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無能冒険者、結婚する


 セーラのそんなカミングアウトに俺は頭を抱えたくなってしまう。

「……魔王に娘がいたのか」

「わたくしは城から出たことありませんからね。攻略されるまでは知られていませんでしたわ」


 魔王の娘か。てっきり勇者に好かれてしまい、そして拒否して怒りを買ったから指名手配されたものだと思っていた。

 まるで見当違いじゃないか。


 セーラは俺のそんなぐるぐるとする頭の中など知らずに鈴のよう声で言葉を続ける。


「ですが、この度、勇者たちに見つかってしまったのです。だからおそらく、魔王の血族を絶やすために血眼で探すことでしょう」

「なるほどな、じゃあ出て行ってもらおうかな」

「見捨てるのが早すぎませんこと?」

「いや、魔王の娘なんて匿っても面倒しかないだろう」


 もし、怪我などしていたらしばらくの間なら面倒を見るつもりだったが、魔王の娘になると話が違ってくる。

 だけれども、彼女の方はそう考えていないらしい。


「だから追い出すのには遅いですわよと言っていたのに。じゃあなんでわたくしを助けたのですか?」

「なんでって、そりゃ女の子が襲われていたならな。助けるのは当たり前だろう?」

「……わたくしを助けたことを後悔いたしますか?」

「後悔? それこそなんでだよ」

「わたくしがまた魔王となって人を脅かすかもしれませんわよ」

「そんなことを聞く奴はするつもりがないだろ?」


 魔王の娘だと言っているが、どうにも悪いことをしそうには見えない。

 そもそも、悪いことをするつもりなら魔王の娘だと名乗らない。

 隠したまま俺に近づいて利用した方が簡単に事が運ぶからである。

 それに彼女が疑っていたようにギルドや勇者に突き出されてしまう可能性だってあるのだ。

 彼女は自身で知られていない存在だと言いながら、それを危惧していた。

 そのことすらも黙っていればよかったものを……。


 彼女は黙っていた俺を見つめて、ポツリと何かを呟く。


「……この人なら」


 その様子に頭をガシガシと掻いた。なぜか、放っておけなくなってしまうな。

 これがセーラの持つスキルのせいじゃないといいけれども。

 ため息をつき、俺は彼女に向き直る。


「別に魔王の娘だと知ってても俺は助けると思うぜ」

「え? ど、どうしてですの?」

「ン―、理由は特にないけどな。俺はお前なら助けるよ」


 その言葉を聞いて、彼女はふふっと笑いをこぼした。

 何かを考えているよりも、明るい表情のほうが、彼女には似合っている。


「お人よしにもほどがありますわね。そのついでにここでお世話になっても構いませんかしら?」

「それはダメだ。お前がいることでラビーニャに危害が及ぶ可能性がある」

「どこまでも妹思いですのね」

「今ではたった一人の家族だからな。だから、お前をここに置いておくわけにはいかないんだ。すまないな」


 守るためには切り捨てねばならない。だから俺はプライドを切り捨てた冒険者となった。何かを得るためには何かを差し出さなければならないことがこの世界では多い。

 妹を守るためであれば、俺は鬼にだってなって見せる。


 セーラについては不憫に思う気持ちもある。

 魔王の娘だからという理由だけで、命を狙われているのだから。

 見たところ、十五、六ぐらいの年齢だろう。ラビーニャとさして変わらない。

 そんな少女が背負うにはあまりにも残酷な運命だとさえ思う。


 だけれども、俺が守りたいのはセーラではない。家族である、ラビーニャなのだ。


 匿うことを拒否されたセーラは意外にも意気消沈していなかった。

 むしろ、ここからが私のターンだと言わんばかりに、ニタりと口角を吊り上げていた。

 


「確かにそれでは仕方ありませんわ。ですが、貴方の妹君の呪いを解いてあげられるとしたらどういたします?」

「ラビーニャの呪いを解く、だと?」

「えぇ。あの方は前から体が弱いのではなくて?」


 自信たっぷりに彼女は言って見せる。

 その根拠はいったいどこから出てくるのだろうか。それは俺にはわからない。

 ただ、セーラの赤い瞳は爛爛と輝いていた。


「なぜお前にそれがわかる」


「私にはスキル<鑑定>がありますの。先ほど扉越しに彼女を『診る』だけでもその呪いの正体がわかりましたわ。これは普通の人じゃ治せませんが、わたくしなら治すことができますわ」



 スキル<鑑定>。それは国宝級のレアスキルだ。十万人に一人が獲得することができると言われ、その持ち主は国お抱えの術師となることが約束されている。

 万物の正体を見抜くスキルだ。全知を得ると言っても過言ではない。

 

 あまりにもレアすぎるスキルだが、魔王の娘であることが本当だとすると不思議ではない。

 魔王は複数のスキルを会得し、魔族を従えたと言われていたからだ。


 だから、俺は彼女を試すことにした。

 彼女に俺のスキルはまだ伝えていない。

 そして俺が冒険者をやっていたという前提からは確実に俺のスキル<畜産>にはたどり着けない。

 ラビーニャの体が悪いことを見抜いたのは確かだが、もう一つ確証が欲しい。


「……俺のスキルはなんだ?」


 そう聞くと、彼女は静かに唱える。


「アナライズ!」


 彼女の赤目に青い魔法陣が浮かび上がる。その線はぐるぐると回り始め、俺を中心に捉える。

 先ほどの魔法陣と同じ色だ。あの時、彼女はスキルを発動していたのだろう。

 

