レクリエーション
結構離れてたはずなのに魔将レオの咆哮は耳が痛くなった。近くにいたグゲは咆哮とほぼ同時に横に飛んでレオの後ろに回り込んでいた。さっきまでグゲがいた位置には何かが爆発したかのようなあとが残っていた。レオの咆哮が攻撃だったのかな?
瞬時にレオの後ろに回り込んだグゲは剣を両手に持ち、大きく横薙ぎにした。
けどレオも意外と機敏な動きでその一撃を半身で躱して、左の剣を横に薙いだ。
カウンターになってそうなそれを、グゲはしゃがんでなんなく避け、飛び上がるような感じで今度は下から上へ剣を振るった。
レオはそれをバックステップで避けた、けど後ろに下がった直後に、慌てて横に飛んだように見えた。よく見るとグゲからレオがいたところまで地面が裂けてた。なんかゲーム的な衝撃波でも出したのだろうか? バックステップで躱すの読んで、それを放ったグゲもすごいし、動きを読まれていても避けきったレオもすごいな、これ。
そのあとは、私には見えないレベルの高速での打ち合いになった。足で地面を削る音と、剣を打ち合う音しか聞こえない。グゲはほぼ両手で剣を使っているのに、二刀流のレオに追いついているのがすごいな。けどさすがに手数では敵わないせいか若干グゲが押されているように見える。
グゲが後ろに飛び退いた。レオが咆哮する。グゲは後ろに下がったにも関わらずその場で剣を振る。
次の瞬間、周囲にレオの咆哮以上の不快な音が辺りに響き、咆哮以上の音圧まで受けた。たぶんレオは咆哮と同時に空気圧縮弾でも打ち込んでいたのだろう、それをグゲは剣で潰したため、嫌な音がして周囲に轟いたのだと思う。前世の知識がないとこんなの想像もできないよ。
実際周囲の人たちはあっけにとられてる。どうしてそうなったか想像もできないだろうからね。対応できてそうなのは、おそらく仕組みを知っているガギと、グゲの部下たち、それとラキウスも分かったっぽい。
「ラキウス、今のは?」
確かめようと声をかけてみる。
「はい、レオは目に見えない音の弾を打ち込み、グゲがそれを剣で破壊したため、音が周囲に響いたのでしょう。弾までは出しませんがドラゴンが似たようなことをやってきますので」
パサヒアス様はドラゴン族は衰退してるようだ、とか言ってたけど、ラキウスはドラゴンとも戦ったことがあるのだろうか? 私の推測とだいたい同じ感じで、音だと分かっているようだ。やるなぁ、親衛隊。
「すごいなレオ。俺と互角とか初めてだぜ……。決着を付けたいところだが、これは模擬戦だ。また今度続きやろうぜ、その時までに俺はもっと強くなっておくよ」
グゲが急に喋りだしたので、慌てて私もレオにストップをかける。レオにグゲの言葉は分からないからね。私が声かけないと。
一瞬ライオンの顔で怪訝そうな表情をしたレオだったけど、すぐに私の元にかけより、跪いた。
「リン様がそうおっしゃるなら」
レオにさっきグゲが言ったことを伝えると、鼻息をふんっと出した後、にやっと笑ったような気がして、承った、とだけ言った。すでにそのとき両手に持っていたはずの刀はどこにもなかった。
「二人の模擬戦はこれで終了とします。引き分けです。これ以上やって双方どちらも怪我をしてしまうのは損失になるので」
私の言葉を、ブゥボがとても大きな、先程の音撃に迫るレベルの声で、ゴブリン語で私の言葉を言った。すると、見学していたゴブリンのうち、共通語を話せる者たちが次々に翻訳して周囲に話してくれた。
それでようやく引き分けで二人の模擬戦が終わったのだと気づいた観衆が拍手や二人を称える言葉を送ってくれた。
「さあ、次はレクリエーションだ。俺に挑戦する者はいないか? 遊んでやるぞ?」
私が模擬戦を止めたとはいえ、時間としては短かったため、グゲはまだ余裕があるようだ。グゲの言葉も周りのゴブリンたちは翻訳して人間にも伝えてくれる。
ちなみにレオは、大人しく私の後ろ斜めで片膝を付いたあと送還した。パサヒアスの指輪によると、召喚中は、魔力が回復しないらしいので。戻る前にレオが、残りのどちらかも召喚してみるべきと言っていた。名付けしたから、レオの召喚コストは安くなってるらしいので、確かに二人のどちらかを召喚してみるべきだろう。
そんなやり取りをしているうちに、二人の人族が名乗り出たようだ。……ん? あれは元ビスマス砦所属で左腕を失ったローガンさんと、右足を失ったサーチェスさんじゃないか。今では正式にジュシュリ所属になって、工房にいると聞いていたけど?
