小休止
九号量産型ゴーレムの前進はサンライトの影響を受けた土地の前で止まっている。ここから先に進むとアルゴスの攻撃を受けかねないし、もう十分射程的にアルゴスに届くので、九号はこれ以上前進する意味がないためでもある。ただ標準装備のクロスボウではアルゴスにはほとんど効かないと思うので、アルゴスを攻撃するのは大型クロスボウを持った九号機に限るけど。
まだ魔力が残っていたゴブリンの魔法使いたちが九号が隠れられるように壁を立てていった。もちろん隙間だらけでいつでも九号が前進できるように、だ。
本陣はそれより少し後方に新たに作られつつあり、なにか組み立てている。
前線では右翼でガグ狩りが終わりつつあった。ガグは長射程の遠距離攻撃ができる巨人だったので先に早めに殲滅する必要があった。幸いなことにアルゴスからの射程から外れた右翼に展開してくれたので、無事撃破できつつある。
逆の左翼には今はなにもいない。緒戦で攻められていたので死体が多く前進しにくかったというのもあるし、戦いが中央に限定されつつあったので、わざわざ左翼に進んでいく必要もなかったためだ。
中央ではたまにアルゴスからの牽制がある中、グゲとレオがグレンデルたちと戦っている。だいぶと強個体が多かったようで、二人にしてはかなり時間をかけている。けど苦戦しているといった状況ではなくむしろ時間の問題といったところだ。
奥に控えるアルゴスも二人を気にしている感じはなく、それよりも足元や後方で異形や蟻を殲滅していっているケンタウロスに苛ついているようで、執拗にフローティングアイを送り込み、また足踏みで潰そうとしている。異形も蟻もお構い無しで踏み潰そうとしているのだ。しかしケンタウロスは機動力だけはあるので言うほど潰せず、むしろ異形や蟻を潰している方が多い気がする。まあ異形はその程度じゃ死なないから気にしていないのかもだけど、蟻はあわれだ。
私達はいったんアルゴスから目標にされない位置に移動したので、いわゆるターゲットから外れた状態になったようで、いったん移動した本陣に戻って、通常ボルトやその他の補充を受けることにした。
本陣には報告は受けていたけど、見てはいなかったものがぞくぞくと送られてきていた。大型のゴブリングレネード弾頭が付いたジャベリンや投石機用の爆弾などだ。
また特殊爆槍も準備されていた。間に合ったんだ。対アルゴスというか巨大な敵用の使い捨ての槍である。こいつの恐ろしいところは、ジャベリンなどの弾頭とは違って、ゴブリングレネードの爆発力だけの威力でなく、爆発によって槍の部分がより敵にめり込むように作られている、というものである。普通の弾頭ジャベリンは榴弾で、この特殊爆槍は徹甲弾とも言える。アルゴスに徹甲弾が有効かどうかは正直分からないけど、あれだけ大きいのだから榴弾で表面を攻撃するだけよりは効くのではないかと思ったのだ。
空を飛ぶし弾倉を抱えているのであまり持てなかったけど、二発ほど、比較的安全にマウントさせることに成功した。けど特殊爆槍の弾頭が私の座席のすぐ近くにあるので、万一誘爆したら私はアウトである。まだ使ったことのない武器でもあるので、さっさと使ってしまおう。あと仮のステップ台というか、座席につながるところべフォセットが影から出現できる面積のある場所を作ってもらった。再び股の間から出てほしくないし、そもそもベフォセットの体が出せる空間は私の座席にはない。そのせいで片側からは私は容易に落ちることができるようになってしまった。けど見やすくもなったので半々か。私が高所恐怖症だったら絶対に無理な改造だ。
若干の整備時間が必要なので私は右足の義足を外して、足を休めることにした。負担はかけてないけど、付けているだけで蒸れてダメージを受けるため、外せるなら外しておいたほうがいいから。
今側仕えたちは後方にいるから、護衛だけど本陣に私がいないから暇にしていたブゥボが冷たく濡れた布と乾いた布を渡してくれた。ブゥボと同じ私の護衛である女性ハイゴブリンのザービは志願して予備の九号機の術者となって出撃しているようだ。一人でも一機でも欲しい場面なのでありがたい。まあおかげで男性メジャーワーカーのブゥボが私の足の手入れにつきあうという普段なら絶対に見られないことになった。足を拭くのは自分自身でだけどね。
