メガネにかける思い
眼鏡は魔法のアイテムだ。
それを装着するだけで、1.5倍は素敵に見える。眼鏡をかけている人には無条件に目がいくし、似合っていると激しくときめく。
恋人に欲しい条件は眼鏡だけ。眼鏡さえあれば大抵のことは許せるのに。
「なのになんで私には恋人が出来ないの!どう思う!?」
ダンッと水晶玉の乗っているテーブルを叩いて、私は目の前の人物を睨みつける。
苦笑を浮かべるのは自称占い師。道中でやってる占いなんて怪しくて近寄りたくないが、それもこれも彼女が眼鏡をかけているから悪いのだ。
「……眼鏡がお好きなのですね」
「眼鏡は人類の作り出した最高の作品だと思う」
「……そうですか」
恋愛占いをしてくれるっていうから、好みのタイプを述べている。眼鏡が好き。あぁ、大好きだ。眼鏡屋なんて素敵空間過ぎて涎が垂れそうになるくらい好きだ。
「そりゃ、性格も大切だと思う。性格としては寡黙で優しい人が好きだけど、内面なんてわかるわけないじゃない。てっとりばやく眼鏡であればいいやって思うわけ」
「すごーく適当ですね」
「何言ってるの?眼鏡は大切ですよ。あの輝く知的なフィルム。角度。印象を変えるフレームの数々。あぁ、ときめく…!」
「…………あなたの運命の相手が不憫でなりません」
ぼそっと占い師さんが涙を拭きつつつぶやいた。なぜ泣く。眼鏡が少しずれて無駄にドキドキするではないか。
「大体、運命の相手なんて言われても信じる気ないしなぁ」
「では……運命の眼鏡なら信じますか?」
「勿論ですとも!眼鏡を疑うなんて神を疑う大罪!当たり前じゃないですか!!」
満面の笑みを浮かべると、なんだか、占い師さんが現実逃避してるように見えるのは気のせいだと思い込む。
「では、こちらを差し上げましょう」
占い師さんはコホンッとわざとらしい咳をして、机の下からケースを取り出した。
「……アナタの運命の相手の名前はハヤトといいます」
渡されたケースを開けた私の息が止まった。それを見た途端、なぜだかドクンッと胸が高鳴って苦しい。
「……ハヤト、ですか」
「えぇ、ハヤトです」
ドキドキする。動悸が激しい。ふれるだけなのに手がふるえる。なんだこれ。
「……アナタの運命の眼鏡です。大切に扱って下されば自ずと答えてくれます。あなたを真実の愛に導いてくれますよ」
「……真実の愛?これが真実の愛ですか?運命ですか?運命の出会い?」
「え?」
「運命!眼鏡と私の運命なのね!運命の相手が無機物だとは盲点だった!」
そっと眼鏡ケースを手のひらで包み込んで、私は財布から諭吉を三枚取り出すと占い師に叩きつける。
「ありがとう!占い師さん!胡散臭いって疑ってごめん!あなたも素敵な眼鏡よ!」
「え?ちょっと待って、凄まじい誤解が」
「じゃあ、私帰ります!」
熱に浮かされたかのように浮かれながら自宅に戻る。
「ただいま!」
誰も居ない自宅。寂しい空間なはずなのに今日は心が熱い。
鞄にしまい込んでいた眼鏡ケースを開けて、鏡の前で装着してみる。
恐ろしく似合わない。男物だから仕方ないけれど、残念でならない。ため息を吐いてテーブルの上に眼鏡を置く。
じーっと見つめればやはりドキドキと胸がときめく。素敵すぎる。
「なんでこんなに切ないんだろう。恋ってもっと簡単なものだったのに……あぁ」
運命とは過酷だ。
ウンウンと頷いて私は笑みを浮かべ眼鏡のフレームをつついた。
「……ハヤト」
名前を呼ぶだけで照れてしまう。吐息が桃色。返事なんてするわけないのに、満たされた気分でいっぱいだ。
「宜しくね、ハヤト……なーんて、返事があるわけないかぁ。珈琲飲もうっと……」
カップに手を延ばしながら考える。
もし、ハヤトに声があったらどんな声だろうか。テーブルを振り返った私の視線に反応するかのようにハヤトのレンズがキラリと光る。セリフをつけたらこんな感じだろう。
『此方こそお世話になるよ、美しい僕のフェアリー』
素敵すぎて思わずカップを床に落とした。
―――こうして運命のメガネであるハヤトと、人間である私との恋愛が始まったのである。
第一話 完