処理
ベフォセットが影から出てきて、こちらを向いて執事がやるような仕草を四本の腕でやってから山羊の顔で笑った、ように見えた。笑ったというか、ニヤッとした感じ。山羊の顔だから本当にそうしたのかは分からないけど。
そして戦場の方へ向き直って、まるでテレポートしたかのようにグゲの後ろまで一瞬で移動した。グゲは即座にべフォセットを飛び越えて後ろに飛び下がる。それを追ってグレンデルもジャンプしてベフォセットを飛び越えた、と思ったけど、べフォセットを飛び越える前に空中で止まった。
『おっと、我輩を無視する気ですか? 失礼なやつだ。もちろんそんなことはさせませんがね』
ベフォセットのつぶやきが念話で聞こえてくる。
グレンデルがジャンプする前にいた地面が真っ赤に燃えていて、そこから何本もの鎖がグレンデルへ伸びていた。その鎖の先は大きな釣り針のようなフックになっていてグレンデルの体に突き刺さっていた。それでジャンプの勢いが殺されて、空中で止まったように見えたのか。そのフックによってグレンデルは元いた地面に引っ張り寄せられ着地したけど、足が赤く燃えている地面に埋まった。
赤く燃えている地面からはさらにフック付きの鎖が何本も伸びてきて容赦なくグレンデルの大きな体に突き刺さる。突き刺さるごとにグレンデルの体が赤い地面に沈んでいく。
グゲは油断なくベフォセットの後ろからグレンデルに起こっているおぞましい光景を凝視している。私も目が話せない。フックがグレンデルの頭にも突き刺さり、鎖が下へ、地面の奥へ引っ張っていく。グレンデルは頭まで地面に引きずり込まれてしまった。まだフックが絡んでいなかった右手を上へ突き上げ、もがいている。しかしその腕にもフックが刺さり、グレンデルは完全に地面に沈んだ。そう思った瞬間赤い地面から火柱が上がった。
グレンデルはそれで消えた。
その後に周りにいたサイクロプスや蟻も問題なく全て倒しきれた。
この辺の敵は殲滅できたようだ。先遣隊と合流する。
「先程ベフォセット殿が使ったと思える魔法、わたくしも知らないものでしたわ」
ゲゴが知らない魔法もあるのか。まあ金貨魔法とか知らなかったし、魔族専用とかなのかもね。どう見たって、一般的な魔法使いが使っていいビジュアルじゃなかったし。かなり強そうではあったけど。
「誰も怪我はない? 故障もないよね。ではここで少し下がって森の中で小休止してから、あの街っぽいところに潜入しましょうか」
森の中に敵はいないようだし、巨人たちや蟻の死体がまみれた場所で休憩もできないので、いったん森へ下がってそこで各々少し休むことにした。
その間に偵察ゴブリン数名に偵察に行ってもらった。
「では悪いがわたしはそろそろ帰らせてもらう。村に行かねばならぬのでな」
パサヒアス様が帰るらしい。止める理由はない。村に行って獣人たちを愛でないといけないのだろう。それが彼の行動原理というか、それが獣人たちのためになっているのだから、本当に止める理由はない。
「承知いたしました。いろいろとありがとうございました」
「また呼んでくれよ。魔将どもは一度送還するゆえ、必要とあればリン自身が召喚してくれ」
パサヒアス様がジャンプしたと思ったら消えた。ソラへ飛んでいったのかどこかへテレポートしたのかは分からない。
その後、今回の功労者であるベフォセットを褒めていたら、そのタイミングでふと消えた。パサヒアス様に送還されてしまったようだ。すぐに近くで護衛をしてくれていたレオも音もなく消えた。
レオは護衛としてすぐに召喚する。先程消えたのと同じ場所、姿勢で現れた。次にルオンも呼び出す。ある程度のタイムラグの後、私の前に控えながら出てきた。彼には偵察ゴブリンと同じように街と園周辺への偵察をお願いした。
