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ようやく、戦いが終わる


「なぜだ、なぜ私が」


 アラブットの体は切り刻まれていく。

 肉体が塵と化し、吹き込む風によって霧散していく。


 その表情は苦悶に満ちていた。


「さて、最後に聞かせてもらおうか、誰が魔王殺害に関わっていた? 誰の差し金だ?」


 尋ねてもアラブットからは嗚咽の声しか聞こえなかった。


「くそっ! くそっ! こんなはずでは! 魔王の心臓さえあれば!」


 彼が信じていたものは、すでに彼に味方しない。

 影の能力ももはや機能していない。


 『剣鬼』スキルによって断たれたのは体に流れる魔力の流れだ。

 どんなスキルをその体に擁していても魔力が流れなければ発動することはない。

 そうなってしまえば、肉体を動かす以外、この窮地を脱することはできない。


 しかし、アラブットの命は風前の灯である。

 体の全てが塵となる寸前である。


「諦めろ、お前は俺たちに負けたんだ」

「そうですよ、観念して全てを教えなさい」


 俺たち兄妹の剣がアラブットに向けられる。

 だけれども、アラブットは笑い始めるのだ。


「はははッ! くははははははッ!」

「何がおかしい!」


 狂ったように笑い続けるアラブットの眼には暗闇が宿っていた。


「終わりだ、すべて終わりだ。私はここまでだったのだ」


 残っていた体も崩れていく。彼の頼りにしていた心臓でさえ、何の感慨もなく、容赦もなく、音もたてずに崩れる。


「負けた、だが改心してお前たちに何か教えるとでも思っていたか? お前たちに益のあるように動くと思っていたか? そんなことをするくらいならば、こんなことにはなりはしなかったさ」


 なくなっていく血と肉。もはや首から下など残っていない。


「それでも、私は夢を見るのだ。夢を見たかったのだ。 私が上に――――――」


 顎が砕け、動いていた口もなくなる。

 瞳だけが、俺たちを捉えていた。


 その黄金色をした目には最後、涙が浮かんでいた。


 しかし、それは流れることはなく、地面に落ちることもなく、風にさらわれていく。


 塵となって消えていく。



 結局、最後までアラブットは俺たちの敵であり続けた。

 魔王になるという夢をずっと見続けていた。


 その姿勢は、俺と被るものが、もしかしたらあるのかもしれない。

 


「……逝ったか」

「ですね、兄さん」


 剣を鞘に収める音だけが玉座に響く。


 手にした勝利には達成感などは存在しない。




 虚しさ、それだけが胸の中にあふれていた。


「ウォレン!」


 後ろから、セーラが俺に飛びつく。

 両手で俺のことを抱きしめ、背中に顔をうずめていた。


「セーラ、仇は討ったぞ」

「えぇ! です、そんなこと、本当はどうでもいいのですわ」

「どういうことだ?」

「ウォレンも死んでしまうのではないかと、わたくし……」


 セーラは泣いていた。

 きっと、父が殺されたときの光景と俺が戦っている姿がダブって見えたのだろう。

 それも仕方ない。

 始めは防戦、苦戦一方だったのだ。


「勝ったよ、生き延びた」


 彼女の手に俺の手を重ねる。

 震えたその掌を、ギュッと握る。


「兄さん、私も抱き着いていいですか?」

「いつもなら問答無用で抱き着きに来ているだろ?」

「それもそうですね、では――」


 ラビーニャが前から、セーラごと俺を抱きしめる。

 その温かさに触れて、俺は彼女を失わなくてよかったと、本当にそう思うのだ。


「傷は、もうないみたいだな」

「えぇ、兄さんのおかげです」


 魔物化の技能で肉体を再構築させていなければきっと彼女はここにいなかった。

 そして俺たちがアラブットに勝てることもなかった。

 ラビーニャは俺のおかげだと言うが、本当に助けられていたのは俺の方だと思う。


 そして、ここまで付いてきてくれた魔物たち。

 配下となってまで助けてくれたエリザベス。

 俺に力を与えてくれたセーラ。


 俺はたくさんの人に助けられている。

 そのことを考えると、こう言わずにはいられない。


「ありがとう、みんなのおかげだよ。本当にありがとうな」


 二人の少女の温かさは、疲れた心をいやしてくれる。みんな無事でよかったと、心の底から感じたのだった。

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