足の手入れをしながらも、ゴガの指揮やギグの手配などをそれとなく聞いている。ガギやグゲもいったん降りて薬を飲んでいたので私も所望する。まだまだ魔力に余裕はあるけど、今のうちから回復しておくほうがいいでしょう。
現在のところ、幸いにも死者はなし。負傷者も私達が気づく前に視覚認識阻害体によって破壊された機体の術者と、後方で作業していたゴブリンが不注意での負傷の、二名のみ。しかも私が癒やすまでもない軽症とのこと。こちらのやっていることはえぐいものの、その応報で大きなものはまだ食らっていないようだ。できる限りの近接戦を避けたおかげであるはずだ。その点、さそり型術者とグゲ、レオには負担をかけている。特にグゲ、レオは休憩もなしで今も戦っている。急いで支援したくなるけど、慌ててミスでもしたら、意味がない。
薬を飲んだあと出されたお茶を飲んでいると、ギグ自らが十号機の整備に取り掛かった。
ゴガが話しかけてくる。
「姫様、投石機による爆弾攻撃を行って良いですか? 万一の誤爆が怖いのですが」
「投石機はそんなに発射間隔短くなかったよね? なら事前の検討通り、発射前に発光魔法で前線に知らせるのを怠らなければ大丈夫です。特に今前線はグゲとレオですから。彼らなら警告なしで打ち込んでも避けるでしょうし」
でも万一があってはいけないので、事前警告はしっかりするように言い含める。ゴガは普段はいつも後方指揮ばかりで、戦闘指揮は初めてだから、こういう決断はつらいのかもしれない。
私も常にそういう判断でひっかかるし、ガギもいつも悩んでいると思う。私達指揮官の判断ミス一つで、ゴブリンたちが死んでしまうかもしれないのだから。何なら判断ミスがなく最良の選択をしても死んでしまうかもしれないのが戦場だし。けど前にガギに言われた通り、それが私達の責務なのだ。
それに私がこの戦いが必要だと判断したのだから、ゴガの思いも、私のものである。ゴガにはあまり思いつめず、必要だと思ったことをやってほしいと伝えた。
「姫様、ありがとうございます。……私のほうが年上のはずですのに、いつも姫様から教えられてばかりで、恐縮です」
「ハッハー、ゴガ、そんなことを言い出したら俺の立つ瀬がないだろう? 俺なんかもっとずっと年上なのに得意なはずの職人の分野まで姫様から教えてもらうことばかりなんだぜ」
整備中だったはずのギグがそんなことを大声で言う。
ギグが自らサンドバックになってくれたおかげでゴガや私の緊張がある程度和らいだ。私としては見た目と中身の年齢が違うので、出来たら年齢の話はやめて欲しい。けどそれを隠している以上、そんなこと言えない。
「ガギ、ゲゴ、十号機の準備が出来た。調整も完璧なはずだ。リン姫様をよろしく頼む」
ギグのそれを聞いて、義足を付ける。義足付けは自分でやることも多いので手慣れたものだ。全てのベルトを装着し、魔力を流す。私専用の椅子から立ち上がる。ふらつきはない。私専用な部分は右側の肘掛けがないところだ。義足装着の邪魔になることがあるから。だから立ち上がるときは自然と左側に体重をかけてしまう。体が歪まないか心配だ。左右の足の重さも違うしね。生足の左足のほうが軽いので、左足にも足カバーをつけて重しにしたほうがよいのかもしれない、と考えだしている。体自身が重くなって不都合もあるけど、バランスも大事だよね。
そんなことを考えながら座席につく。さあ、集中しなければ。たぶんこれで決戦だ。一回の出撃で決着がつくかどうかはわからないけど。シートベルトをつけて、ガギゲゴの準備完了を待つ。
準備完了の報告がきたのでまずレビテーションで浮かび、そこから改良型のフライでゆっくりと出撃した。移動速度を上げるととたんに消費魔力もはね上がるので、普通に飛ぶときはあえて遅くしている。バヒューンと飛んでいけばかっこいいんだろうけどね。