犬の話
戦闘が役割だったゴブリンたちで手の空いたものは街周辺で出ていって狩りを楽しんでいるはず。ジュシュリにいたときもそうだった。四六時中戦闘があるわけではないから交代制で狩猟を楽しみと食料供給を兼ねて行っていたので。
彼らが獲物を大量に持って帰ってきても、きちんと保存できるようになったので、結果には期待しておきたい。補給基地にはどんどん帝国領土から食料が運ばれ、倉庫を埋めようと頑張っているだろうけど、大量の物資をそこからこちらまで運んでいるのでやっぱり現地調達が出来た方が楽だ。輜重隊を運用するのにもそれなりのゴブリン数を使っているので、戦力ダウンしてるしね。
私達が弔いをひとまず終えて広場に戻った時にはすでにたくさんの獲物を持って帰ってきたゴブリンたちがいきいきと解体したり、臓物を処理して狩猟者特権で食べていたりしていた。のでここで氷室および乾燥室ができるのは本当によかった。輜重隊の規模を縮小して戦力に回すこともできそうだ。今の分でもそうなのにこれから第二陣や第三陣が出るのはほぼ確実だし。
ついでに周辺の偵察と言うか見聞もしてきてもらったので報告を受けた。街の西側にはおそらく畑だった土地が広がっており、村もあった様子。東側はまた森になっていて魔物もおらず大量の鹿や牛もいたそうだ。牛は重いので狩らなかったらしい。野生の牛もいるのね。まさか人間が全員いなくなったから野生化した?
まあ鹿はしばらくはどんどん狩ってもいいレベルで多いみたいだ。若い個体が多いらしいのでやっぱり人がいなくなって増えたのかもしれない。牛はもう少し様子を見てある程度の数の把握をしておきたい。十分に多いとなればやっぱり牛の肉は貴重なので狩っておきたいし。肉もそうだけど革とかもジュシュリでは貴重だったしね。まあレニウムとかの帝国領土では牛革とかは逆にありきたりな素材だったけど。
畑だったと思われる土地は荒れ果てており、いのししが我が物顔だったらしい。このへんの土地には人間以外の、鹿や牛、いのししを狩る動物、狼とかはいないか少ないらしい。もしかすると畑を元に戻すのにあの石灰が役に立つかもしれない。がどれもこれも巨人を討ち果たしてからになるね。村にも石灰塚はあるだろうし、なかなか先が長そうだ。
先日の魔将ルオンの偵察により南に巨人たちが陣取っているのは分かっているので、南の方には狩猟隊も近づいてはいない。ルオンですら確認できなかったみたいだけど、南にいる巨人たちがおそらく本隊でアルゴスも複数いるみたいだったし、おそらく敵の魔将ラキーガもそこにいるでしょう、とのこと。
次が本格的な決戦でしかも野戦になりそうなので、ゴーレムの整備はしっかりしておくように念の為言っておく。言わなくてもゴブリンたちが手を抜くとは思わないけどね。鼓舞みたいなものだ。野戦となると未だあまり活躍できていないさそり型の真価が発揮されると思うし。
まあ本日はひたすらこの街の整備&ゴーレムの整備&ゴブリンたちの養生である。私やガギの魔力も回復させないといけないしね。
朝方は歩き回ったので右足から義足を外して休んでいると、年寄りばかりが集まった部隊、蛇亀たちが謁見したいと申し出てきたので、許可した。
正直蛇亀なので前線に立たせろとかそういうのかと思ったら違った。
蛇亀たちは多くの犬を連れてきたのだ。もちろん全部に縄はつけてあるけど、犬も暴れたり抵抗している子はいない様子。何事かと思ったらゴブリンたちのまとめ役でもあったランク老が進み出てきた。
「直接ではお久しぶりです、リン姫様」
「どうされたのですかランク老。そのたくさんの犬は?」
「はい、我らは西へ、いのしし狩りに行ったのですが、そのときにこいつら野犬の群れに遭遇しまして」
