一夜の安息
べフォセットが置き換えをしたという倉庫に入ってみる。頑丈な作りの扉にはしっかりとした鍵がかかっていた。
「ベフォセット? 鍵がかかっていて入れないのですが?」
「物理鍵にしたが、それでよいよな?」
「物理、鍵? それ以外の鍵があるのですか?」
「魔力認証鍵にも出来たが定期的に魔力を消費しなければならないので、物理にした。堅牢性は魔力認証の方が強いのだがね」
そういって金属製の鍵を複数渡してきた。ここの倉庫群で共通の鍵だそうで、数があるのは管理者を複数持てるということだろう。食料とかを入れる倉庫だから一箇所しか同時に開けれない、とかだと不便だしね。
その鍵で扉を開けて入ってみた。確かに仮倉庫に置いてあったものが今の倉庫の中に入っていた。置き換えは成功していたようだ。
氷室も見てみる。ガギは氷室のことは知っていたけど、他の二人は氷室が何なのかも知らない様子。
入り口は小さな小屋になっていて、地下になっている様子。ガギが手元に明かりを作ろうとして、ベフォセットに止められる。
「下に降りていけば自然と明かりがつくようにしている」
前の世界にもそういう自動感知で明かりがつく仕組みってあったけど、こっちの世界でそれってどうやっているんだろう?
実際に地下に降りていけば天井が明るくなって見えるようになった。氷室は置き換えでなく新規で作ったものなので中にはなにもない。
「確かに寒いですね、この中」
「寒いってレベルではないですね、ずっとここにいたら凍えます。インシュレーションを使いますね」
ゴガが私にも保温の魔法、インシュレーションを使ってくれる。ギグは自分とガギにかけていた。魔族の二人は……、寒くないようだ。
「その一番奥の壁に氷の属性石を設置している。それがこの部屋を寒くしているのだ。ただ自動供給は施しているが、出力に対して供給量は足りないだろう。だから使わないときはオフにして、使う際は魔力を別に供給するようにしてほしい。大した量はいらぬ。そのためのコンソールは地上の小屋にある。あと絶対に氷の属性石に触れてはならんぞ。触れて供給する方法もないではないが、効果発動中だと自身が凍りつくからな」
氷の属性石! ゲームとかではよく見たけど、この世界にもそういうのあるのね。ただジュシュリでもレニウムでも見なかったけど。
「この寒さなら確かに保存に便利そうだ。氷も作れそうだから冷たいものも気軽に飲めそうだな」
ガギが嬉しそうにつぶやく。今まで冷やすといえば魔法を使って、だったからね。
「属性石とは何ですか? ジュシュリでも帝国でも見たことも聞いたこともありませんでしたが?」
パサヒアス様に直接聞いてみる。
「ん? そうだな、ミリシディアでも属性石は見たことがないな。しかしこうやってベフォセットが作れているのだから、この世界にも存在しているもののはずだ」
「はい、パサヒアス様のおっしゃるとおり、神話の時代、過去には確かに属性石なるものが使われていたとの話が伝わっております。しかしながら現物、および製法などは我がジュシュリにも伝わっておりません。帝国もそうなのではないでしょうか?」
ガギが答える。ガギが知らないのなら、本当に伝わっていないのだろう。便利そうなのに。
「ほう、そうなのか。リンよ、これはお前が大きな価値を生み出す契機かもしれぬぞ。私ならば属性石の知識も豊富にある。それもリンが閲覧できるようにしよう。見ての通り氷の属性石にはこのような力があるし、風の属性石にも力があるぞ。次はそれを見に行こう」
皆でぞろぞろと今度は乾燥小屋に行く。この小屋も氷室と同じく制御室があるようで小さな部屋にまず入る。その先に大きな円形の部屋があり、風が渦巻いていた。
「部屋の中心の天井にある風の属性石から風が渦として吹いている。屋根や壁の一部は風が抜けるようになっていて、乾燥を促す。本来であれば出入りするときは風を止めるように」
試しに部屋に入ってから、風を受けてみたけど、風が部屋を渦巻いているのを感じられた。
「なおこちらにも氷の属性石があり冷蔵機能はあるが、効果は氷室に劣るから、使い方次第だ」
こっちでは冷やしながら乾燥もできるのね。湿気に弱いものとかはこっちとかでもいいわね。
ある程度制御室で操作方法をべフォセットから学んでから、出た。
「これらはどれも素晴らしいですね。ジュシュリにあればどれほど楽であったか。またこれらは帝国にもないから、教えてあげると喜ばれそうですね」
ガギが興奮を隠しきれない様子だ。
「そもそもその帝国とやらにも属性石はないのだよな? まずは属性石をリンが供給してやらぬとなぁ」
パサヒアス様が強引に私に話を振った。
「その前に巨人たちを平らげないといけません」
「そうであったな。巨人はともかくデバイスはミリシディア中にあるから、ラキーガのやつを滅したほうが早いかもな」
「滅してよろしいのですか? 仮にもパサヒアス様が生み出した部下なのでしょう?」
「自律型ゆえ、そのへんは関係ないな。しかもアンテリモウが言っていることが正しいのであれば、あやつは私の敵となっておるしな。滅しても構わんし、奴にデバイスの制御を任せたゆえに、奴が滅すればデバイスも消え去るだろう」
「すなわちミリシディアに人族が入れるようにするには、デバイスを全て排除するか、ラキーガを滅せないといけない、ということですね」
「そうなるな」
乾燥小屋から出ると、偽りの太陽は消えていて、元の静かな夜になっていた。ゴブリンたちも歩哨たちだけだ。
「ルオンがあのままだと帰ってこれないからな。ここからの護衛はレオに任せるといい。リンの護衛もこれからぐっすり寝るといいぞ」
「うん、ザービもブゥボも、私は大丈夫だからもう寝て。ここ最近外では交代でしか寝てないから寝不足になってるでしょ。パサヒアス様のご好意に甘えて」
「他の緑の護衛も今宵は寝ても良いぞ。このパサヒアスがレオとともに寝ずの番をしてやる。安心して眠るといい。あの歩哨たちも寝かせてやるといい」
確かに少ない戦力だから全員寝られるのは、とてもありがたい。なにせここはパサヒアス様の土地でありながら敵地でもある場所だから、警戒を解くわけにもいかなかったけど、パサヒアス様が保証してくれるなら話は別だ。先程の世界を分割するとかいう魔法なら奇襲を受けることはないだろうし。
「先ほどルオンが戻ってきた。ここの周囲一帯には敵意がある存在はいないとのことだ。これからルオンには少し離れた場所も見てもらうことにする。朝までは先程の魔法で完全に遮断するので、襲われることはありえない。だからリンも緑も安心して寝るがいい。このパサヒアスが守護してやろう」
ガギとギグに、見張りや歩哨で起きているゴブリンたちにも寝ても良いと言ってもらいに行ってもらう。ゴガはリンクの関係があるのでもうしばらく私の周りにいてもらう。
「確かに私も眠くなってきました。パサヒアス様にお世話になりますね。では私もゴガも寝ますね。ゴガが寝るので起きるまでまた私以外とは会話できなくなります」
「わかった。私はリンの近くにいてもいいかな? 寝顔を見たりはしないさ」
「ええ、分かりました。他ならぬパサヒアス様ですから。ただ側仕えとゲゴには知られぬよう、気をつけてください」
別に怒られたりはしないだろうけど、めんどくさいことになりかねないから。
「分かった。もちろんおとなしくしておくとも。レオは万一のため周辺を周回させておくよ」
「はーい、おやすみなさいー」
「おやすみ、リン」