婚約
(兵士が一人、所属が違う、ってどういうこと?)
『詳細はまだ探っておりませんので分かりません。が、周囲と明らかに色が違っていたので』
(色ってよくわからないけど、確かに違う人がいるのね?)
『はい、色、声、見た目、なんと呼ばれているかは確認いたしましたので、ある程度指摘できます』
(わかったわ、ちょうど今ここにいる人たちはこの砦の長たちだから、言ってみるわ。信憑性を高めたいときには呼ぶから、合図したら現れて)
『かしこまりました』
ちょうど世間話が終わりそうな気配なので良かった。
「ガギ、ちょっとここで人払いの術をお願いできますか?」
あえて皆に聞こえるようにガギに頼む。
ここにいるのはガギ、ゴガ以外は砦長であるケインさんに副砦長であるゲントさん、以前からいる副砦長さんに文官の長だという方、それにラキウスだから、彼らには話しておくべきだと思う。ジャイアントラットも驚異だしね。
ケインさんたちは何事かと一瞬驚いた様子だけど、すぐに飲み込んでくれてガギに頷いた。ゴガは控えにいる護衛達に声をかけにいって、戻ってきたらガギが準備していた人払いの術をかける。
「この部屋を外から見ることも聞くこともできなくしました。リン姫様、どうされましたか?」
「はい、実は砦の兵士の一人が不審なようなのです」
「不審? なにかされましたか?」
「いえ、探っただけなのですが、どうも砦の皆様と所属が違うらしく……」
「それは……、裏切り者、もしくは間者がいるということですかな?」
「まだ詳細に探ったわけではないので、言い切ることは難しいですが、おそらくは」
ここにいる皆さんは私の言葉を何の説明も知り得た手段も探らず、信じてくれたようだ。ごめん、ルオン、出番なさそう。
『あまり人前へ出るのは得意でないので、その方が助かります』
皆さんにその人物を特定できそうな情報をルオンから聞いて、伝えた。
「ああ、あやつか。ようやく思い出した。本当に印象が薄い奴だった、と。確かに間者に向いているな」
ケインさんが誰のことか分かったようだ。
「すでに三年経っておりますから、最果ての事は周辺諸国にはすでにばれているでしょうし、となればおそらくはリン様付近、ゴーレムか、リン様そのものか、に興味を持つものでしょうね。もしかすると貴族の誰かかもしれないし、周辺諸国の手のものかもしれない」
ラキウスがその者の素性を予測する。
「ですね。リン様、承りました。リン様の遠征出発の邪魔にならぬよう、そして遠征中にこの問題は処理させていただきます」
ケインさんが私に向かって、頭を下げた。ジュシュリは独立部隊でレニウム砦より上だと聞いているから当然の振る舞いなのかもしれないけど、やっぱり見た目的にも実年齢的にも上の人に頭を下げられるのは、なれない。ギグやゲゴにもなるべくしないでほしいと言っているぐらいだ。
「あと、それとジャイアントラットが北門近くから三匹侵入しているようです。侵入口のチェックと退治もお願いします」
北からは敵がくることはまずないと見られているので、ほとんど警戒されていないし、元々は街だったのでそこまで厳格にがちがちにしていないらしいので、門をすり抜けただけかもしれないけど、下手をしたら穴を掘られているかもしれない。そうだったらジャイアントも困るけど普通のねずみの侵入口になっていたら街の猫だけでは駆除しきれないかもしれない。これも重要だ。
「分かりました。そちらは至急に対策します」
「人払いしているのなら一つ、リン様に伝えておきたいことがあります」
今まで接点のなかった文官の長の方がちらっとケインさんを見てから、そう言ってきた。え、なんだろう?
「リン様へご婚約伺いの手紙が八通、それを通り越してご婚約希望の手紙が二通、届いております。陛下およびハームル隊長の命令により事前に検閲させていただいておりますが、念の為リン様にも直接聞いておくよう、仰せつかっておりました。個人的にも世間的もまだ早いと思われますが、ご婚約を成立させる意思はお有りでしょうか? もし有るのでしたら手紙をお渡ししますが?」
「へ?」
想像だにしていなかった攻撃に目をまんまるにして間抜けな顔を晒してしまった。ガギが私の顔を見て、クスっと笑ったのが見えた。
「人族、もしくは帝国ではこのような年齢の娘が婚約するのは普通なのですか?」
「一般庶民、といっても商家などの比較的大きな家同士の結びつきにより許嫁などはありますが本人たちが預かり知らぬことは少ないですね。また貴族であるなら少々早いですが、ありえます」
「なぜ、わたし?」
「王都で陛下に可愛がられていたのは知れ渡っておりますし、そのリン様がいるレニウムからゴーレムが広まっているのですから、耳の早い者ならリン様が原石、いえもう宝石だと知り得ているものもおるかもしれません。件の怪しい兵士もそれに一役買っているかもしれませんしね」
な、なるほど。前の私も恋愛なんかしない、出来ないまま、こっちに来ちゃったけど、こっちの世界でこんなことになってしまうとか。
「そうそう、それを言うなら、右足のサーチェスや左腕のローガンの評判、王都から広がっていっているらしいですよ。自在に動かせる義手義足が生まれている、と。庶民はもちろんのこと、貴族でも病気や怪我で手足を失ってしまった方は多くいるでしょうから、今後はその対応も考えておいたほうがいいかもしれません」
「ただでさえ耳ざとい貴族ですから、すでに陛下にレニウムへ直接行きたいと言ってきた貴族がいるらしいですよ。庶民に知れ渡るのも時間の問題かと」
「義手義足に関してはもう少しノウハウをためて、技術者を増やしてから、ゴーレムのように広く一般的な技術として広めたいとは思っていましたので。ちょっと体勢がととのうのに時間はかかると思いますが、それを許容していただけるなら今から予約?みたいな形で進めることは可能かと思います。が、現在それを作れる技術者はジュシュリにしかおりませんから、遠征を控える今、当分動けなくなってしまいます」
「そうですか。広げるつもりはあるのですね。義手義足についても相当な価値があると認められますので、レニウムとしても相応の対応をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
文官の長はわたしとガギ、ゴガを見て言った。ゴガはガギに頷いた。ガギはゴガに頷き返し、私を見た。私はガギに頷いた。
「ええ、ジュシュリとしても広めたく思います。なお先駆けて義手義足の技術の元となるゴーレムの副腕の製作技術者の増員はすでに進めておりますので、じきに手が回るようになるでしょうが、広めるのなら人族の技術者もいることとなりますので……」
「分かりました。弟子になれるような木工職人と鍛冶師を手配しておきます」
「魔法使いの方もお願いしたく」
「はい。承りました。……これはレニウムが街に戻れる可能性もありますね。すでに真のゴーレム、ザドキエルを破壊されていますから防衛力に難がありますが、リン様が遠征を成功させていただければよい中間地点となるでしょうし、ザドキエルを失った代わりに王都とつながることが出来たのが良かったですね。王都の多くの優秀な人員や、様々な物資が入ってきやすいというのは大きいです」
それはとてもよい話だ。未来への明るい展望を冗談としていいあってから、人払いは解除して、会議は解散となった。ルオンは出番がないと思った時点で送還した。