グレンデル
「ガギ、少し速度をあげれますか?」
「通常行軍としてはこれぐらいが限度かと」
「先遣隊と敵が接触しそうなのです。戦闘速度にできますか?」
「どうやってそれを……、いえ、それを聞いても仕方ありませんね。分かりました。ゴーレム兵団のみ速度を上げましょう。前に敵がいるなら整備員たちの護衛はゴブリンたちで十分でありましょう」
念の為少数のゴーレムは護衛に残し、残りは速度を上げて先遣隊と合流すべく進軍を早める。
『ラキーガをおびき寄せたいから、私らはまたソラにいるぞ。それにリンも約束を果たさないといけないから、私が前に出るわけにもいかんしな。それとレオは隠れるのが得意ではないから得意なベフォセットをリンの護衛につける』
(は、はい。わかりました)
今度はパサヒアス様から念話が届く。ソラってもしかして宇宙? いやぁまさかねぇ。レオとベフォセットの交代は了解だ。ベフォセットなら私の影に潜むことが出来るからね。
各自楽な方法で進軍させていたゴーレム兵団だけど、戦闘速度ということで、実際に戦う際の編成に変更。術者は小走りに、護衛がちゃんと配置について進む。私だけが前のままだ。戦闘時に私のところまで敵が届くこと自体が論外だし、私は戦闘時にはゴーレムから降りて操るけど、義足なので時間制限が厳しい。のでよほど肉薄されなければゴーレムの腕から降りないことになっている。
小一時間ほど早足で進んだところで先程送り込んだ伝令ゴブリンが戻ってきた。
「報告。先遣隊が森を抜けたところで待ち伏せと思われる敵を補足、逆に奇襲をかけました。グゲ様によるとご心配召されるな、とのこと」
まあグゲなら巨人が百体いてもご心配召されるな、だろうから、あまり判断基準にならないなぁ。伝令ゴブリンを労ってから下がらせた。
けど森を抜けたところかぁ。待ち伏せにはちょうどいいのかな? まあ考えるのはあと。早く合流しよう。
「急ぎましょう!」
こちらの部隊が森を抜けた。まだ先遣隊とは合流していない。森の先は草原となっていて、向こうに街の壁らしきものが見える。その壁の近くでゴーレムが巨人たちと戦っていた。
敵はサイクロプスを主力に二十体ほど。ちらほらと蟻も見える。対する先遣隊のゴーレムは九号機が二機にさそり型が四機、護衛以外の随伴ゴブリン少数だ。サイクロプスたちは数の有利を使わず、愚直に各個撃破されている様子。グゲ配下の九号たちはあまり前進せずたまにクロスボウを打っているだけ。さそり型は九号やその護衛を守るかたちで配置についているだけで、グゲが一人でサイクロプスの相手をしているように見える。
以前から感じていたけど巨人たちには戦術がないようだ。各個撃破されているのに一斉に襲ってはこない。巨人たちが考えなしなのもあるだろうけど。
サイクロプスたちは一体、多くても二体でしかグゲに襲いかからず、石投げも味方が接敵したらしなくなっている。同士討ちを過剰に恐れているのかもしれない。
このままでもグゲは大丈夫そうだし、下手に私たちがでると乱戦になるかもしれないので、森の出口で止まって様子を見ている。
いつでも救援に迎えるよう、布陣し、クロスボウを向こうに向ける。射程は九号のクロスボウではぎり届かないといったところか。私のバリスタなら届くだろうけど、そこまでの遠距離射撃は狙ったところへ当たる気がしない。味方が近くにいるので誤射の可能性があるから、別の動きが起きるまで静観する。
それはすぐに起こった。サイクロプスの中から見たことのない見た目の巨人が現れたのだ。大きさは五メートルほど、しかし猫背だから小さく見える。頭はドレッドヘアで三つもある目はかなり血走っていて非常に醜く見える。おそらく顔の各パーツが少しだけ歪んでいてしかも配置もおかしいからだ。体はサイクロプスよりもはるかにすごい筋肉だるま。しかも明らかに速い。そんなやつが一気にグゲに迫った。
グゲがそんなやつ相手でも負けるとは思わないけど、苦戦するかもだし、その際はグゲの随伴兵と化したゴーレムたちに危険が及ぶ可能性がある。そうなる前に出て、周りの雑魚を倒しておいたほうがいいだろう。近くにいたガギを見る。ガギも小さく頷いた。
「前に! 味方を守れ!」
自分が出せる精一杯の大声で号令をかける。ゴーレムたちがクロスボウを構えながら突撃を開始する。
私は動けない。突撃して敵に狙われたらいけないから。代わりによく見る。敵の動きを。巨人たちは突如現れた私たちの突撃に驚いたように見える。蟻たちに動揺はない、当然か。蟻たちは迎え撃つように前進してくる。サイクロプスたちはこちらに届かない投石をしてくる。ははーん、これはびびってるな。サイクロプスの投石よりこちらの射程の方が長い。あえて敵の攻撃にさらされてやる必要はない。
「投石の届く範囲に入る必要はない、遠くから射掛けなさい」
大声で言ったつもりだけど、聞こえていないかもしれない。のでブゥボにも同じ指令を大声で言ってもらった。彼の大声は実績あるからね。
周りの雑魚は大丈夫そうだ。グゲは思ったより苦戦してるように見える。ドレッドヘアの巨人は突進してきて地面から突き出るようなアッパーをグゲに当ててきている。グゲは大きく吹っ飛んだように見えたけど、空中で体勢を立て直していたし、わざと飛んだのだろう。しかしそれでもグゲに触れられるだけで強敵である。動きも体が大きいせいで私でもなんとか見えるといったスピードだし。
「周りの奴らはどうとでもなりそうですが、グゲと戦ってるあいつ、やばいですね。加勢しますか?」
ギグが近づいてきて、そう聞いてきた。ギグは救援したほうがいいと思っているようだ。しかし。
「いえ、下手に手出しはしないほうがいい気がします。……私たちがあれにへたに手出ししたら、逆襲されて一瞬でやられてしまいかねません……」
『我輩なら見事グゲ殿を支援してあやつを討ち取ってみせましょうぞ』
影の中からベフォセットがアピールしてきた。
(むむ、確かにあの相手なら魔法使いのほうが向いているかもしれない。けど『魔術』のゲゴを当てるのは無謀だし、たしかにベフォセットに任せてもいいかもしれない)
念の為パサヒアス様にも意見を聞いてみる。
(パサヒアス様、どう思われますか?)
『あやつは暴力に頼って生きてきたものだな。リン風に名付ければグレンデルといったところか。グレンデルは見ての通り、肉体では相当強い部類だ。ちょっとあの個体は強すぎる気もするが。逆に魔法に耐性はないだろう。そういったものだ』
(なるほど、ありがとうございます)
『ラキーガは近くにおらぬようだし、ベフォセットらが姿を見せても問題なかろう。レオもリンの近くにいさせるぞ』
(わかりました)
「ベフォセット、方法はお任せします。グゲを支援し、できればあいつを撃破してください」
今ベフォセットを召喚しているのはパサヒアス様だけど、私が指令を出すべきでしょう。
「承りました。リン姫様。我輩の手腕、ご高覧ください」