ドワーフの血
昨日は行軍と驚きの連続で疲れたのでぐっすりと眠ることが出来た。今日辺りからが本番だ。戦闘がある可能性は高い。まあどこまで進めるか、だけど。
仮拠点の広間でいつものように五神官と食事を共にする。
「本日は一度テルビウムに戻った輜重隊の到着を待ち、この仮拠点の補充が終わってから進軍したいと思います」
ガギがそう方針を決めた。
「そういえばリン姫様。昨晩パサヒアス様がこちらにお越しになられたと聞きましたが、もう帰られたのですか? 見かけませんでしたが」
ゲゴが私に聞いてきた。
「あれ? まだおられると思いますが、いませんでしたか?」
「何やら強い魔力は感じたのですが、お見かけしませんでした。あ、レオはいました」
ルオンを見かけないのは仕方ないにしろ、パサヒアス様とベフォセットはどこにいったのだろう? 見張りをしてくれているはずなんだけど。ルオンと同じように認識できないようになっているとか?
「まあ見かけないものはそのままにしておくしかないでしょう。今動けるものは輜重隊を迎えに行かせましょうか?」
「いえ、先日のルオン殿とパサヒアス様のご様子を見る限り、北側に敵はいないでしょう。警戒を怠るのは間抜けのすることではありますが、警戒しすぎてゴブリンたちを無駄に疲れさせるのも避けたほうがいいでしょう」
「それもそうですね。では輜重隊にも振る舞うために狩猟隊には一狩り行ってもらいましょうか。それぐらいの余裕はあるでしょう?」
「はい、皆も喜ぶと思いますし、警戒にもなります」
今の狩猟隊は昔ながらの小さな弓ではなく、軍用の強力なクロスボウを改造した軽めのものを使っている。
ゴブリンでは二人がかりで使うもの、というのは変わらないが、一撃で仕留められるようになったので、効率が上がっている。それにミリシディアの鹿はゴブリンをあまり警戒していないのか容易に近づける。そのように報告を受けている。
しばらく人族がいなかったし、ゴブリンもいない土地のようなので、危険な相手だと知らない鹿が多くを占めるようになっているのかもしれない。本能で逃げているだけ、みたいな。
まあ鹿はよほど数が取れないとゴブリンへのサービスだ。数が取れたらハイゴブリン用に血抜きをしてもらうけど、普通はしないから、血抜きしていない肉はハイゴブリンにはまずく感じるからね。それに鹿肉なら捕れたてをすぐに食べるより熟成させたほうがいい気もするしね。帝国の肉はそんな感じみたいだし。
レニウムでは書類を見るという仕事があったけど、遠征中の今はそんなものはないから、動かないとなると暇である。五神官でガギ以外は、ゴーレムの慣熟訓練を受けていないようだったので、一緒に動かして訓練してみた。ゲゴは十号機をたいへん気に入ったようだ。二号機も悪くなかったが、とフォローはしていたけど。
グゲはゴーレムでレオと寸止めで遊んでいたり、ガギが私を含めた皆にこつを教えていたり、ゲゴは次期ゲゴのクットゥーに魔法投射型ゴーレムのこつを教えたりと、午前中だけにしては充実した時間が過ごせた。狩猟隊以外のゴブリンたちは、九号機たちや馬型牛型ゴーレムのメンテナンスや、この仮拠点で使うだろう道具の製作などをして過ごしていた。今や多くのゴブリンが職人だからねぇ。
お昼頃になったら輜重隊が物資を満載して戻ってきたので手分けして過重量と思われるものを倉庫に放り込み、篝火に使う薪や保存したい生肉などは乾燥小屋や氷室に放り込む。朝に置いてもらっていた水は無事に氷になっているらしい。生肉にはアイスの魔法は使わず、なるべくこの氷を使っていこう。氷室から離れた位置まで移動したらアイスの魔法になるけど。
別に飲料用やアイシング用の氷も別にとっておいて持ち運ぶようにした。そのためのケースは午前中にゴブリンたちが作ってくれた。
昼食をいただいてから、ごく一部のゴブリンたちを残して進軍を開始した。今夜は野宿の予定だ。出発する前にパサヒアス様とベフォセットは、こちらに降りてきた。私たちのはるか上空で見張りながら休んでいたらしい。……やっぱり魔属っておかしい。
「やあやあ、リン。おもろいもんを手に入れたんやて?」
そう進軍中に話しかけてきたのは、何故か輜重隊と共に動いていた錬金術師のハイドワーフ、サキラパさんだ。彼女だけは私の指揮下に形だけ入っているだけなので、かなり自由にされている。まあその分こちらも気を使っていないんだけどね。
「はい、サキラパさん。この遠征が終わったらぜひともサキラパさんに解析していただきたいものです」
「ほう、楽しみやなぁ。なんでも魔族の偉いさんがお見えになったらしいな。うちも会ってみたいわ」
「サキラパさんならいいと思いますし、今度呼びますね。ところで輜重隊について行って何されていたんですか?」
「はっは。リンにはバレるか? 実は出発にぎりぎりで間に合わんかったうち用の装備がテルビウムに届いているんじゃないかと思ってな。さすがうちの弟子たちは優秀やで。思ったとおり届いとったわ」
「装備、ですか。そのサブアームが持ってるハンマーですか?」
サキラパさんは私が以前使っていたプロトタイプ牛型ゴーレムを改造して自由に使っていて今もそれに乗っている。サブアームには武器をもたせていると言うか引っ掛けて置いているという感じだ。
「せや。これと盾や。レニウムでは使う機会がないやろうと帝都の自宅に置いてきたまんまやったんやが、持ってきてもろてん」
見たところ普通の戦闘用ハンマーに見える。ただちょっとサキラパさんが使うには大きい気もする。グゲのコレクション以外で初めて見るけど魔法の武器なんだろうな。
「やっぱり前線で戦われるつもりなんですか?」
「せやな。ドワーフは技術者として有名やったけど、その実、戦闘種族でもあったんや。まあそれが行き過ぎて滅んだんやけどな。うちも血には逆らえんわ。特にここ数百年は大人しくしとったしな。ようやくのチャンスなんや」
漫画の世界とかで戦闘民族とかそういうのは聞いたことあるけど、そういう文化ってことなのかなぁ? まぁサキラパさんを止める方法も理由も方法もないしね。
「そうなのですね。けどくれぐれも無茶はされないでくださいね」
「分かってるって。エドワードにも釘刺されたし、弟子たちにまだ全然教えきれてないしな」
『リン様』
(わ、びっくりした。なぁに? ルオン)
急にルオンから念話が入ったのでびっくりした。今ルオンを使っているのはパサヒアス様だからまったく意識から抜けていた。
『おそらく一時間以内に、先頭を行く部隊が敵巨人と接触します』
(え? まじで? そんなことまで分かるの?)
『あくまで敵巨人の分布とこちらの進路、速度から導き出した予想ではありますが』
(なるほど、分かったわ。ありがとう。遭遇戦になるよりずっとましだわ。またよろしく)
まだそんなに先遣隊と距離は離れてはいないはず。すぐに伝令ゴブリンを出せば、遭遇戦は避けられるはず。