無能冒険者、竜を配下にする
こうして、レズバにエリザベスが抱き着いている図が完成したのだった。なお、エリザベスにはラビーニャの服を着てもらうことにした。胸元がすごく緩いことになったのだが、仕方ないことである。体格差もスタイルの差もある二人なのだ。セーラの服でも着てもらえば――――いや、今度はセーラが全裸になってしまう。彼女もまた、ラビーニャの服を借りたりして洗濯の間を賄っているのだ。
人間勢の服事情は解決しないといけない案件だな。
しかし、その問題よりももっと重要な問題がある。
そこで、俺はエリザベスにこう尋ねた
「アラブットを倒しに行こうと思うのだが」
「ふむ、そうじゃの。じゃがやつらも手ごわいぞ」
「わかっているさ、それでも」
俺が言葉をつづける前に、後ろの二人が声を上げる。
「わたくしが――――――」
「私が」
「「います」わ!」
意気揚々と挙げられたその声に俺は頷く。大変心強いことこの上ない。
「そうだな、それに無策で挑もうとも思わないさ」
「レズバもいるし!」
「自分、不器用ですので」
遅れたように声を上げる彼らを加えて、俺たちはエリザベスの黄色の瞳を見つめる。その竜の名残を残した縦長はこちらを見まわし、そして瞼の中へと隠れる。
とんがった耳がぴょこぴょこと動き、そして首が上下に揺れた。
「なるほどじゃの、確かにウォレン達は強い。それはわらわも認める。じゃが、あちらには竜種十二月が味方についておるのじゃ」
「なに?」
「アラブット一人だけならわらわだけでもなんとかなる。じゃがの他の竜が味方に付いているとなれば話は別じゃ」
ここにきての新たな事実に俺たちの間に電撃が走った。
そしてこう漏らさずにはいられない。
「……厳しい戦いになるか」
「いや、そういうことじゃないぞ。戦力を補う術は既に考えてあるのでな」
「そ、それはどういったものですの?」
エリザベスも又考えているようだった。俺たちに足りないものがなにか、外部からの者には見えているのだ。
彼女の一挙一動即にセーラはじっと食い入る。
エリザベスは唇を吊り上げて、とがった牙を見せる。
「少し悩んでいたのじゃが、レズバを見て即決したぞ。ウォレン、わらわを配下に加えるのじゃ」
「……それは」
「兄さんの周りにまた女の子が……」
「安心するがよい、わらわはウォレンのことを狙ってはおらぬ」
その瞳が映すのは、下半身が蜘蛛の女の子、レズバであった。
何がそんなに彼女の心を惹きつけるのか、それは定かではない。しかしそのわけのわからない執着でもレズバの表情を青くさせる。
「ひっ」
小さく叫んで俺の後ろへと彼女は隠れるが、大きなものを釣れる餌を使わない手はない。
食べられるわけでもないしな。
「竜種十二月が仲間になってくれるのはうれしいことだが」
「なんじゃ、不満があるのか?」
「この牧場で働いてもらうことになるがそれでもいいか?」
瞬間、エリザベスは目を見開き、口をあんぐりとさせる。
そして身じろぎしてこちらを仰ぎ見た。
「わ、わらわに労働だと!?」
「私もレズバもみんな働いているのです。兄さんが決めたルールですよ」
「わ、わたくしも働いてはおりますよっ!」
セーラもあわてて手を上げるが、それをラビーニャは白い目で見ていた。
「見栄を張らなくても……」
「み、見栄ではありませんわ!?」
俺は手をたたき、話を元に戻す。
エリザベスは信じられないものをみるような目つきをしていた。
それでも例外を作るのはあまり行いたくない。
「まぁ、とにかくだ。何かできることを探して働いてもらうことになると思う」
「仕方がないのぉ。わらわもまたアラブットに狙われるのは面倒なのでな、かたをつけたいのじゃ。だから、承諾しよう」
「わかった。じゃあ契約をするぞ」
俺は手を彼女に向けて差し出し、技能を頭の中で呼び出す。
「隷属」
俺がそう唱えると、エリザベスを魔法陣が包む。彼女は全く身動きせず、その光に抗うことはなかった。
隷属の技能を使った時に反抗されたことがないのは運がいいことなのか、悪いことなのか。
そろそろこの辺り以外の魔物も隷属して配下を増やしていくべきかもしれない。
アラブットの例もある。武力は持てるだけ持っておいた方がいいだろう
「これが隷属の感覚か。久々だが、悪くはないの」
「それはよかった。それ相談だが、いつ頃攻めに行くのがいいと思う?」
「そうじゃの、準備ができ次第、すぐがいいだろう」
やはり早いにこしたことはないか。
それよりも一つ重要なことを聞きそびれていた。
その答えによって準備の量が変わってくる。
「準備か……。アラブットの潜伏しているところ、どこなんだ?」
「それは、すぐそこじゃよ。魔王城じゃ」
「……許せませんわね」
セーラがふるふると震える。
彼女の家といってもいいところが支配されているのだ。俺だってこの牧場が勇者パーティーに占領されていたら顔を真っ赤にして殴り込むだろう。
勝てるかどうかは、別としてだが。
しかし、魔王城だとすれば、そんなに遠い場所ではない。
駆け足で抜ければ、二日三日で着くだろう。
「わかった、出発は三日後。怪我している奴は極楽鳥に頼んで治してもらえ。他のやつも英気を養ってくれ」
「兄さん、食料やらは……」
「貯めていたぶん、ここで使うぞ。今が使い時だ」
いつ俺が死んでも大丈夫なように、冒険者の時から備蓄はしっかりとしてきた。
聖水だって二か月分は持つように貯めてあるぐらいだ。
だけれども、その必要がなくなった以上、ここで使わない手はない。
そして、各自解散の命を触れると、そっと肩に手が置かれた。
その主はルビーの瞳を濡らして、俺を見つめていた。
「ウォレン、あとでわたくしの部屋に来てくれませんか?」
セーラの頬はうっすらと上気し、ふるふると震えていた。
その緊張しているような表情に、俺の心臓はどきりと跳ねる。返す言葉も震えないように絞り出すのが必死である。
「あぁ、いいが、何か話でもあるのか?」
「そ、それはその時に話しますわ」
その言葉を残し、彼女はふらりとこの場を後にする。後姿を見送りながら、胸をなでおろしていると、耳元で鈴のような声がささやかれる。
落ち着いてきた心臓がまた跳ねる。不整脈にでもさせようとしているのか。
慌てて、飛びだし、後ろを振り返ると、じっとりとした視線をこちらに向けているラビーニャの姿があった。
「兄さん、行ってはなりません。 私の部屋に来るべきです」
「……何か話があるのか?」
「いえ、ないですけど。兄さんを呼ぶのに理由がいりますか?」
彼女が間髪入れずにそんなことを言うので、俺は配下の二人を呼び出した。
「理由はなるべくほしいけどな。レズバ、サムト、ラビーニャが俺を妨害したらそれを止めてくれ」
「レズバはまずこの状況を抜け出さないと……」
「わらわの遊び相手になってもらわないといけないのでね」
「自分、不器用なもので……」
レズバは見ての通り、エリザベスに手取り足取りとられて人形のようなに遊ばれている。
サムトもまた、目を閉じ壁にもたれかかっているのでよくわからない。
俺はため息をつくしかなかった。
「役に立たねぇ」
「兄さんの身を案じて、私は言っているのですよ」
「身を案じるって言ってもなぁ。セーラの身も案じてやれ」
「それは私の範囲外です」
そういった彼女の微笑みは、俺の肩を重くするのだった。