 彼女はフッと微笑みを浮かべる。


「ウォレンのスキルは畜産ですわね。当たっていまして?」

「……当たりだ。治す条件は、匿うだけか?」


 彼女は首を振る。頭についているお団子がぷらぷらと左右に揺れる。

 

「始めはそのつもりでした。ですが、貴方の人柄とそのスキルを見て、もっと大切なことを頼みたいと考え直しましたわ」

「それはなんだ?」


 彼女の纏っている空気ががらりと変わる。

 セーラの眼差しが俺の胸を貫いているみたいだった。鑑定スキルは使われていないというのに見透かされている気がしていた。

 薄い赤の唇が開いて白い八重歯がちらりと姿を見せる。


「貴方の命を私に捧げること、それはいかがでしょう?」

「――つまり、死ねということか」

「私が貴方に死ねと言ったらそうなることになりますわね」

「どちらかと言えば主従契約か。ラビーニャを治すことも契約の中に入れるぞ?」

「えぇ、構いませんわ。治すのは決定事項ですからね。ただ、わたくしたちが結ぶのは主従契約ではありませんわ。私の命も、貴方に捧げますもの」


 

 彼女の言ったこと、それはつまり、等価交換のようなものだった。

 何かを得るためには何かを差し出さなければならない。

 彼女は妹の呪いを解くことだけじゃなく、自分の命も対価に差し出した。


 だが、俺にそんな価値があるとは信じられない。

 


「……何が目的なんだ」

「お父様が守っていた世界の平和ですわよ。それを目指すためにはわたくしたちの間には主従関係は不必要ですわ」


 そのまっすぐな赤い瞳から、俺は目を離せなかった。

 彼女を信じてみたくなってしまう。魔王の娘の持つカリスマ性、それに惹かれていたのだ。


「助け合い、それが私のモットーですの」


 セーラの言う魔王が守っていた平和、それは魔物たちが世を闊歩することを指すのだろう。つまり、勇者と敵対することになる。セーラの手となり足となり、人間の敵として魔物を統率することになるのだ。それがうまくいくか、いかないかはさておいての話だが。

 ただ、俺が彼女の言うことを飲めば、妹は助かる。それだけは事実だった。


「本当にラビーニャの呪いが解けるんだな? それとお前の助けをしたら合法的に金を稼げるのか?」

「それももちろん、魔王の血に誓いますわ」


 セーラがそう頷いて見せるので、俺も頷き返す。

 差し出した手に彼女の細い指が触れた。


「わかった、その条件を飲もう」

「契約成立ですわね」


 にっこりとほほ笑む彼女は悪魔か天使か、それはこれから次第である。

 もし、ラビーニャに危害が及ぶようなことがあれば、俺がそれを防げばいい。

 彼女の存在ごと、消すことになっても、俺にはその覚悟がある。



 彼女は俺の方向へと向き直り、小さく何かを唱えた。

 その瞳にまた魔法陣が浮かび始める。今度は薄いピンク色のものだった。

 契約魔法を施行するときの魔術反応である。


 魔法陣は次第に大きくなっていき、床に投影される。

 部屋いっぱいほどに広がり続け、ようやくそこで彼女はこう切り出した。


「では、わたくしが契約の内容を問いかけますので、嘘偽りない言葉で答えてくださいな」

「……治すのはその後か」

「魔王の娘を信用することはできませんか?」


 おそらく、この言葉も契約に含まれるのだろう。

 だから、俺は頷いて見せる。


「わかった、信じるよ」

「では、わたくしが契約の内容を言葉にしますので、嘘偽りない言葉でお答えください」


 彼女がまるで歌を謡うかのようにそう唱え始める。

 その声色に合わせて小さな稲光が、部屋に飛び交い始めた。

 風が吹き、彼女のスカートや、髪が煽られる。


 そんな中でも、彼女の声はクリアに、まるで脳内に直接語り掛けられるように聞こえていた。


「私たち――ウォーレン・タボロウ、セーラ・ジ・ギルゾーマ・セラニウムはお互いをパートナーとし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


 幻想的なその光景の中で彼女の口は動く。


「誓いますわ」

「……誓おう――え?」


――俺の口もつられて動いていた。

 動き、誓うと、言い終わってようやく、俺はこの契約のおかしなところに気づいたのだ。

 それまで彼女に見とれてしまっていた。これは失態である。


「宇宙万物の造り主である神よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした私たちの上に、満ちあふれる祝福を注いでください。二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。わたしたちの魔神、エウェルギウス・エウェクィルスによって 」

「おい、ちょっと待てこれって――」

 言い終わる前に、魔法陣は俺たちを包むように収束し、発散していく。

 そして、そのピンクの光は視界を覆い、眩ませたのだ。


 そして何十秒かしてからだった。

 目を開けたそこには、頬を赤らめて目を伏せているセーラがもじもじとしているのだった。

 その状況を飲み込むのと同じぐらいの時が経ち、


 <婚姻契約が結ばれました>

 <スキル:魔王の娘のバフ効果により、畜産にモンスター育成が追加されました>

 

 そんな声が、頭の響いたのだった。

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