問題点
神官との打ち合わせも終わって、ぼちぼちと狩猟隊の第二陣が帰ってくる頃、街を見て回ることにした。
まずは南門を見に行った。街の大きな南門の周囲にやぐらが作られていた。今は手の空いた【魔術】のゲゴが護衛として付いてきてくれている。
「ゲゴ、あれはどうしたのですか?」
「ああ、南門ですね。三年以上整備されていなかったせいか、開閉がスムーズでないので【技工】のギグが修理してやる、と張り切っていましたわ」
南に敵がいるのが分かっている以上、南門の状態は確かに懸念事項ではあるわね。けどやぐらを組んでいるということは高いところにもなにか問題点があったのかもね。もしそうなら高所作業車代わりになるゴーレムを作ってもいいわね。さそり型とかの尻尾の構造が使えそう。
その南門からゆっくりと北に進んでみる。ところどころの大きな壊れていない建物にゴブリンたちが中にいたりした。
「あれらは破壊されていない建物の再利用ということで調べたり掃除したりしてるものですね。壊れた建物は今はまだ放置しております」
瓦礫の撤去とかは重労働だものね。進軍中にあえてやることではない。
今度は犬たちと蛇亀たちを見つけた。食事は終わって犬を洗ってあげたところのようだ。
「これは姫様、良いところへ」
「ん? 良いところ?」
ランク老が進み出てそんな事を言う。
「はい、今しがた犬を洗っているところなのですが、複数のものが怪我をしておりまして。ただの怪我なら良いのですが、首輪による怪我のようでしてな。これらをやくそうで治すとなるとまず怪我の周りの毛を切らねばならず、そうなるとしばらくは役目を与えることができないので、どうしたものかと思っていたところじゃったんですが」
怪我をしていないと思われる犬たちは、さっき見た体色とは異なっているぐらい見違えており、きれいになっていて尻尾を振っている。けど怪我をしていると思われる数匹はまだ洗えていない感じで尻尾も下向きだ。水が傷口にしみて嫌がるのかもしれない。けど汚れたままでは怪我の治療できないのではせっかく助かったのに手遅れになってしまいかねない。
猫の治療にはほとんど時間も魔力もかからなかったので、犬も同様だと思っておこう。猫よりは大きいからその分魔力は使うだろうけど、元々は人間の所業のせいでこうなってしまったのだから、癒やすべきでしょう。
「分かりました。せっかく助けたのですから、癒やしたいと思います」
ゴーレムから降りて、ゆっくりと怪我をしている犬に近づく。その犬たちの周りには蛇亀がいて犬たちを軽く抑えている。
犬たちは一部震えながらじっと私を見つめている。
……たしか不慣れな犬には高い位置から手を出してはいけないんだっけ? 犬を飼ったことがないからうろ覚えだけど、そういうのを聞いたことがある気がするのでなるべく姿勢を低く、その場でしゃがむのは私には非常に難しいので、中腰でゆっくり近づいて下から手をのばすことにする。急に触らないでまずは手のひらを犬の頭の下へ差し出すと、当然手のひらを犬は調べようとしてくるので、そこであえて動かず待って、警戒心を下げようと試みる。
ひとしきり匂いを嗅いだあとぺろっと軽く舐めて私の目を見てきた。その目には怯えの色はないように見えた。ゆっくりと近づき、手のひらでその子の下顎を軽くなでる。すると怯えるどころか逆に手のひらに自分の頭を押し付けてきた。
ああ、やっぱりこの子は以前人に飼われていた子なんだ。以前のように頭を撫でろといっているんだと思う。
優しく頭をなでながら魔力を流す。主に首筋に魔力が集まる。傷は思ったより深かったようだけど、大した魔力を使わずに治せたようで魔力が押し戻されるようになった。
急に「ワン!」と吠えてこちらに近づこうとしてきた、癒やされた犬を蛇亀が必死に抑えた。そうしたら今度はその蛇亀を舐めだしてじゃれ始めた。
それを見た他の怪我をしていると思われる子が私の方を見て、軽く吠えて、今まで畳み込んでいた尻尾を振り始めた。
賢い子たちのようだ。今の状況を理解したとしか思えない豹変ぶりである。痛いのはやだもんね。
