デリート
ゲホッ、
「止めるにしたって、他にやり方があるだろっ」
「物理的に止めた方が安全かなと思ってさ」
しれっと言いやがって、くそっ。
横目で口に出さない文句を送ってやる。
「なによ、その視線。誰のためなのか分かってないでしょ。
感謝して欲しいくらいなのに」
ぐっ、またしても言い返せない。
確かに僕のためなのは分かるけれどもさっ。
「ねぇ! 見てみて! おもて凄い事になってるよ!」
僕らの並びの窓際を覗きに来たお姉さんが、大きめの声をあげて、
慌てているのか、急かしているのか、大袈裟な手招きをしながら
後ろにいる友達を呼んでいる。
窓際の席はカウンターより上は全面ガラス張りだから、
ほっと屋の様子も、人だかりの様子もよく見えてしまう。
「なになに? あ、あれの写真撮ってるんじゃない?」
あとから来た二人のうちの一人がほっと屋の看板を指さす。
「なにあれ? ツイート? どうなってるんだろ。
とりあえず写真撮ってあげとこ。これはクルよ」
お姉さんたちは三人が揃ってスマホで写真を撮りだした。
「これアカウントなんて書いてあるのか分かる?」
「たぶん、百言の僕だと思うよ」
「それどういう意味?」
アカウント名には興味を持たないで下さいっ。
やっぱり皆さんSNSに投稿するんですよね。
それが目的で写真撮ってますよね。
聞き耳を立てながら、ほっと屋の様子を見ると、
和歌さんとお母さんが、お客さんの対応に追われている。
でも、僕の目には甘酒を買ってる人より、
つぶやきについて尋ねている人の方が多いように見える。
これは望んでいたのとは違う。
ある程度は予想はしてたけど、
あれじゃあ、甘酒を買いたい人も買えないじゃないか。
なんか嫌だな。あれはお店のためになってないよ。
でもそれは僕がやったことが原因なわけだし、
あの人たちに文句を言うのは違う。
どうしようか、消しちゃうか。
美調家の人たちに黙って消しちゃっていいのかな。
あんなに楽しみにしてたのに。
和歌さんにお願いされてたのに……
和歌さんもお母さんも困った顔をしてる……
これ以上はもう駄目だ。僕が見てられない。
つぶやきを、「削除」だっ!
「あっ」
紡が小さく声を上げて、僕を見る。
ポコン
《あれは僕が嫌だ。もう見てられない》
他の人には見えないっていうのはこういう時に便利だな。
『あぷり』で紡に伝えると、
「いいと思うよ」とサムズアップを返してくる。
「ところで、あとからの方も消したの?」
おっと、それはそうだ。そっちも「削除」だ。
一呼吸おいてから紡にサムズアップを返す。
「今だよね。それ。まぁ、いいけど」
やはり紡にはバレてる。くそ、間に合ったと思ったんだけどな。
ほっと屋の前で写真を撮ろうとしていた人たちが、
つぶやきがなくなったことで、ざわついてるように見えるな。
なんだか、いっそう詰め寄られてる気がする。
これじゃあ、解決になってないじゃないか。
どうすればいいんだ……
紡に相談するにも、声にも出せないし、
返信できる『あぷり』は他の人に見えちゃうし。
どうするべきかを考えていたら、僕の様子を見ていた紡が、
「相談する相手を探してる?」
よくわかったじゃないか。
「どうしたらいいかを考えてたんだけど……」
「また虫メガネになってませんか~」
とスマホを振っている。ん? スマホで何をしろって?
あぁ、そうか! スマホで紡と相談すればいいのかっ!
僕が気付いたのを確認した紡は入力を始めたけど、
これは待ってればいいのか?
ピヨ
『消したのは正解だよ。でも解決のためにツイートしたら
また同じ事の繰り返しになるよ』
ピヨ
『あの人達はツイートの内容はどうでもいいの。
宙に浮いてるツイートの写真が欲しいんだから』
そうなんだよなぁ。今あそこに「どけ」なんて
つぶやいたって、どくわけないもんなぁ。
あそこからどかすには、違う場所につぶやくか……
ピヨ
『本殿の前にでもつぶやいたら、みんな移動するかな?』
『移動はするかもしれないけど、今度は向こうが混雑するよ。
なんてつぶやくつもり?』
そこなんだよ、なんてつぶやいたら周りの迷惑を考えてくれるかな。
写真を撮るなってつぶやいても意味ないしなぁ。
ピヨ
『迷惑を考えなさいってつぶやいたら、効果ないかな』
『考えられる人は最初から、あんな事しないよ』
人の事を考えないって結構迷惑な事になるんだな。
今まで考えた事がなかった。
僕も気付いてないだけで、周りに迷惑を掛けてたのかな。
迷惑を掛けられる方は堪らないよな。
あの状況を見ちゃったら、考えちゃうよ。
迷惑を掛けられた人の気持ちを考えると、
気付かなかった自分が恥ずかしいよ。
ん? 待てよ、自分が恥ずかしい……
読んでくださって、どうもありがとう!