無能冒険者、望む
ラビーニャが死んだ。
切り裂かれてあっけなく死んだ。
人間の内側というものは真っ赤に染まっていた。
憎い敵は俺たちを見て、ゲラゲラと笑っていた。
俺はただ――――――
立ち尽くしていた。
***
確かあれは、雪の降る日だったと思う。
父と母が盗賊に襲われて死んだ。両親は行商人を営んでいて、街から街へと、家族そろって移動する生活をしていた。当時、ラビーニャは幼く、いつも俺の後をついて回っていた。天真爛漫で元気盛りの彼女は家族の中心だった。
俺とラビーニャがじゃれあって、遊んで、それを見て母が起こって、父が笑う。
覚えている限り、一番幸せな記憶だ。
だけれども、幸せというものはいつも長く続かない。
ちょうど魔王城から一番離れている街から、一番近くの街までの長い行商の途中だった。
山を越えれば、もうすぐ街だというところであった。
奴らが現れたのだ。盗賊である。
武装をした男たちに囲まれた俺たち家族は抵抗手段を持っているわけがなく、なすすべもなく全てを奪われた。
父は剣で串刺しにされ、鮮血を胸から噴き出していた。
逃げることはないようにと、移動手段の馬はすぐに手綱を離されて森の中へと蹴りだされる。
母は俺たちをかばって死んだ。
子供は奴隷になるからラビーニャと俺を捕まえようとしていたのだ。
その手から逃がすために母は囮になり、男たち相手に暴れた。そして死んだ。
幼い俺はその一瞬の空白を縫って走り出した。さらに幼いラビーニャは泣きながら俺に手を引かれていた。
行商に危険はつきものである。それを両親も理解していた。だからこそ、盗賊や魔物が出るときのため、護衛の冒険者を雇っていたのだが、彼らがそもそもの原因であったのだ。
盗賊と通じていた彼らは俺たちを連れ出し、襲わせ、その分け前にありつくのだ。
怒号が、後ろから追ってきていた。
深い森の中、俺たちは二人泣きながら走っていた。振り返らずに必死に走っていた。
走らなければ死ぬということを子供ながらに理解していた。
それでも、子供が大人から逃げられるわけもなく、すぐに捕まってしまう。
頭から地面に抑えつけられ、首元には冷たくて鋭い鉄の塊が当てられる。
ラビーニャは泣き止むことはなく、その声だけが、森の中で響いていた。
これで俺の人生は終わるのだと、俺は思った。
絶対絶命の脱出不可。殺されて終わるか、奴隷としてこき使われて死ぬか、その二つが現実としてそこに横たわっていた。
だけれども、その現実はすぐに食い散らかされるのだ。
もっと容赦のない暴力に、かき消されてしまうのだ。
俺たちは逃げているうちに森の深いところに入り込んでいた。
そこは盗賊たちでさえも寄り付かない、高ランクの魔物達の住処であった。
俺を抑えつけていた男の上半身がぱっくりと消える。
慌てて俺が上を向くと、そこにはグリフォンの群れがその瞳を輝かせながら旋回していたのだ。
けたたましい鳴き声と羽音が空から降り注ぐ。
盗賊たちは顔の色を変えて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ラビーニャと俺はそんな中取り残された。
それでも、喰われることはなかった。
思えば、不必要に人間を襲わないという魔王による取り決めがあったからかもしれない。
グリフォンたちは盗賊たちを追いかけて、端から端へとついばんでいった。
ラビーニャは放心していた。
俺もまた、座り込んで泣いてしまいたかった。おそらく、一人ならそうしていたことだろう。
だけれども、俺には妹がいた。
唯一となってしまった肉親がいた。
俺は彼女を守らなければならなかったのだ。
また必死に走った。
林道を街の方向へと、手を引いて走った。
ラビーニャが疲れたときには、背負って歩いた。
そうやって命からがら、俺たちは生き延びたのである。
それからは孤児院へと引き取られ、そして俺は成人し、スキルを生かすために牧場を経営することになる。
毎日動物たちの世話をして汗をかく、そしてラビーニャの作ったご飯を食べる。
それもまた幸せであった。
だけれども、やっぱり長く続かないのだ。
ラビーニャが勇者パーティーの神官と会い、呪いのような加護を与えられたのだ。
それは彼女の体を蝕み、俺はそれを治療するために冒険者となった。
それからは――――セーラと出会い、ラビーニャの加護を解いてもらい、そしてまた幸せと呼べる生活があった。
魔物たちとふれあい、皆で修行したり牧場で作業する。
時には失敗したりもする。
その光景は、幼き頃あった父と母がいたときと似ていた。そんな気がする。
それはきっと、誰一人として欠けることが許されないもので、失ってしまったならば戻ってこないのだ。
だけれども、ラビーニャは死んだ。
俺の思い違いで、先陣を切った彼女が死んだ。
あっけなく、簡単に死んだ。
弱い者は奪われ続ける。
これはこの世の絶対真理である。
だからこそ、俺はこの真理を毛嫌いする。
ずっと、奪われ続けてきた俺だからこそ、毛嫌いする。
だから、嫌いたいからこそ、否定したいからこそ、俺は今、力を望んでいた。
もう誰かから大切なものを奪われないほどの力を望んでいた。
脳内で声がする。
――――――技能、<魔物化>を使用しますか?
答えはイエスである。
それを使うことによって奪われないならば、彼女が助かるなら、選ばないわけにはいかない。
血の海へとへたり込んだ俺を、アラブットはのぞき込んで笑う。
「だから言ったでしょう、ちんけな魔物を引き連れて思いあがっているって」
俺の眼に魔法陣が浮かぶ。
そして、アラブットを強く睨みつけた。
「俺の大切な仲間であり、家族なんだ。だから、それを馬鹿にするやつは許せない」
魔法陣は回転し、そして光始める。それに気づいたアラブットは、即座に距離を取り、離れる。
「なんだそれはッ!」
「許せないんだよ! アラブットッ!」
何をすればいいかは、スキルが教えてくれる。
俺はラビーニャの体に触れて、そして自分の左胸に手を置いて、叫んだ。
「――――――鳴動せよ! 『魔物化』ッ!」




