その兄妹、蹂躪する
035 その兄妹、蹂躪する
俺たちの体は光に包まれる。体に何か別のものが流れこんでくる感覚、力が血流にのって隅々まで行きわたる感覚。全能感であった。
今なら何でもで来てしまいそうなほどに力がみなぎるのを感じた。
額には角が生え、片目は黒く染まる。犬歯が伸びて牙となり、爪は長く、分厚くなる。
脳内で声が響く。
――――――技能<スキル継承>、<スキル強化>、<スキル融合>が解禁されました。
すると、情報が頭に流れ込んできた。
配下の魔物達のスキルがすべて、俺の力として流れこんでくるのだ。
そして、それは強化され、融合することで新たな可能性を見せる。
これが魔王の力の片鱗か……。
俺はアラブットに向かって、剣を構えた。
そして、もう一人、血だまりの中からむくりと立ち上がる。
それは俺と同じように魔物となったラビーニャである。
受けた傷は魔物化の時に消え、五体満足の状態のままにこりと笑う。
二つの剣がアラブットの姿を捉えていた。
アラブットは目を丸くし、初めて焦りの表情を見せる。
「『魔物化』、だと? そんなスキル技能が存在していたとは……」
「そうだ、人間に使うのは初めてだったが、どうやらうまくいったみたいだ」
「今までの私たちとは思わないでください、この力は先ほどとは別次元です」
ラビーニャが口元をゆがめる。
彼女の持つ<剣聖>スキルは魔物化の際に<剣鬼>スキルに変化した。身体能力もまた大幅に向上している。
そしてなにより、一度死を経験したものは経験してないものよりも強い。まぁ、これは持論であるが……。
「おもしろい、このアラブットに敵う力があるのか、とくと見てやろうではないか」
アラブットは影の兵隊をすべて引っ込めて、自身の元へと集結させる。その大きさは竜以上であり、地面がすっぽりと影に覆われるほどだった。
しかし、それが一斉に俺たちを襲うことはない。なぜなら、影は彼の体を守るためにその足に、手にまとわりつき始める。皮膚を覆いつくし、それは牧場に現れた奴の分身を同じ姿をかたどる。
あの時と違うのは中身が入っている、ということか。
アラブットが手を振るうと、そこから伸びた影が鋭い形をもって俺たちに襲い掛かる。
一本、二本、三本――――――
数え切れないほどの無数の影が放たれた。
しかし、それは俺たちの眼には止まって見える速度である。
「遅いッ!」
「ぬるいですっ!」
二つの銀の軌跡が影を切り捨てる。
今の俺はラビーニャと同じスキル<剣鬼>を使うことができる。
そのために彼女と同じことを行うのは容易い。
「「裏・伍式、陽炎」」
ラビーニャと同じタイミングで技能を呟く。それは剣に炎を灯らせて、光を生み出した。
地面を蹴ると、いつもよりも短い時間でアラブットの元へとたどり着く。その速度に奴は反応することができない。
そのまま俺たちは両の腕へと剣を振るう。
影はいとも容易く切り裂かれ、元の影へと還っていく。
「ぐ、ぐはぁッ!」
「これを続けていけば、お前の本体へとたどり着けそうだな」
アラブットの影の体から血は出ない。生身までは傷は達してないのだ。当たり前である。
しかし、痛みは感じるようで、アラブットの顔は苦痛の色に歪んでいた。
「舐めたマネを……!」
また何本もの影が俺たちを襲い掛かる。
ラビーニャはその隙間を縫い、華麗に避けていった。
そして俺は避けるほどもないと思い、それを一本一本、乱雑に切り伏せていった。
一瞬だけであるが、俺とラビーニャがそれに気を取られている間、アラブットは俺たちから距離を取っていた。だが、まだ一秒で刃を届かせられる距離である。
すぐさまに切りに行ってもよかったが、少し様子を見る。
奴が体にまとった影が、うごめいていたのだ。
それは変化であり、変質である。
先ほどまでの姿はすでに消え去り、大きな黒々とした竜の姿へと変わっていたのだった。
「我は影の魔王、アラブット。どんな姿にでも変容できる。最強種の姿となったこの力、喰らうがいいわッ!」
大きな口が上下に開き、その喉奥から黒い影があふれ始める。
かなりの魔力を擁したそれは、おそらくこの玉座すべてを壊滅させるほどだろう。
だから、俺はそれに向かって掌を真っすぐと向ける。
「『黒き影の波動』ッ!」
「ラビーニャ、みんなと一緒に俺の後ろにいろ」
「わかりましたわ、兄さん」
今の俺は、配下のスキルをすべて扱うことができる。
それはどんな魔物で例外はない。いつ配下になったなども関係ない。俺の配下となった時点で、そのスキルはすべて俺に継承されるのだ。
アラブットが最強種の竜の姿と放ったスキル。
それは確かに強力だった。
だけれども、うちにも最強種が存在するのだ。
「竜の力、使わせてもらうぞ、エリザベス」
魔力は俺の体の中で膨れ上がり、そして掌を起点とし、アラブットのブレスに向かって放出れた。
「『竜王の息吹』」
一筋の光の線であった。
それは、奴の放ったものよりも細く、心ともなく見えた。
しかしそれでも、黒々とした影の塊は、一気に薙ぎ払われる。
光がとおったところからかき消されていく。
竜の力は圧倒的であった。
偽物との格を見せつけるように、アラブットの影をものともしなかった。
俺が放った一筋の光は、影の飲み込み、形どられた竜の姿を溶かし、アラブット本体を露出させる。
「まさかっ! こんなことがっ!」
アラブットが目を驚愕に染めて叫ぶ。
もう、彼を守る影は存在していない。
「俺の、俺たちの怒りをぞんぶんに喰らえ! アラブットッ!」
光が、奴の体の半身を飲み込んだ。
アラブットの絶叫だけが、玉座には響き渡った。




