復帰
「サキラパさん!」
足をやられて倒れたままのサキラパさんに駆け寄る。ガギが周辺の警戒をゴブリンたちに命じたり、いろいろとやってくれているのが分かる。本来なら私が指示すべきことだったけど、全て吹き飛んでしまっていた。早く癒やさないと。
やられた直後は声も発していたはずのサキラパさんはピクリとも動いていない、どうやら気絶してしまったようだ。足の怪我でそうなってしまうというのは相当な激痛によるものだろうか。
ゴガも来てくれた。
「まずは仰向けにします」
私の小さな体では同じく小さいながら金属鎧を着込んでいるサキラパさんを動かすことができなかった。ゴガも線は細く見えるのだけど、物理戦闘もできるので十分な力はあるようで、なんなく仰向けにしてくれた。
「雷撃に打たれたのなら心の臓に負担がかかった可能性があります。まずはそちらの治癒を」
すばやくサキラパさんの金属鎧を外していく。肌を露出している場所が顔しかない。仕方がないので首のあたりを覆っている服をゴガに切り裂いてもらい、動脈あたりに触れて魔力を流す。私の魔力が頭と心臓にどんどん流れていく。やられたのは足だと言っていたけど、これは感電してしまって心臓や脳にまで負担が行ってしまったのか? ええい、そんなの関係ない! 治る! そう考えながら今までの治療で一番魔力を送り込んだと思う。サキラパさんの本来の魔力がほとんどなく抵抗もほとんどなかったせいだと思うけど。よりよく多くの魔力が反発もなく損傷部分に流れていってくれたようだ。攻撃にならないようにだけは気をつける。
頭には多くの魔力が一瞬流れただけで通過し、心臓に向かった。心臓には相当量の魔力が集中していた。そのあと心臓から全身へ魔力が流れていき。循環し始めた。もしかすると数瞬心臓が止まってしまっていたのかもしれない。魔力がしばらく心臓の役割の代わりをしてくれた気がする。それが暫く続くと、心臓に集まっていた魔力がより下に、足に集まっていくようになってきた。そこで私はようやく自分の息をするのを思い出して、肩で息をする。癒やしに集中するあまり呼吸をとめてしまっていたようだ。
今度は息を止めないようにしばらく治療に集中すると、サキラパさんはだいぶと回復してくれたようだ。服の足の部分はゴガがきれいに切り裂き、見えるようになっている。最初はひどいケロイド状態になってしまっていたようだけど、今はだいぶと回復してきている。やはり失われていない限り、治療できるようだ。けどやけどはすごく痛いはずなのでちゃんと完治しないと。
治療中、主だったものは私を守るため見張ってくれていたけど、他は偵察を続けてくれていた様子。
だいぶ順調に癒せたので治療中でも話が聞ける程度にはなった。
ヘカトンケイルが潜んでいた建物の隣には多くの蟻が隠れていたこと。おそらく苔蟻か蜜蟻だろうとのこと。広場の向こうに東ルートを進んでいた隊が無事に広場前までたどり着き、私たちを待っていること。広場に辿り着く前に異形が伏せていること。などが分かった。潜んでいる事自体はルオンでないと分からなかった模様。だいぶ潜むのがうまい異形のようだ。
「……ん? おお? おはようリン」
サキラパさんが目を覚ましたようだ。意識が戻るのはほぼ完治した証でもある。
「よかった、助かったんですね。本当に良かった」
それでもまだ魔力を押し返してこないので、魔力を注ぐのはやめない。ただ意識を取り戻したのなら、首筋より傷口に近い足からに変えるべきでしょう。
「ああ、うん。ありがとな。リンがやってくれたんやろ。ほんますまんな。イキって前に出たのにやられてもうて……」
サキラパさんが姿勢を変える。
「あいてて……? あれ? いまさっきまで痛かったと思ったんやが火傷一つしてへんがな。痛くないしな」
サキラパさんが上半身をあげて座る形になっている。
足に直接魔力を流しだしたら一気に治ったようだ。すぐに魔力を押し返してくる。
「もう痛みはないですよね?」
「ん。ああ、足はなんともないようや。エドワードから話は聞いてたが実際に味わうとすごいものやな」
「念の為チェックいたしますので、ご協力をお願いします」
ゴガが膝を曲げたりとかの足のチェックをしてくれて問題ないと判断された。良かった。
「では切り裂いたものを応急処置として縫いますので、もうしばらくそのままでお願いします」
縦に切り裂いたロング丈のパンツや同じく切り裂いた首の部分をキレイに縫い合わせていく。もともとぶかぶかな作りだったので多少細くなっても問題ないようだ。
「おおきにな。これ着とらんと鎧つけれんからな」
サキラパさんは立ち上がって、再び鎧を身につけていく。
「あー、やっぱあかんわ。応報の盾、許容量越えて休眠状態になっとるな。当分使えんわ」
「どういうことですか? その盾で反射してくれていたのでだいぶと助かったのですが」
サキラパさんが苦笑いしてから答えてくれる。
「そうやったんか、役立ててたのなら良かったわ。こいつ、魔法を反射する魔力? 許容量決まっててな。時間でしか回復せんのやけど、めっさ時間かかるねん。からっけつになってもうたから十年はかかるわ」
「十年!? それは……当分無理ですねぇ」
十年とか、たぶんこの体十年も生きてないよ。
「ああ、それまではただの丈夫な盾やな。まあ背負っとくわ」
盾は背負って大きめのハンマーを両手持ちでいくようだ。
「待たせたな。すまんかった、ありがとう」
サキラパさんが私やゴガ、ガギたちに礼を言う。彼女の立場ならもっと横柄でもいいぐらいなんだけど、円滑に振る舞ってくれるので助かる。こちらは体を盾にして雷を反射してくれたおかげで隙をつけたと思ってるんだけど、本人はやられてしまったことを恥じ入っているみたいだ。そんなことないんだけどね。
さて、切り替えよう。
偵察の情報は聞いた。蟻たちの開放は辺りの敵を殲滅してからの方がいいでしょう。広場まで後少しのようですが、伏せている異形が怖いので、また不意打ちカウンターを狙いましょう。……本当にルオンの能力には助かります。その補助を立派に務めているレンジャーゴブリンや偵察ゴブリンも大したものだけど。
異形は四体この街にいたはずだけど四体ともこちら側にいるようだ。ルオンによると、蟻が閉じ込められてる部屋の上にはいるらしい。蟻を助けようとドアを開けたら上から襲ってくるのだろうか。蟻の開放を後回しと判断して正しかったようだ。
相手もすでにこちらには気づいているらしいので、いったん通り過ぎるふりをしよう。見るのももちろん音ででも判断されると怪しまれるので、普通に歩いて通り過ぎる。ただ後方には十分に注意しながら、だ。前を先導しているレンジャーゴブリンにだけ前を気をつけてもらって、他の皆は歩きつつ後ろに全力で警戒する。
全員が通り過ぎた後、蟻がいる建物の二階ら辺の窓が静かにゆっくり開いた。知っていて警戒していたから分かるレベルの静かさだし動きだ。その窓から異形が四体、ゆっくりと壁をつたって歩いてくる。横目でちらりと見えたけど槍のような長い得物を持っているように感じる。そいつらは音をほとんどさせず後ろを歩いていたブゥボと、ブゥボと同じメジャーワーカーの護衛に襲いかかった。