ローガンさんの失ったはずの左腕には明らかに元のサイズより大きく見えて、なんかいろいろとギミックがついてそうな義手が、サーチェスさんの右足は左足よりかなり大きなグリーブをつけているように見える。あんなので生活はできないと思うので、おそらく戦闘用だ。……私に内緒で面白いことをやっていたようだ。
にらみつけるようにギグを見る。私の視線に気づいたギグはあからさまに私の視線に気づいていないふりをした。真っ黒だ。ゼルンはというと、愛想笑いのような表情をしていた。共犯か。まあ、それはあとでいいか。今は二人がそれでどうグゲと戦うのかが気になる。グゲ相手に戦えるのだろうか。
二人共重そうな義手義足を付けた上で金属鎧まで着込んでいる。フルプレートみたいな関節部分まで防御しているものではないタイプだけど、かなりの重装備だ。けど持っている武器はサーチェスさんは大型の盾と短い槍、手槍だ。ローガンさんにいたっては攻撃を弾く専用の盾であるバックラーしか持っていない。
「左腕のローガン! 右足のサーチェス!」
周りの兵士から声援が上がった。なんか異名ついてるし、私が知らなかっただけですでに有名になっていたようだ。
「ギグ、教えて?」
ささやくように、けど確実にギグに聞こえるように問う。
「は、はい。二人に頼まれて、没となったゴーレム用の腕を応用した義手と、九号に似た仕組みの義足を戦闘用として作りました。ああ見えて、技術の積み重ねの結果によるものですので高性能ですぞ。実際姫たちがおられなかった時、数度最果てから小規模の偵察隊のような集団がきたので出撃したことがあるのです」
「ええ、そうなんだ。その時誰も怪我してない?」
「はい、それは大丈夫です。怪我自体はしたものもおりましたが、やくそうを貼っておけば治る程度のものだけでした。姫がご心配されるほどの重症のものはおりません」
それは良かった。もっと話を聞きたかったけど、グゲがいうレクリエーション、追加の模擬戦が始まるようだ。
「では二人のことは知っているのですね。解説をお願いします」
「し、しかし近くに人間が……」
「ラキウスなら大丈夫です。まだゴブリン語は完全には分からないはずです、そこから機密が抜けることはないでしょう」
「ですよね? ラキウス?」
急にラキウスに話を振る。まだ全部分かるわけじゃないだろうけど、聞いてたでしょ? それに私の発する言葉なら全員が理解できるはず。
「は、はい。万一技術的な何かを聞いたとしても、決して、例え皇帝陛下に対してでも口にしないとお約束します」
「親衛隊なのにそれでいいの? まあ助かるけど」
「はい、ことリン様のことは陛下より優先せよ、との陛下ご自身の命令ですので」
おおう、陛下の愛が重い。それって実質ラキウスはもう私の親衛隊じゃん。まあラキウスに陛下か私かを選ばせるような真似は、できるだけ避けよう。
グゲはリラックスした体勢で。構えてはいない。レクリエーションと言ってるから、二人の力量は相手にならないと判断しているようだ。二人もそれにきれるというか、怒っている様子はなく、むしろ胸を借りるという感じに見える。
「ようし、こい!」
グゲがそう言って、剣を持っていない手で招いた。