ねこのはなし
あと二日で遠征に出発となった。魔力はまだ回復しきっていない。パサヒアスの指輪を使えば無理やり回復もできそうだけど、焦る必要もないので自然回復に任せる。明日には回復しているだろう。
朝ご飯をいただいた後の散歩も明日でしばらくお休みになるので、留守番となるジュシュリに配属された人族の新人技術者のうちの二人に重大な役目を引き継いでもらうために、今一緒に行動している。一人には私の人形ゴーレム、もう一人には木のスコップと取っ手付きのツボを持ってもらっている。
そう、猫のふんの始末という重大な役目だ。私が老戦士のゴブリン、クザナから受け継いだものだ。今回どちらもジュシュリから一時的とはいえ離れることになったので、その間だけでも役目をしてくれる者が必要だったから、猫好きという条件で選抜してもらった。
「だいたいこの辺にも回収地点があります。人形ゴーレムを渡してもらえますか?」
初代は首、肩、股の関節が動くだけの質素なものだったが、ゼルンが面白がってどんどん精巧なものにバージョンアップしていって、寸胴だった胴体は腰の部分が蛇腹になって胴と腰が生まれていたし、一本の棒だった手足は精巧に作られたミニチュア義手義足のようなものになっている。流石に指は精巧すぎて作ってはおらず、それぞれの作業に適するように特化した作業用アームとなっており、今では4本腕が生えていて、足は普通に二本なものの尻尾も生えている。その尻尾も作業用アームの一種なんだけど第三の足として踏ん張ったりとかに使えるものとなっている。
完全に生物としては存在しない見た目になっているけど私なら完全に使えるし、最近はサキラパさんもだいぶと動かせる。そして意外? そうでもない? ラキウスもある程度動かせた。ジュシュリのゴブリン族より人族の方がゴーレムに関しては柔軟に対応できるのかもしれない。
ともかく、普段掃除している最終地点に来た。最近量が多いというか明らかに別の子も近くでしてるようなんだよね。けどまだ姿は見たことがないなーとか思いつつ、人形ゴーレムに回収させていく。このゴーレムはあえて無線で直接私が魔力を飛ばして操作している。細かい動きはオートでやってもらってるけどね。いつか大型ゴーレムも無線で動かすためのきっかけになれば、と思ってそうしている。
回収が終わった頃にいつもの子がやってきた。今日は生身の足にまとわり付いてきた。また怪我をしているのかな? 手で触れて治療しようと思ったらするりと避けて、少し離れて鳴いた。
ん? なんかいつもと様子が違う? いつもは義足でしゃがむのは出来なくはないけど辛いので腰を曲げて触るんだけど、それを避けられたことはなかった。治療がいらないならそもそも近づいてこないし。
「なー!」
強めに鳴いた。なんかこっちにこいと言っている気がする。後ろをちょくちょく見てるし。しばらくかまってやれなくなるし、今日は付き合おう。
「ここの掃除で最後です。なんかこの子、ついて来てほしいみたいなのでついていきますね。お二人はここで解散でいいですよ」
新人技術者の二人にそう言う。二人以外にも護衛のザービとブゥボもいるけど、彼らに帰れとは言えないし。
「私たちもついていっていいですか? なんだか気になります」
「ええ、もちろんいいですよ、残業代はつきませんが」
「ははは、あれは呼んでいる気がしますし、となるとなにかあったのかもしれませんし」
募集要項は猫好きだった。猫好きなら気になるよね。先程の猫は早く来いとばかりに立ち止まってこっちを見てまた強く鳴いた。
しばらく猫の誘導にのってついていく。少しすると、狭い、建物の隙間に入っていった。これは……、私なら入れるけど、他の人は無理ね。ザービならぎりぎりいけそうだけど今は鎧をつけているから無理そうだ。
「皆はここで待ってて。ちょっと行ってくる」
「リン姫様、危なくはないですか?」