残るはベフォセットだけど、今は特に彼になにかしてほしいことはない。けど一人だけ呼ばなかったらまた拗ねそうだし、褒めてたところなので可哀想だから召喚した。
「パサヒアス様もお人が悪い。せっかくリン様からお褒めいただいていたのに……」
出愚痴である。
「タイミングが悪かったね。でも本当に助かったわ。ところで、実はやってもらうことが思いつかないんだけど。声かけてる最中だったからまた召喚したんだけどさ、なにか出来ないかしら?」
「ならば、先程殲滅させた敵どもを吸収してよろしいですか? あのまま放置も鬱陶しいでしょうし」
「吸収?」
「我ら魔属は、あのようなものでも利用するために吸収できるのです。もちろん我が力ともなりますが、それをリン様がご利用するのはまったく問題ないでしょう。あれらを放置しておれば他のものが吸収し、いずれ消え去るでしょうが、それまでに腐敗をばらまき不都合が起きるやもしれません」
以前から私が気をつけている腐敗のことを気にしてくれているようだけど、生命であったものを吸収できるのね、魔族は。まああの量の死体を遠征先で処分していくのはなかなか骨が折れるので、してくれるのであれば助かる。
「そうなのですね。ではお願いしたいです」
グレンデルのときのように身振りで挨拶してから一瞬で死体が倒れている地の前に移動した。そこで何かを唱えつつ四本の腕を荘厳な感じで上に上げていた。
するとすぐに死体が光りに包まれて小さな宝石のような石になって浮いていた。ベフォセットが手を上げるのを止め、むん、とばかりに拳を握って構えると、その石がベフォセットの前に集まって、一瞬強く輝いた後、消えた。
さっきまで凄惨な現場だった土地には血の一滴も残らず死体は消え失せ、倒れたときに潰された草の後が残るのみになった。
ベフォセットが戻ってくるのは瞬間移動ではなくゆっくり歩いてきた。そしてまた私の前でひざまずいて報告してきた。
「処理を終えました。残念ながら大した魔力はなく、属性石一個も作れぬほどでした」
「いえ、ありがとう。あれらをまっとうに処理をしようとしたら結構な物資か魔力と時間がかかっていましたから、それが何よりの価値かと」
どうも魔族は手間とか時間とかを軽視する傾向があるように見える。今は仲良くできてるけど、やっぱり異種族で違う文化を持っているんだなと思わせる。
そんな感じで小休止が終わり、ゴーレムの戦闘後チェックも終わって各機問題なしだったのであとは偵察の結果を待つのみとなった。さほど待つこともなく先に送り込んでいた偵察ゴブリンが無事戻ってきた。
偵察ゴブリンによると街の中は異様で、建物の多くが潰されており、潰されていない建物には蟻が閉じ込められている様子だったそうだ。そして潰された建物の中に巨人がうずくまっている事が多かったみたい。また各所に石灰塚も見られたとのこと。最悪なのが街の中央広場らしきところで巨人が共食いをしていたらしい。うへぇ。
報告を受け終わった直後にルオンも戻ってきた。ルオンも今回は私だけでなく五神官の皆にも聞こえるように声で報告してくれた。
それによると、街内部に関しては偵察ゴブリンの言うとおりで、街の周辺には何もいなかったとのこと。また街にいる巨人の総数は百三十一体もおり、先程苦戦したグレンデルやヘカトンケイルまでいるらしい。さらに未確認の異形が四体と、おそらくアリクネの魔将キリカーンテ配下の苔蟻、蜜蟻が多数囚われているとのこと。
異形はたぶんラキーガの眷属だろう。
ただルオンによると巨人たちが私たちを待ち伏せている様子はなく、単に街にいるだけといった感じで、広場以外あまり群れてもおらず各個撃破が可能っぽい。
うーむ、まさか街の中に巨人たちが巣食ってるとは思わなかった。どうすべきかねぇ?