決して先にこちらからは手を出さず、向こうがきたら癒やすようにした。三匹目ともなってくるとためらいなくこちらに接触してくるようになった。幸い癒せないような傷の子はおらず、ほどなくして全員の傷を癒せたと思う。
念の為洗えた子たちにも代わる代わる魔力を流していく。外から見える怪我ではなくなんらかの不調を持っていた子もいたようで、何匹かには魔力が流れたのでそのまま流して治療していった。
「洗った水はわたくしがピュリファイしておきましたわ。これでまだ汚れていた子もきれいにできるでしょ?」
即席で作ったであろう、浅い木の枠でできたプールの水は汚れきっていたはずなのに、いつの間にかきれいな水になっていた。量も増えている気がする。
「ありがとうございます、ゲゴ様。もう魔力がつきかけておったので代わりの水も出せないところでしたので、大変助かります」
「いえ、あなた達のおかげで姫様にも癒やしが得られたようなのでお互い様です。これでも水が足りないかもですからあとで魔法の得意なハイゴブリンをここにやりましょう」
ゲゴに見抜かれている! 確かに午前中は弔いをしていたので落ち込んでいたし、この子たちの元気で明るくなった様子を見ると自然と笑みがこぼれてしまうのも確かだ。今も一度水で洗っただけなのでもふれはしなかったけど、いろんな子の頭をなでてあげている。
再びゴーレムに乗り込んで北に進むと広場に戻った。多くのゴブリンが行き来している。広場の北の端に作られた臨時加工場には北からどんどんいのししや鹿や鳥が運び込まれているようだ。これで当分肉で悩むことはないけど、ハイゴブリンや私は野菜もいるんだよねぇ。自生の野菜をゴブリンにとってこいは無理がすぎるしなー。ハイゴブリンも一部狩りには行ってるけど、野菜は野菜でかさばるしね。まあしばらくは補給物資の野菜でなんとかしましょう。
そんな感じで広場より北も見て回っていると日が落ち始めたので中断して広場に戻る。夕飯が用意されているはずだ。
夕飯はレニウムにいたときより多い、進軍時の夕飯より、ずっと手が込んでいて量も多いものだった。といっても肉が増えているだけで野菜はいつもどおりだけどね。
普段は神官たちと一緒に食べるんだけど、今回は補給基地と違って私用の部屋は作らなかったので、広場でまず神官に囲まれ、そこを普段から護衛してくれているハイゴブリンやメジャーワーカーが囲み、それを一般ゴブリンが囲むという形での食事となった。せっかくなので一般ゴブリンからの直訴? というか意見も集めることにした。
といっても食事をしながらのものなのでそこまで深刻なものもなく、その場で対処を約束できるようなものばかりだったけど一つだけ、今現場での意見で、すこし深刻そうなものも出た。
「トゥン・ティタールの量が、今は十分にあるが、今後激しい戦闘があれば足りなくなるかも」とのこと。想定以上に進軍だけで消耗が激しいようだ。現場としてはもう少し消耗量が少ないトゥン・ティタールがほしいみたいね。
トゥン・ティタールはゴーレムの関節に使う薬品で、関節の摩耗を魔力によって摩耗した部分を回復、復元するという強引な手法で関節バカ問題を解決している魔法薬だ。
消費が激しいということはトゥン・ティタールでそれに変化した関節部分の硬度が足りない、ということかもしれない。でも今の柔らかさが肝要ということもあり得るし、魔法薬なのでそう簡単にバージョンアップは出来ない。それに今はジュシュリだけが量産でき、それを帝国に供給しているというものだ。
いわゆる秘匿技術である。
けど今のジュシュリに単独でトゥン・ティタールの改良などは出来ないと思う。……サキラパさんならできそうだけど。
今も材料の配分というか素材化までは協力してもらってるけど、素材にかけてトゥン・ティタール化させる魔法を含めた製法を彼女に明かすということは帝国に明かすのと同義だしねぇ。けど改良となるとそこも明かさないといくらサキラパさんでも不可能だし、そもそも不義理だ。
とりあえずの対処として、帝国領土から運んでくるトゥン・ティタールの量を増やすことにして、改良の検討を約束した。進軍中の今はこちらではそれぐらいしか出来ない。現場としては逆に進軍中という異常事態だからこそ見つけられた問題、とも言える。