妹、全てを断ち切る
竜王の息吹を正面から喰らったアラブットは、その体の半分をすでに失っていた。
右肩から下半身にかけて、ぽっかりと空いたその穴は血をドバドバと落とす。
「はぁはぁ、人間どもが……、ここまで手傷を負わされるとは」
「まだ生きているとはな、だが、次で終わらせる」
俺は魔力を体内で練り上げる。
そして次に使う最適な技能を脳内で検索し始める。
しかし、それを止めるような状況がすぐに訪れた。
「ふふふっ、付けあがれるのも今のうちだ」
「何がおかしい?」
すでに相手に致命傷は与えた。しかし、アラブットはにたりと口角を上げて見せる。
その余裕はいったいどこから来ているのだろうか。
俺は、警戒心を高める。
後ろにいるセーラやラビーニャもまた、その眼光を鋭くする。
アラブットの下に落ちる影が、少し濃くなっていた気がした。
「私には、魔王の心臓がある」
「魔王の心臓だと?」
奴の胸の部分が赤く光り始める。
それに誘われるように影は蠢き、うねり始める。
「同族食いじゃよ、ウォレン」
竜の技で空いた穴からひょっこりと顔を見せたエリザベスがそう解説をくれる。
人間の姿になった彼女の手には戦っていた相手、ドラゴンの尻尾が握られており、ここまで引きづって来たらしかった。
「さすがは我らが竜種の技能じゃな、ほれぼれする威力じゃったぞ」
「あぁ、力を借りさせてもらったぞ」
「構わん、それが配下になることじゃからの」
エリザベスは、竜の尻尾を外に置き、一足で飛んで俺の隣へと降り立った。
その青髪に頬は血で薄く汚れていたが、傷らしき傷は見当たらない。
快勝、だったらしい。
「時間を与えすぎましたね、ここからが、第二ラウンドです」
アラブットの体を影が覆っていく。
それは欠損部分を埋めるように、傷をいやすように――――――
そして、瞬きをする程度の短い時間で奴は五体満足の姿に戻った。
もちろん、無くなった体が戻っているわけではない。影が補っているのだ。
それは、先ほどまでの竜や大きな魔物に代わるわけではなかった。
人間に近い姿で、それでも異質さを残しながら、俺たちに対峙していた。
「さて、借りを返す時間ですよ」
アラブットが足に力を入れると、こちらへと距離を一気に詰める。
その腕は刀のように鋭く尖り、そして俺の首へと真っすぐに伸びる。
それと同時に、後ろで彼女が動くのを感じる。俺がやっても止められるが、この一撃は彼女に任せても問題ないだろう。スッと位置を入れ替わる。
次の瞬間、ラビーニャが剣でその腕を受け止めていた。
「借りを返すのは私の番ですわ!」
「ラビーニャ、いけるのか?」
「任せてください、兄さん。 兄さんからもらった二度目のチャンス、今度はきちんと果たして見せます」
ラビーニャが牙の生えた口でニコリと笑う。
そして、アラブットへと向き返り、その体を吹き飛ばした。
「また殺されにやってきましたか、このアラブットもまた先ほどまでと違うッ!」
「私も、先ほどまで違うっ! 兄さんから、セーラさんから、私は今託されている!」
剣と腕の激しい打ち合いが目の前では繰り広げられていた。
気を抜くと置いて行かれそうなほど早いその押収。ラビーニャは剣に炎を灯していたが、アラブットの体に傷をつけることはできていない。
「心臓の力をすべて解放したのじゃな」
「お父様の力が奪われているのは本当でしたのね」
「だが、ラビーニャも俺とセーラの力が足されている」
魔物化によって鬼人となった俺たちは人間の時から比べてはるかに高い身体能力を得ている。そして、強化されているスキル。それをもってしてもアラブットに並んだだけに過ぎないというのか。
俺が剣に手をかけると、エリザベスとセーラから止められる。
「信じてください、ラビーニャさんは勝ちますわ」
「そうじゃの、おそらく彼女はまだ底を見せていない。 スキルを継承しているお前ならわかるじゃろう?」
それでも、助けに入りたいと思うのは兄としての性だろうか。
いや、そもそもさっきもそれで失敗して妹を危険にさらしたのだ。
俺は制止を振り払って、剣を抜く。
しかし、そんな心配をよそにしてラビーニャは剣を振りぬくのだ。
それはアラブットの腕を切り落とす。
「その硬度まで慣れるのが少し時間がかかりましたね」
「ふはは、一本や二本、くれてやりますよ。 今の私には肉体など関係ない」
にたりと笑みを浮かべる彼の体は、すぐさまに影に覆われる。
なくなったはずの腕は黒い肉体によってすぐに補われてしまうのだ。
「あの心臓をどうにかしないとアラブットを殺すことはできないぞ」
エリザベスのかけた声に、ラビーニャは頷く。
「えぇ、私ももう気づいております。 だから――――――」
剣を鞘に納める。
彼女の十八番の抜刀術だ。
アラブットの攻撃を避けながら、ラビーニャは挑戦的な笑みを浮かべる。
「つながりごと断ちます」
「そのようなことさせると思うかッ!?」
アラブットが腕を振り上げる。
それでも、その攻撃は届かない。
ラビーニャから放たれた銀の軌跡がそれをすでに落としているからだった。
「――――――絶技、『彼岸花』」
鋭い閃光が、何重にもアラブットの体を切り裂いた。
それは影の体をえぐり、削ぎ落していく。
一瞬の動きだった。
空気が震え、悲鳴や声を出せないほどの時間だった。
――――――チン、という音が立って剣が鞘に収まる。
ほとんどのものは何が起こったのかもわからないだろう。
だけれども、俺には分かっていた。
アラブットと心臓のつながりごと、魔力的な契約や誓約、加護、いろいろなモノを含めて、全て切り捨てたのだ。
だから、アラブットにはもはや何も残っていない。
魔王の心臓の力も、体を覆う影も――――――
――――――その、命までも。
ここまで読んでいただきまことにありがとうございます。
ようやくアラブットを撃破しました。
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