決戦前日
朝早く起きた。それは皆も同様だ。朝イチにルオンを召喚して南へ変化はないか偵察に行ってもらう。そして街にいるゴブリン全員が出撃の準備を進める。順調に行けば明日には決戦だ。ゴーレムの足では一日近くかかる距離に巨人たちは集まっているからだ。
その監視体制はすでにゴブリンでも行っていたけど、変化や進軍の知らせはなかったので、問題はないと思う。念の為、配置されているゴブリンたちの安否も見てくるようにルオンには言ってある。
ルオンはだいたい一時間後ぐらいに帰還するはずなのでその情報次第ですぐに出発である。偵察範囲はごく狭く、相手の様子を見てくるだけなのでこれだけ早くに偵察できる。認識できなくなる能力もすごいけど、地味に移動速度もすごいんだよね。
今日は時間が惜しいので各自で朝食を取ってから、五神官たちが集まってきた。どの神官も担当分野に問題はないとのこと。
まだルオンは帰ってきていないけど、先行させる隊を出す。挺身隊といえばいいのかな? 実質偵察隊だけど軽い戦闘ならこなせる熟練のレンジャーゴブリンや優秀な戦士からなる部隊だ。彼らには露払いと見張りをしているゴブリンの回収をしてもらう。
朝に【戦技】のグゲから、蛇亀のクザナがテストも兼ねて犬のリーダーらしき子を連れて挺身隊に参加すると聞いた。さっそく実戦とは苦難を乗り越えた群れのリーダーだけはある犬のようだ。彼はレクスと名付けられたそうだ。残りの子は輜重隊に連れられていくらしい。
そんなレクスに付き添うのがクザナなら安心だ。クザナは今は優秀な戦士だけど元々ビーストテイマーだったらしい。なるほど、だから猫にも優しいし、今回抜擢されたのね。
南門からゴーレムたちが次々に出ていって外で隊列を組み始める。私も専用機の四号に乗って外に出る。ズラッと並んでいる九号量産型ゴーレムの列は圧巻である。それに今回は通常ボルトに加えて、特殊ボルト、ゴブリングレネードを弾頭として使っているものも、予備弾倉として各機装備している。
ルオンが帰ってきた。私にごにょごにょと報告する。私はゴガに以下のメッセージを書面に書いてもらった。
「敵本体付近、異形の気配あり、注意」
それをルオンに渡して、先行している挺身隊に渡すよう頼んだ。「御意」と一言だけ言って、またルオンは消えた。
「巨人共は先日の報告通りの場所にまだいるようです。計画通りにこれより進軍します」
私の言葉に、近くにいたガギとゲゴが芝居がかった感じで私に礼をして、改めて周辺の者へ命令した。進軍せよと。
彼らの言葉は付近にいたメジャーワーカーが大声で復唱して、全体が動き出した。
先鋒にはグゲと彼の七号機である。七号機も元々私と同じ重装だったのを解除している。一応七号機はグゲの専用機となっているのだけど、グゲは自分の部下に使わせているようで、自身は肩に乗っているだけのようだ。
その少し後ろにはクットゥーの二号機だ。私と一緒に勉強していたときは頼りない秀才という感じだったクットゥーだけど、今ではだいぶと成長し、攻撃魔法に関してはゲゴの次をいき、指揮能力も得つつある、期待の次期神官である。
そのあと続々と九号量産型ゴーレムとさそり型ゴーレムが進む。私は位置としてはやや後方から進んでいく。近くには護衛としてガギと五号機、グゲと十号機がいる。
後方には職人ゴブリンたちとその護衛のゴブリンたちに輜重隊、そして彼らの護衛としてゴガの八号機、ギグの六号機やさそり型などがついている。
その、主に前面からの攻撃に対応できるように陣を作ったまま、荒れ果てた元々畑だったと思われる土地を進んでいく。
それなりに高めの木なども生えているため、一切崩れず進む、なんて器用な真似はできないものの、ほとんど乱れず進んでいけた。昼に休憩を挟んで、そこでルオンが帰ってきた。
