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無能冒険者一行、買い物をする

 あれから一週間、俺たちは街へと出てきていた。

 日用品から服など、いろいろなものの買い出しである。


 そして、魔王討伐の一報から世間はどんな変化を迎えたのか、調査する目的もあった。


 フードを深くかぶったセーラが不安そうにキョロキョロと見まわす。

 街の大広場にはたくさんの人が行きかっており、非常に活気に満ちていた。


「ねぇウォレン、わたくし、バレてませんかしら……」

「バレてるなら街に入る時の検問で止められているだろ? もっと自信もって歩け。ちょっと挙動不審だぞ」


 びくびくしながら歩く姿は紛うことなき不審者である。

 周りからもなんだこいつみたいな目で見られている。このままだと自警団などに絡まれてしまうかもしれないし。


「そうですよ、私みたいにどこからどう見てもカップルみたいに歩かないと」

「ラビーニャ、お前はくっつきすぎだ」

「だって、夢にまで見た兄さんとのショッピングデートなんですもの」


 そう言って、ラビーニャは俺の腕に絡みついてくる。

 それはまるでポチ太や極楽鳥などと似たように匂いを擦り付けるような感じで、柔らかい部分が嫌というほど当たってまことによろしくない。

 しかし、俺よりも強い力で手を握られているために逃げることができないのだった。

 だから、ため息をつく。


「ラビーニャさんを見習わないといけませんわね」

「あんまり見習わないでほしいな……」


 セーラはこちらを向いて、フードの中の赤の瞳を輝かせた。

 彼女は一歩、こちらに向かって踏み出してくるのだ。


「えいっ」

「セーラっ!?」

「この女、どういうつもりです?」


 俺とラビーニャから驚きの声が漏れる。

 なぜなら、彼女の細い指が、俺の空いた片方の腕に触れているのだ。

 そして俺はだんだんと強くなり、ぎゅっと握られる。


「……その、ウォレンの隣なら安心できますので」

「こいつ、早くなんとかしませんと」


 ラビーニャの瞳から光が失われる。俺の掌にこめる力がとたんに強くなり、骨はきしみ始める。

 うん、普通に痛い。

 俺が微妙な顔をしているからか、セーラは手を放し、眉をひそめた。



「す、すみません!」


 だけれども、俺がそんな表情をしているのは痛みに耐えているからである。

 俺は離れてしまった彼女の手を慌てて掴む。


 ちょうどいい力加減で、セーラは白い指が俺の掌を掴み返す。


「いや、これでいいよ」

「ウォレン……」


 か細い声で俺の名前を呼ぶセーラ。その表情を見て、胸にこみあげるものを感じて、俺は彼女から目をそらす。

 照れくささで顔が熱い。


「兄さん、私のことを忘れないでくださいね?」

「あぁ、わかってるよ」


 痛みのせいで、忘れることはできないのだった。


 なんというか、余計に周りの目がきつくなった気がする。

 まぁ、それはセーラではなく俺に対してだからまだましか。


「さてと、とりあえず服を見に行くか」

「そうですね、ずっとラビーニャさんのを借りているのも悪いですし」

「えぇ、私の勝負下着をぜひ選んでください!」


 そんな言葉を聞き流し、俺達は街の真ん中へと向かうのだった。


***


 ラビーニャが秘密の買い物をすると行って駆け出し、俺とセーラはそれを待っていることになった。

 手に持った紙袋はずっしりと重く、結構な金額を使ったことを自覚させられる。

 今、あぶく銭のようなもので懐は寒くないのだが、それでも少し、気が重い。


 俺たちが今使っているお金は魔王城に貯蓄されていたものなのだ。


「それよりも、本当にあのお金、使っていいのか?」

「えぇ、構いませんわ。いつか、わたくしや人間が困ったときのために置いていたものですし」

「だったら寄付とか――――――」

「わたくし、そこまで人間できてませんことよ」


 セーラが悪戯っぽくほほ笑む。

 それと同時に俺の手の甲を指でトントンと叩くために心臓がどきりと高鳴ってしまう。


「ウォレンは、やさしいですのね」

「そうか? 割と欲に溢れているぞ」


「お金があったら働きたくないし、毎日ゴロゴロしたい」

「それはそうですわね。明日から一緒にゴロゴロしますか?」


 今、俺たちにはそれができる余裕がかろうじてある。

 だから、それがとても魅力的に聞こえてしまう。


「それもいいかもな。全部忘れてさ、牧場生活とかさ。そんなのもきっと悪くない」

「毎日ウォレンと働いて、わたくしが内職をして、ラビーニャさんが食事作って、和気あいあいと語りあって、たまに喧嘩して――――――」


 俺はクスリと笑って彼女の言葉を遮った。 


「セーラが内職? できるのか?」

「で、できますわよ! 時間さえ頂ければ」

「本当ですわよ、わたくしだって――――――」


 彼女は空を見つめていた。

 フードから除くその瞳は光を浴びて透き通るような赤を燃やす。

 俺はそれに見とれていた。


「でも、わたくしたちは……」

「そうだな、進むしかないもんな」


 魔王の力を奪った元幹部たち、そしてそれにかかわった勇者一行、どう考えても平和が乱されるにきまっている。


「きっとそんな生活を送ろうとしても今のままだと邪魔が入りますわね」

「あぁ、だから俺は俺たちのために頑張るよ。みんなで平穏な日々を送るためにさ」

「えぇ、頑張りましょう」


 俺たちは強く、手で握りあう。

 そして、セーラは少しだけこちらへ体を預けてきた。

 重くもない、むしろ軽いその感触は心地のいいモノであった。


 しかし、それはラビーニャが戻ってきたことによって終わりを告げた。


「……兄さん、また目を離したすきにイチャイチャとして。私という妹がいながら」

「えぇ、別にイチャイチャはしておりませんわよ」

「私がいちゃいちゃと思えばいちゃいちゃなんですよ!」

「おい! 引っ張るな!」

「あ、置いていかないでくださいまし!」


 ラビーニャに手を引かれて、俺たちはまた雑踏の中へと連れ出される。


「ギルドに行くんですよね、兄さん?」

「そうだけど、もう買い物はいいのか?」

「えぇ、兄さんのための衣装も買いましたのでね」

「ラビーニャさん、まさかさっきの……」


 そんな時だった。

 いやに耳に残る声が俺の鼓膜を震わせたのだった。


 低い、男の声だった。


「――――――へぇ、まだこんなところにいたんだ」


 咄嗟に振り返り、俺はその声の主を探す。

 だけれども人通りの多い大通りでそれができるわけもなく。結局、誰が言ったものなのかわからなかった。

 

「何か聞こえなかったか?」

「わたくしも何も言っておりませんが」

「ついに兄さんに私の気持ちが届いたのですね!」

「それはないから安心しろ」



 気を取り直して、俺たちはギルドへと向かうのであった。

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