君臨すれど統治せず
そんなこんなで行くときはゴーレム一体だったのにジュシュリに帰ってきた時はゴーレム三体ということになって、入り口でちょっとした騒ぎになった。
ハイゴブリンのために調理を覚えたゴブリンである、ゾダィがお土産の根菜に反応している。ゾダィは私の側仕えということになって普段は料理ばかりしているゴブリンだ。口伝には人間が食べていた料理というのが残っているらしく、ハイゴブリンはそれを好むので、再現が出来ると喜んでいた。
「ゾダィ、確かジュシュリには畑もあるのですよね?」
「はい、姫様。畑で穀物を育ててます」
料理でよく出てくる、皆が手ですくって食べるあの穀物かな。
「ならこの根菜は育てられないですか?」
「それの料理方法は口伝として聞いた覚えがありますが、育て方までは……。ガギ様に聞いてみます」
「とりあえず根菜だからそれをそのまま植えたら育つんじゃないかしら?」
根菜の育て方などは私も知らない。前の世界では普段食べているやつは育たない場合があるとか聞いたことあるけど、こっちならそんなこともないと思うし。
食べ物はとりあえずゾダィにまかせて、他のものは私の部屋に運び込んでもらった。
とりあえず荷物のことが片付いたらずっと乗っていたゴーレムは解除していつもの椅子に座る。
隣に侍ったガギが足の方を向いてこれからの説明をしてくれた。
「足はゴガにも見てもらうことにします。彼女はゴガとなる前から怪我を治療する役目をしていましたから」
ゴガが呼ばれ、ゴガが足に固定した葉っぱをゆっくりと剥がす。その際に痛みはなかった。薬草すごい。
乾いた布で拭かれたけど、今度は痛くなかった。ぱっと見、あまり赤くもなっていない。
「擦り傷がありますが皮が剥がれる程度で収まっています。出血もありません。ただ範囲が広いのでしばらくは触れないほうがいいでしょう。大丈夫だとは思いますが念の為薬草を貼っておきましょう。本日は風呂はお控えください」
薬草を貼ってるし、かなり熱くなったから確かに風呂は怖い。今日は体を拭くだけにしよう。
それよりも義足の改造をしないと使用に耐えないようだ。ゼルンを呼んでもらう。
ゼルンは慌ててこちらに来て、いきなり跪いて謝り始めた。もし土下座の文化があるならしかねない勢いだ。
「私の考えがいたらず、姫様に怪我を負わせてしまうことになり、大変申し訳ありません」
いやぁ、こんなの私も想像してなかったし、仕方ないよね。
「試行錯誤しているところなので仕方ないことです。ゼルンが悪いなどとまったく考えていませんので、頭を上げてください」
「あ、ありがとうございます……」
どうも納得してないようだ。うーん、こういう職人さんには新しい課題を与えたほうがいいのかもしれない。
「そうですね、とりあえず今の形ではこうなってしまうということが分かっただけでも前進したと考えてください。ゼルンにはどうすればこの事態を避けられる工夫が出来るか、考えてほしいのです」
問題は、固定しててもわずかにずれるためどうしても擦れてしまうこと、かなりの重量がかかるため切断面が圧迫されること、蒸れてしまい、その結果傷つきやすく、またつらいこと。これらを解決できないといつまでも苦しむことになってしまう。この内重量がかかるのは仕方ないので、軽減する工夫があれば良い程度で考えないといけない。私の元の世界の義足はどうなっているんだろう? 義足の人がいたのだからある程度は解決していると思うんだけど。こっちでは当分自分の体を使っての実験になりそうだ。ゼルンには頑張ってもらわないと。
「一つ思いついていることはあります。ただそれをするには前にも言いました、姫様の足の型を取りたいので、治療後からとなります。それまでは他のアイディアを考えます」
「おまかせします、私も思いついたことがあれば言いますね」
ゼルンとの話し合いが終わったら夕飯になった。
さっそくスープが出てきた。普段は水を入れているお椀に根菜のスープが入っていて、スプーンも人数分用意されていた。普段はここまで出てこないゾダィが料理の説明や食べ方を説明している。今まで汁物なかったみたいだし、想像はつくかもしれないけど分からないよねぇ。私はもちろん分かるけど、ゾダィの説明を待って、食べた。まだちょっと煮込みが足りないようでちょっと固い。けどスープは意外としっかりと味がついていた。肉も入っていたのでそのせいだろうか? 別に油も入れてる感じがする。香草も入っていたので匂いも悪くはない。正直期待してなかったけど、これぐらいのが食べられるなら満足できそうだ。
口伝が残っていてレシピがあったからだろうけど、ゾダィの料理人としての腕前も高いのかもしれない。ゴブリン恐るべし。
食事が終わってから、ガギを呼び止めた。
「ガギ、私のやることはないのかしら?」
「やること、ですか? 何をされるのですか?」
とぼけているのか、心底分からないのか、仮面で表情が見えないので、こちらには判別がつかない。
「えーとですね、私、姫様としてジュシュリにいるでしょ? ですから私の出来る仕事はないのかなぁ、と」
「ありません」
バッサリ言われた。なんていうんだっけ? 君臨すれども統治せず、だっけ? いや、統治とかやろうとも思わないけどさ。
「あるとするなら、我ら五神官を束ねる役目、となります。我ら五神官は口伝や技術を受け継ぐものですので、新しい風が入りにくいのです」
あー、なんかそんなことゴガやゼルンも言ってた気がするなぁ。
「ですからリン姫様の必要性から作られている義足や杖、本日の食べ物も、たいへん好ましい、リン姫様の仕事の成果、とも言えます」
これはすなわち、自由にしろということかな。私の個人的なものでもいいということだよね。つい地位があるからって頼んでたんだけどガギにとっては狙い通り、みたいな? ……まあなんか良いようにガギに操られてる気もしないこともないけど、自由にできるなら自由にさせてもらおう。せっかくこの世界で生きることになったんだ、快適に過ごしたいし。
「万一、リン姫様が暴走された場合は、きちんと我ら五神官が止めますので、その際はお聞き入れくださるよう、覚えておいてくださると幸いです」
んー、やっぱりガギに良いようにされてる気がするけど、君臨すれども統治せず、ということで。
次の日の朝、起きたらすぐに、私よりちょっと上程度の背丈に見えるハイゴブリンの女の子であるジーゼを連れてデゥズがやってきた。ジーゼも今日から私の側仕えとして日常生活を支えてくれるようだ。ジーゼは仮面をとって宣誓をしてくれた。ハイゴブリンとしての特徴、牙が生えていたり、耳が少し尖っていたり、肌が緑、とかはあるものの、すごい美少女だった。肌の色さえなんとかなれば人間の少女としても美少女で通じそうだ。私ももちろん仮面を外してそれに答える。側仕えになるものには、私が特殊なハイゴブリンである、とは五神官越しに伝わっているので、ジーゼには大きな戸惑いはないように見えた。
彼女は赤っぽい金色の髪だった。ゴブリンは赤か金の髪が多いようだ。元の世界の人間でも赤髪とかいるけど、あんなレベルじゃなくまじで真っ赤だからなぁ。
デゥズに松葉杖を持ってきてもらって、いつもの椅子に座る。ジーゼとの挨拶でちょっと遅くなったので、朝食を食べながら髪を実家から回収した櫛でジーゼにといてもらう。
朝食を食べ終えて、報告会が始まったので、側仕えには下がってもらう。その際に部屋から昨日回収してきた人形ふたつを持ってきてもらった、このあと実験に使おうと思うのだ。