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「紡、それは酷いんじゃないか? 理由はなんだよ?」
見ろ、和歌さんがすごく寂しそうな顔してるじゃないかっ。
「お兄ちゃんの方がヒドイよ。
ホンの数秒前に私が言ったこと忘れてるし」
あれ、紡が不機嫌になるような事あったっけ?
「ん? なんだっけ?」
「あのねぇ。こっそりって言ったでしょ。
こんな振袖美人が一緒だと目立つに決まってるでしょ!
和歌さんを一目見て、自分がなんて言ったか
もう忘れちゃったの?」
「あっ! …… 」
覚えていますとも、あの瞬間の事は。
もう恥ずかしくて言えないけど……
チラリと見ると、和歌さんもあの時の事を思い出したのか、
照れくさそうにモジモジと袖をいじっている。
女の子のああいう仕草は可愛いなぁ。
「ほほぅ、友至君よ、うちの和歌を見てなんて言ったんだい?」
はっ! その笑顔がメチャクチャ怖いです。お父さん……
「あ、えと、なんて綺麗なんだって言いました…
言ったというか、つぶやいちゃいました……
見た瞬間に、ついポロッと……」
お父さんは唖然としていると言っていいんだろうな、コレ。
和歌さんは顔隠しちゃってるし、僕まで恥ずかしくなってきた…
「はぁっはっはっは! そうかそうか、綺麗だって言ったのか!
そうだろう、そうだろう、和歌は綺麗だろう?」
豪快に笑われてしまった……
そりゃあ、恥ずかしいこと言ったけれども、そんなに笑わなくても…
あぁ、ほら、そんなに大笑いするから、和歌さんに叩かれるんですよ。
「そんなに叩くなって。だから言っただろう。和歌の振袖姿は綺麗だって。
俺の言った通りだっただろう」
仲がいいんだな。
僕はあんな顔して家族と話しているだろうか……
「二人ともいい加減になさい。お客様の前ですよ。
ごめんなさいね、うるさくって」
「あ、いえ、じゃあ、そろそろつぶやきに行きます。
たぶん、その後はお店が忙しくなると思うので、
このまま帰ります」
「あ、言ノ葉くん、待って。連絡先交換しよ。紡ちゃんも。」
な、なんですとっ!?
僕のスマホに初めて家族以外が!
「あっと、ど、どこを操作すればいいんだ?」
「ちょっと貸してね」
和歌さんは僕の手からスマホを持っていくと
操作をしているけど、何をしているのか分からないや。
あとで紡に教えて貰おう。
「はい。電話とトークアプリは登録しておいたから。
あとで絶対お礼を言いたくなると思ったから」
「あ、ありがとう」
「なんか変な会話だね。お礼を言いたくなるからって言って
お礼をいわれるなんて」
「い、言われてみればそうだね。
百言主さまにも言われてるんだけど、
僕は会話が下手らしくって、なんか噛み合わないって」
「それならこれから上手くなればいいんだよ。
あ、これじゃ下手だって言ってるのと同じだね。ごめん」
「いや、その通りだから。
そうだよね、これから上手くなればいいんだもんね。
和歌さん、やっぱりありがとうだよ」
「はいはい、ありがとう合戦はおしまい。
お兄ちゃんツイートしに行くんでしょ」
和歌さんとお父さんと一緒に、美調さんちを出てお店の前で別れる。
さてと、僕のやるべきことはこれからだぞ。
お店の入り口の上、庇の上には、なんて言ったらいいんだろ
大きな切り株を上からみたような形っていうのかな?
でこぼこした木製の看板が乗っている。
50年ここに乗ってたんだろうな。
「よし、場所は確認した。どこでつぶやこうかな」
あたりは参拝客がぼちぼち歩いているな。
どこからでも目立たないで済みそうだけど、
つぶやきが浮いたあと、どんな事になるかは見たい。
「あそこのコーヒー屋の席からにするか」
「いいね! お兄ちゃんのおごりだよね?」
「昨日から助けられてばかりだからな。僕が払うよ」
「よし! この冬の限定メニューが飲みたかったんだ。」
僕らは『ほっと屋』の斜向かいの、
参道にはあまりに合わないコーヒー屋の二階。
窓際の席に座った。
ここなら、他の客からは僕らの背中しか見えないし、
僕らは『ほっと屋』を見下ろせる。
「よし、やるぞっ」
あの甘酒の味を思い出して、お店の看板と同じくらいの大きさで、
行けっ!
ピロリン
『ここの甘酒はいつもおいしいなぁ』
「あまざけ ほっと屋」
看板の上には僕のつぶやいた言葉が浮いている。
よしっ!うまくいった!
これは我ながら、よくやったって言っていいだろう。
宣伝効果もきっとバッチリのはずだ。
「わぁ、あれは写真撮りたくなるねっ」
紡の評価も上々だ。
あ、そうだ。和歌さんに伝えよう。
和歌さん。つぶやき浮かべたよ。って。
喜んでくれるかな。
ポコン
あ、送っちゃった。
せっかくトークアプリの連絡先交換したのに、使わなかったなんて!