ループヒロインと悪役令嬢
ループヒロイン(自覚なし)×悪役令嬢です。
男爵令嬢のフローラは、鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。
いつも通り、中庭でお弁当を食べる予定なのだが、今日のお弁当はちょっと豪華なのだ。昨日いい果物が手に入ったので、お弁当に入れて来たのである。
「あ…殿下だわ!王太子殿下、この間はどうもありがとうございまっ…」
昨日、図書室で宿題のための資料探しを手伝ってくれたお礼を言おうと、走りだしたフローラの言葉は、最後まで続かなかった。
彼の隣には、婚約者のリリアナ様が立っていた――フローラは、彼女がいるといつも緊張して、なにかしら失敗をしてしまう。
勢いよく走り出して、急に体が強張れば、脚がもつれてしまうのは必至である。そのまま、みっともなく転んだフローラはリリアナに注意を受ける。
「フローラ様、廊下を走ってはいけません。はしたないですよ。それに、殿下を大声で呼び止めるなんて、マナー違反ですわ。今後はなさらないように」
そして、まずはフローラの怪我の心配より厳しい注意が出てしまうリリアナを苦笑して、王太子殿下がフローラに手を差し出すのだ。
「フローラ嬢、大丈夫かい?リリアナ、言うことはもっともだが、先に彼女を心配してあげないと。…怪我はない?」
――これは、そういうイベントのはずだった。
しかし、フローラは今回、リリアナを押し倒すような形で転んでしまったのだった。
「リリアナ様っ、ごめんなさい!大丈夫ですか?どこも怪我されませんでした?!」
「リリアナ、大丈夫か?頭は打ってないか?」
「ええ…大丈夫ですわ…。少し背中が痛いだけです」
幸い、リリアナは意識もあり、ひどい怪我もないようだ。
「念のために私が保健室につれていこう。痣になってないか、診てもらわないと」
「わ、私も行きます!あ、そのまえに、先生に保健室に行くって伝言しておきますね。リリアナ様、本当に本当にごめんなさい!」
完全にテンパり、涙声で何度も謝るフローラに、溜息を付きながらリリアナが応じる。
「フローラ様。大丈夫ですから、落ち着いてくださいな。あなたがどいて下さらないと、わたくしも起き上がれませんわ。お怪我はないの?立てますか?」
その言葉に、フローラはハッとして、慌てて体を起こそうとした。
むにっ。
「……っ」
「……!!」
体を起こそうとして、リリアナの胸を思いっきり掴んで(揉んで)しまったのである。
「……あの、本当にごめんなさい…」
「~~っ、いいから、早くおたちなさい…!」
リリアナの顔は耳まで真っ赤で、羞恥で涙目になっている。滑舌のいい凛とした声も、いつもより弱々しい。
今度こそちゃんと立ちあがったフローラは、リリアナが立つのに、王太子とともに手を貸した。
「お二人が保健室に行くことを先生に伝えてきます!」
「走るのはおやめなさい!」
また廊下を走ろうとしたフローラにリリアナの注意の声がとぶ。フローラは分かりやすくビクっとして、早歩きに切り替えた。様子を見ていた王太子から忍び笑いが漏れた。
…イレギュラーは、それで終わりだと思ったのに。
「なんで。なぜこんなことになってしまったの…」
彼女が見守る先には、お手製のクッキーを持ってリリアナのもとを訪れるフローラの姿があった。なんやかんやと文句を言いながらも、お茶を用意するリリアナ。なんだか楽しそうに雑談する二人。
「ええっ、ちょっと、ちょっと…!」
フローラは、チャラい系攻略対象者も真っ青な手際のよさで、そのままリリアナの唇を奪い、ベッドに押し倒した。
「なっ、何をなさるの!?あっ、そんな、やんっ…」
「リリアナさま、かわいいです…」
なんでだろうか。フローラも処女なはずである。この世界ではリセットされているはずなのに、体が覚えているとでも言うのだろうか。リリアナが抵抗するまもなく、優しい快楽で着実に彼女を追い詰めていく。
「そんなこと、破廉恥ですわっ…おやめになって…おねがい…」
「リリアナ様…!綺麗でいいにおいで可愛いです…!」
「わたくしの話をきいて…!」
抵抗むなしく、破廉恥なことをされまくった悪役令嬢と、破廉恥なことをしまくったヒロインの関係は、それから大きく変化した。
最初は怒り、警戒していたリリアナとの距離を、ちょっとずつ、しかし着実に詰めていったフローラは、最終的には、王太子や他の攻略対象者そっちのけで、リリアナと結ばれてしまった。
「おかしいわ…なぜこんな展開に…。あのとき私は確かに、いつもどおり”小さな不幸”を彼女に投げたはず…」
この世界を管理する女神、マリアベルは運と機会をつかさどる女神として、修行中の身である。正しい運命に人々を導くために、この箱庭世界でヒロインの運と機会を操作し、シナリオを動かすのが彼女の役目だった。
彼女は、使用済みの運を確認して、がっくりと肩を落とした。
「”ラッキースケベ”だわ…これ…」