ザービが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よ、あの猫が入っていったんだし、けど入ったあとになにか変なのに来られるのは怖いから見張ってて」
「わかりました。ブゥボ、貴方はあの向こう側に回ってみて。あちらからなにか来ても怖いですし」
「わかった」
ザービとブゥボに上下はもちろんない。けど指示を出すのはだいたいザービで、ブゥボは素直に従う事が多い。ザービもブゥボに無茶なことは言わない。お互い信頼関係があると思う。
ザービと新人二人をおいて、猫が入っていった隙間に私も入っていく。隙間は通り抜けできないように杭で塞がれていた。がその前に別の猫が一匹座っていた。けど先に入った猫には警戒していない様子で、私の方ばかり見ている。
二匹揃って座ったところで、ゆっくりと私も近づく。先程の猫はこの猫を紹介しようとしている、という気がする。
触れるほど近くに寄ったけど、二匹とも逃げる様子はない。それどころかいつもの子はより強く鳴き、ここに座っていた子は警戒の声を出しているだけだった。
ちょっと姿勢がきついけど、しゃがんでみた。ん? どうも座っていた子は後ろ足を怪我しているようだ。なるほど、いつもの子はこの子のために私を呼んだのね。本当に賢い子だ。
触るのは傷口に近いほうがいいんだけど、それはたぶん無理だから、まずこれ以上警戒させないよう、人差し指を座っている子の前に突き出す。二匹とも私の指の匂いを嗅ぐ。しばらくしたらいつもの子が私の指を舐めた。すると座っていた子が目を閉じて頭を低くした。
チャンス。けど慌てずゆっくりとした動きで座っている子の頭を撫でる。よし、逃げない。けど震えている気がする。ごめんね、怖いよね。でも少しだけ我慢してね。
猫の頭から魔力を流す。思った通り足に魔力が流れていく。他にも怪我をしていたのか、いろんなところに魔力が伸びる。強い魔力は害になるとも聞いているので、できるだけゆっくりと少しずつ流すように気をつける。けっこう足に魔力を取られたけど、お腹にもかなり取られている。お腹にも怪我をしていたのかもしれない。思っていたより重症だったのか、魔力を絞りすぎたのか、やや時間がかかった。
治療中はぴくりとも動かなかった子がごろごろ言い出した。すると魔力が押し返されてきた。よし、無事治療が終わったようだ。触れていた手で軽く頭を撫でる。治療中は大人しく待っていたいつもの子が急に俺も撫でろとばかりに手に頭を押し付けてきたので、いつもの子も撫でてあげる。
今までは治療以外では触らせもしてくれなかったくせに、こやつめ。念の為いつもの子にも魔力を流すと少し流れた。こいつ、自分も怪我してたのに座ってる子を優先したのか。いい子だねぇ。いい子だってのは知ってたけど。
「ブゥボ、もういいよ。戻ってきて。私もザービと合流するから」
猫たちの向こうから返事が帰ってきたので、立ち上がって、隙間から出る。いつもの子だけついてきて、隙間の入り口まで送ってくれた。
「どうでしたか? リン姫様?」
ザービが聞いてきた。新人二人も目を輝かせている感じだ。けど私の癒やしは基本秘密だ。だから正直に言うわけにはいかない。
「ええ、なんかもう一匹紹介したい子がいたみたい。おとなしい子だったよ」
「いいですねぇ、さすが姫様だ」
「猫にも好かれているのですね」
新人二人には申し訳ないし、そんなことで褒められるのは恥ずかしいけど、隠し事をしている報いだと思って、受け入れる。
「ええ、禁止されてなければ何か食べ物をあげたいぐらい可愛い子でしたよ。撫でさせてくれました」
「おお、そうだったのですか。羨ましい」
しばらくブゥボが帰ってくるのを待って、合流したら回収したふんを処分するところまで皆で移動して、解散した。新人二人も本当に猫好きのようで、これで安心して任せられそうだ。