無能冒険者、スキルを確認する
スキル、それは個人個人に最適化された固有の魔術のことを指す。
この世界に流れている魔力は生きているだけで人間の体に溜まっていく。
溜まった魔力は体に馴染んでいき、その個体に一番最適だとされた固有魔法を刻み始めるのである。
中には、生まれつきスキルをもって生まれてくるものもいるらしいが、たいていの人間は十二歳から十五歳の間に発現する。魔力が体になじむにはそれだけの時間がかかるということである。
なので、子供のうちから一般的な魔法を練習するのはよくないとされている。
魔術を使うことを体に覚えさせて魔術に役立つスキルを狙う魔術師の家庭などでは違うみたいだが、魔力が体になじむのが遅くなるのが理由である。
俺は幼いころから動物を世話するのが好きだった。多分、その時にチャンバラごっこや冒険者にあこがれて修行なんてしていたら、また変わったのだろうが、俺がやっていたのは犬と戯れたり、牛を拾ってきたり馬の毛繕いをしたり、などなどだった。
そんなこんなで発現したのがスキル<畜産>である。
……冒険者になんてならなければ、普通に役に立つスキルなのは確かなんだけれどもな。
さて、前を歩くセーラの足取りは軽い。
しかし、家の間取りを知っていないために迷っていたのだが……。間違えたところに行きそうになるたびに呼び止めるが、そのたびに体の赤い部分が増える。
玄関の扉を開けるとそこには大きな狼の魔物とゴブリンたちが綺麗に整列して並んでいた。
「ゴ、ゴブリンまで!?」
「待っておりましたぞ、我が主様」
「……いきなりこんなに配下を生み出すなんて、わたくしの眼に狂いはなかったですわね」
やけに礼儀正しいゴブリンが一礼して見せた。
その仕草に、セーラは驚いていた。
俺は、頭があまりついていってなかった。
「我ら、ゴブリン部隊にレジェンドウルフは主様の剣となり盾となり精進しますゆえ」
そう言って胸に手を置くゴブリンたち、やけに堂々としたその姿に俺の頭は痛くなる。
そして狼の魔物も、犬のようにお座りをしながら舌を出してこちらを見つめていた。
「……これは俺のスキルのせいなんだよな?」
「えぇ、その通りですわ。こんなことができるのは、わたくしとの契約でスキルが変化したからです」
そんなセーラの返答に俺はため息をつく。
そして、頭が痛くなってきたついでに、俺はスキル<畜産>に集中してみた。
モンスター育成なんてものが追加されたおかげで、何が変わったのかをきちんと把握しておかないと……。
頭をそれだけに集中されると、最適化された形で何ができるのかが思い浮かんでくる。
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スキル<畜産> Lv,15
・ゴブリン召喚(5/5)
・家畜用・モンスター用飼料製作
・家畜・モンスター鑑定把握
・モンスター変換
・隷属化
・モンスター育成
-ここから先はレベルにより制限されている-
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ふむ、知らない技能ばっかりである。
飼料製作に関しては、モンスター用のものが追加されただけだろう。
ゴブリン召喚は、おそらく牧場ゴーレムが変化したものだ。
しかし、下の四つに関しては初めて見るものである。
一番最後に思い浮かんだものなど、わからないにもほどがある。普通のスキルでは、レベルによって制限されているなんて出ることはない。
スキルが変わることなんても普通はないから、これもセーラとの婚姻の影響なのだろう。
下の三つで何ができるのか、俺はそこに思考のスポットを狭める。
うん、なるほど。
モンスター変換は自分が持っている家畜や動物をモンスターに変えることができるらしい。
その結果、牧場犬として飼っていたポチ太が魔物化して大きく、凛々しくなってしまったのだろう。
隷属化は野生の魔物を仲間に加えることができるらしい。だが、試すのは少し難しそうだな……。魔物は沈静化して表に出てこないらしいし。
最後のモンスター育成は読んで字のごとくだった。
モンスターの育成にバフ効果がかかって普通に成長するよりも強く育つみたいだった。
ふむ、だいたいは理解できた。
俺はゴブリンたちに向かって手を向ける。
「モンス――――――」
「ちょっとウォレン何をしようとしているの!?」
「そうですぞ、主様!?」
逆転して元に戻すこともできそうだったのだが、なぜか止められてしまった。
俺の牧場ゴーレムを返してくれ……。
「魔物がいたら目立つだろう? 冒険者が攻めてくるかもしれない」
「確かにその考え方は一理ありますわね、できるだけ目立たずに行動したいわ」
「奥様!? 主様を止めてください!」
ゴブリンが流暢にしゃべっているだけですごい違和感だ。
「もう物言わぬゴーレムになど戻りたくありませぬ!」
真ん中の彼が言うと、周りのゴブリンたちも同じように頷いていた。
参ったな……。
「喋れるのはお前だけなのか?」
「そうですぞ、一応我がゴブリン部隊を率いるリーダーということになっております」
「そうか、じゃあお前さえ元に戻してしまえばもう意思疎通を取ることはできないわけだな」
「何でそう戻そうとするのですか!?」
「そうよ、ウォレン。彼らたちは貴方の初めての配下ですわよ。もっと大切に扱わなくてはいけませんわ」
「お前がそう言うならそうするしかないか、だが他の家畜をモンスターにはしないぞ?」
「なぜだめですの?」
「今の俺たちの生命線だからだ。 食料になり、金になる」
「そうですわね、では極楽鳥辺りはどうですか?」
「アイツは元々モンスター枠だろ……」
そう、極楽鳥は普通飼われたりしないのだ。本当は凶暴であり、ダンジョンの深い所に住んでいて滅多に姿を見せることはない。
ここで家畜化してしまった極楽鳥は、傷ついて倒れていたところを俺が助けた。つい、うっかり治療してしまったせいで懐いてしまったのだ。
凶暴とはいったい何だったのだろうか。
その件の鳥は名前を出した途端にどこからかやってきて、俺に体を擦り付ける。
なので、俺はお返しに撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
うん、どこから見てもモンスターじゃないな。大きい鳥だ。
「あまりに大人しいので勘違いしておりましたわ、ですが配下を増やすことは必要でしてよ?」
「それが望みならそうするさ。だけど、ここの家畜は生きるのに必要だからな」
「隷属」
俺がそう唱えると、極楽鳥を魔法陣が包む。彼は全く身動きせず、その光に抗うことはなかった。
こいつ、本当に野生を忘れていやがるな。
魔法陣が収束するとともに、俺の頭の中で声がした。
『極楽鳥を配下に加えました』
こんなに簡単に配下を増やせていいのだろうか。
隣をちらりと見るとセーラは満足げに頷いているので、間違いはないのだろう。
「……これが隷属化か、感じは掴めたな」
スキルの仕様確認は重要である。いざ実践の時や、初めて使った時に想像と違っていたら元も子もない。
新たに仲間に加わった極楽鳥を見て、ゴブリンたちは暖かな空気で迎える。
「歓迎いたしますぞ」
「わふっ」
そんな楽しそうにされたら、元に戻す気もなくなってくるな。
特に人間を襲ったりとかはなさそうだし、このまま様子を見てみるか。
「いいかお前ら、魔物になったとしてもこの牧場の雑務はこなしてもらうからな?」
「はっ、心を得ております、主様!」
「わふっ」
大きな狼が犬のように鳴くとそれは奇妙な光景である。
この状態に慣れなければならないのだろうな。
俺は隣で瞳を輝かせているセーラを横目にそう思うのだった。