」
「ええ、その呪文からその部分を取り除き、人形に対して動かすための魔力を流し込むという段落を入れればいいだけですので」
「ではその呪文を教えていただけますか?」
「はい、今必死になって組み立て中ですので、しばらくお待ち下さい。これ、何か書くものを持ってきて」
近くにいたゲゴの側仕えに筆記用具を所望していた。
「あー、早く試してみたいとは思いますが、その呪文を慌てず作成してください、待ちますので下がっていいですよ」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて失礼します」
なんとか返答できてる、という感じでうわのそらというか思考に落ち込みながらゲゴがいったん下がっていった。
「どうなさるおつもりなのですか?」
隣に控えていたガギはこっそり小さな声で聞いてくる。
「いえ、単に小さなゴーレムを作って自在に動かせたら便利だな、と思っただけですよ。松葉杖を持ってきてもらったりとか」
「そのようなことは側仕えに任せればよいのでは?」
あー、やっぱり上であることに慣れてる人はそう思うか。
「そうかもしれませんが、私の意思だけで動かせるということが大事なのです。本来なら自分で動けばいいことではあるのですが、この体ですのでそれも叶いませんから、せめて自分の意志だけで動かせる道具がほしいのです」
「側仕えは道具としてお使いいただけるものですが……?」
うーん、どうもこのへんは平行線になりそうだ。別の理由を出したほうが良さそうだ。
「あとそれとですね、魔力で素材を大きくしたり造形したりするということは余分に魔力を消費する、ということではありませんか?」
「はい、確かにそうかもしれません」
「ならばすでに形を用意したものをゴーレム化したら魔力の節約になりませんか?」
「なるとは思いますが、そこを気にされるほどリン姫様の魔力は少なくはないかと思いますが」
節約できるなら節約したほうがいいじゃないですか。それに思うところもあるんだ。
「ええ、私の魔力ならそうとう長持ちしますから、気にしないならそれもありだとは思います。けどここで節約する方法がわかれば、もっと大きなゴーレムを作り出したり、逆に小さなゴーレムを複数動かしたり、ずっと動かしたりできるようになるんじゃないですか?」
「なるほど、これがリン姫様の新しい風なのですね。確かにおっしゃるとおりです。我らは受け継ぐことだけを考えておりましたので、あるものを変えるというところまで頭が回っておりませんでした」
よし! ガギを【説得】できた。これでこのゴーレム関連はガギの後ろ盾を得れたことになる。なんだかんだで皆もぽっと出の私の指示よりガギからの指示の方がやりやすいだろうし。
ゲゴが帰ってくるのを待っている間にギグがもう一本の松葉杖をもってきてくれた。これで義足なしでもなんとか移動できるようになった。
「ありがとう、ギグ。こちらも良い出来のようです」
「ありがとうございます、実際に作ったものにも伝えておきます」
「ところでゼルンは作業中なのですか?」
「はい、工房に籠もっております」
「ではこちらをゼルンに渡してもらえますか? 新たな発想が得られるかもしれません」
そういってデゥズに操り人形をギグに渡してもらうように頼んだ。
「これは操り人形というものです。関節が逆に曲がらないような工夫がされているので参考になるかと。もちろんそのまま使えるとも思いませんが」
実際に操り人形の関節はゆるく出来ているので体を支える必要がある義足にそのまま構造を使えば、間違いなく勝手にがくっと曲がってしまうだろう。そこをなんとかしないといけないけど、まったく何も知らない状況から関節を作り出すよりはこれを見たほうが楽だとは思う。
「自由に使ってくれて構いませんが、出来たら壊さずにいてくれると助かります」
実際のところは分解して調べてみたいだろうけど、次に手に入る可能性が低いものを壊すのはなんかアレだし、暇が出来たら操り人形で遊んでみたい、というのはあるので言い含めておく。
「はい、ゼルンに渡し、伝えます」
ギグが操り人形を受け取って、立ち去る。
また暇になった。
ガギに松葉杖のテストをかねて、ジュシュリを見て回りたいと、駄々をこねてみた。
「分かりました。現状把握も重要ですし。ただ疲れたら遠慮なくゴーレムを所望してください」
松葉杖二本で歩くのはやったことがあるのでそんなに苦労することはない。ちゃんとサイズも私に合わせて微調節されているので快適だ。
「畑を見てみたいです」
「こちらです」
デゥズとジーゼ、護衛たちには付き合ってもらって悪い気もするけど、好奇心には勝てない。
少し離れたところに畑があった。広大とは言えない土地だけど、よく耕されている。実際に今耕していたメジャーワーカーの持っている鍬の歯は鉄で出来ているようだ。中世の農村とかと比べると、なかなかの文明度な気がする。
「今は耕す次期なので何も植えておりません。先日得た根菜のために畑を拡張しているところです」
場所的に森をある程度切り開いた感じだから、けっこう苦労をかけたかも。けど根菜があると保存もそれなりにきくし家畜の餌にもしやすいと思うんだ。
「家畜は飼っているのですか?」
「はい、一通りは。牛、豚、鶏、ガチョウなどですね。牛は乳、鶏やガチョウは卵のためですが、狩りが芳しくない時は潰す時もあります。豚を優先しますが」
ということは普段の肉は狩りでとってきたやつか豚ってことね。と考えるとこの間のヒュージクラブは恵みといってもいいのかもしれない。怪我する可能性があっても狩りに行くわけだ。
「全て自給自足されてるのですか?」
「はい、もちろんです。鉄も近くの鉱山から取ってきて鉄鉱石を専用の場所で加工して得ております。薪などの木々も森から得ておりますし、取り尽くさぬよう木を育てたりもしております。我らの知識はドワーフからだけではないので」
確かにドワーフが環境を意識しているというイメージはない。イメージがないだけで実際にはやってそうだけど。けど木々を大切にするとかはむしろエルフっぽいよね。
「ただリン姫様が来られる前からジュシュリも人口が増えすぎております故、近々分けねばならぬかもしれない、とは考えております」
「分ける、ですか?」
「はい、文字通りジュシュリを分割し、一方が新たな土地を探して旅に出るのです。口伝でもジュシュリは三度ほど分かれております」
へぇ、まあ過去に経験があって口伝で伝わっているのならガギならうまくやってくれるだろう。