ルオンによると書面をレンジャーゴブリンの隊長に渡した直後ぐらいに犬のレクスが吠えだしたらしい。最初はルオンがレクスに不審に思われて吠えられたのかと思ったけど、ルオンも付近に気配を察したので、身振り手振りでそれをなんとか隊長に伝えたらしい。
隊長はすぐには理解できなかったものの、クザナが理解したようで、警戒態勢に移行し、すぐに現れた異形に対応したらしい。戦力的に勝っていたので、そのままこちらまで戻ってきたみたいだ。
「どうしたらいいと思う?」
ガギに相談した。
「そうですね。先行部隊はきっちりと役目を果たしつつあるようですし、メジャーワーカーを中心とした増援を送りましょう。メジャーワーカーは防御が得意ですし、もしいたら重傷者をこちらに届けてくれるでしょう」
私がそれを承認するとすぐにガギはメジャーワーカーを中心とした増援を編成して前方へ送った。
私達は休憩を予定通りとってから進軍を再開した。ルオンには時間をかけて私達が進む方向に伏兵がいないか調べるように頼んだ。
私は休憩を早めに切り上げて早く先に進もうと言ったのだけど、ガギにもゲゴにも反対されたので計画通りの時間休憩した。前方で戦闘があったので私は焦っていたのだ。しかし軍勢ともなるとその焦りで計画を変更していては何らかのひずみが生じかねない。
言われて確かにそうだと思った。計画通り休まなければ疲れが取れきれていない者が本来の力を出しきれないかもしれない。それでは意味がないのだ。各自が頑張ればいいなんて上が考えてはいけないのだ。つくづく私は指導者に向いていないのでは、と思う。ガギたちの言うことはもっともだ。そんな簡単なこともわからないとは。
私はわかりやすく落ち込んでしまったらしい。
ガギには「私はリン姫様の補佐役です。補佐が役目ですので、なんらリン姫様が悔やむことはございません」などとわかりやすく諭されたし、ゲゴにいたっては「ミリシディアでのことといい、リン姫様は年齢の割にずいぶん頑張っていると思いますよ」などと慰められた。……中身が実は年齢通りじゃないから問題なんだけどねぇ。中身はグゲとそう変わらない年齢のはずなのだ。平和な時代、地域で育ったから、軍の統率とかと縁がなかったせいもある、けど軍の統率は、人の統率とほぼイコールなはずだ。もともと私にリーダーシップなんかなかったからね、なにかの長とかやったことなかったし。
けどいつまでもそのままであるわけにもいかない。ガギが補佐してくれるけど、ガギが補佐しきれないやらかしをしてはいけない。そう思って頭を切り替えようとした。
そうだ、私は巨人を殲滅しに来たのだ。言い換えればジュリュリのゴブリンたちの命を賭けのチップとして差し出し、利益を得ようとしているのだ。しかも巨人たちを皆殺しという行為をして。
誰がなんと言おうとそれが事実だ。そんな私が今更弱音を吐いてはいけない。より良い未来のために決断したはずだ。取り返しのつく失敗でくよくよしてはいけないはずだ。そう思って自分の顔を両方の手のひらでうって気合を入れた。
「どうされたのです?」
心配げな顔をしたガギが私の顔を覗き込む。彼らは最近まで仮面をかぶったままの生活を続けていたので、自分の顔をうって気合を入れる、という動作が理解できなかったようだ。
「いえ、なんでもありません」
「しかしお顔が真っ赤ですよ」
しまった、強くうちすぎたか、たしかにほっぺとかがひりひりする。
「セノン、冷やした布を持ってまいれ」
ガギが【口伝】の次期候補であるハイゴブリンにそう言う。
わっわ。気合を入れたつもりがより周りに迷惑を……。やらかしたーと反省しつつ、ガギに顔を冷たい布で丁寧に冷やされた。