「よく捕まえられたわね」
「いえ、それが捕まえたというか捕まりにきた、というか。最初は吠え立てられましたよ。その中の一匹の子にきつく首輪が巻かれていましてな。ゴブリンの我らは知らなかったようですが、ハイゴブリンなら近づけましてね。そのきつくしまった首輪を切ってやったのですわ。そうしたら次々に首輪がきついと訴えかけてくるような犬が出てきましてな。おそらくこやつらは以前は人間に飼われていた犬。今ではこうおとなしく従ってくれております。こやつらをなんとかしたいのですが、現在は進軍中。ですのでリン姫様と相談したく伺ったわけですわ」
お、おう。人間が急にいなくなった弊害がこんなところにも。首輪がきついってのは多分その頃は子犬で適切だったんだろうけど、大きくなったけど首輪を調節する人間がいなくなったからきついまま育っちゃったんだろうね。想像するだけで地獄だけど、よく生き残ってくれた、それにこちらによく来てくれた。ハイゴブリンはともかくゴブリンたちは人間とは全然違うから怖かっただろうにそれでも……。
そんな可愛そうな境遇にあった子も混じってるこの犬の集団。なんとかしてあげたいけどランク老の言う通り、今は進軍中。犬に分ける食料は……あれ? 今はあるぞ、そして今後も狩りのおかげでありそうだ。けど進軍に犬を付き合わせるのは……元々飼い犬だったのなら再教育は簡単にできそうだし、今も皆おとなしくしている。それに蛇亀たちにこの犬たちを任せたら、蛇亀たちもそうそう無謀なことははしないかもしれない。
「分かりました。前向きに検討しますのでとりあえず今ならまだ未処理の肉や骨があると思うのでそれらをあげてやってください。そしてその子たちを洗ってあげてください。その間に処遇を決めます。それでいいですよね? ガギ?」
「はい、もちろんです。ランクよ、ガギの名を使ってそれらをやってくれ」
ランク老たち蛇亀が犬を連れて出ていった。かわいい子たちもいっぱいいたから、もふりたかったけど、かなり汚れていて、もふるのは無理だったし、ガギはともかくランク老や蛇亀たちの前でそういう行動は控えたほうがいいでしょう、けど将来的には、もふりたいので。
「ガギ、今あの犬たちを連れて行ったらなにか弊害はあるでしょうか?」
「なつき方次第ではありますが、食料をわけないといけないなどのデメリットよりも、メリットのほうが多いかと思います。猫ほどではないですが、ネズミよけにもなりますし、彼らの警戒力は高いですから、優秀なものは進軍に連れて行ってもいいぐらいです」
「ガギ、というかジュシュリのゴブリンたちは犬を知っているのですか?」
「はい、もちろんです。私がガギになる前、あのランクがまだ若い頃には犬を飼っていましたから。ただその後ジュシュリでは人口が増えすぎて、犬を飼うのをやめることになり、それまでに飼っていた犬たちが老衰などで死んだあとはいなくなりましたが」
そうだったのか。確かお酒も作らなくなるぐらい食料が逼迫した時代もあったんだっけ。私が来た時もけっこうぎりぎりだったみたいだし。
けどおかげでなぜランク老たちが犬に慣れているのかも分かれて良かった。これはますます犬を採用すべきだね。
「では採用ということで。管理はあのまま蛇亀に任せようと思うのですが、どうでしょう?」
「妙案かと。あのグループのリーダーや特に優秀な子は戦闘訓練もした方がいいかもしれませんし、野生で生き抜いた子たちですから倉庫の見張り番以外にも良い狩猟犬にもなるでしょう。それらは全て【戦技】のグゲにふっていいでしょう」
ああ、彼なら戦闘時以外はいつも暇しているし、ちょうどいいかも。彼はすごい武人だけど指導者や指揮官としても優れているみたいだしね。