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無能冒険者、妹の機嫌を取る

 彼女を家に運ぶと、血の臭いと新しい人間に釣られて家畜たちが寄ってくる。

 俺のスキルは家畜を育てるのに向いている『畜産』だった。

 このスキルじゃ冒険者の仲間もできないよなぁ、そう苦笑を漏らす。


「お前らの相手は明日してやるから、今日は解散だ解散」


 空いた右手をひらひらさせると、彼らは散り散りに去っていく。

 しかし、その中で一匹、役に立つ奴がいたので、そいつだけついてこさせることにした。

 

 少女をベッドに寝かして、俺は隣室をノックした。

 さて、傷の手当と、汚れた服を変えてやらなくてはならない。俺がやってもいいことだが、少々デリカシーに欠ける気もしたので、適任者に任せたいところである。

 俺がノックしたのは妹の寝室であった。そこから少し間延びした声が返ってくる。どうやら、少し寝ていたらしかった。

 

***



 十分後、彼女は客間から出てきた。

 大きな瞳を輝かせながら、どこか興奮しているようだった。

 肩で切りそろえられた栗色の髪は少しだけ血に汚れ、ランプの光に反射して赤く光っていた。


「悪いな、寝てたところ起こしてしまって」

「そんなことないです、兄さんの役に立てて私もうれしいです」

 

 彼女はラビーニャ、俺の眼に入れても痛くない妹である。そして、俺が冒険者をしている理由である。


ラビーニャは五年ほど前から体が弱くなった。虚弱になり、視力は落ち、食器を持つことさえままならない状態になったのだ。


 始めは流行り病だろうと思い、医者を呼んだ。薬屋から高いポーションを買った。どちらも効きはすれど、治りはしなかった。

 次に俺は呪いを疑った。何分、外見はとてもかわいらしい女の子なのだ。同性から恨みを買うこともあるだろう。だから呪術師を呼んだ。教会の神官を呼んだ。それも完全には治せはしなかった。


 あらゆるつてを使い、魔術師から医者、神官、様々な識者を呼んだが、ラビーニャの体が弱る原因は結局わからずじまいだった。だけれども、対処法だけは明らかだった。

 それは、少しでも効いたものを続けることである。


 だから、俺はギルドで高ランクの依頼を受けることができなくなった。

 元々、ソロの冒険者なのだ。一人で戦うことは自殺行為に等しい。

 魔物の討伐依頼は死と隣り合わせだ。俺が死ぬと、妹が一人取り残される。

 そうなると、十中八九の確率でひどいことになることがわかっていた。


 そのため、俺はFランク依頼である薬草納品専門の無能冒険者へとジョブチェンジしたのであった。まぁ、それも今日で無職にチェンジしたのだが……。



 目の前で、ラビーニャはパチクリと瞬きをする。

 夜中に起こしてしまったからか、目が冴えてしまったのだろう。

 それに加えて、俺が久々に外から新しいものを持ち帰ってきたのだ。


 彼女にとっては数少ない刺激である。興奮してしまうのも仕方がなかった。

 なぜなら、ラビーニャは家から基本出ない。出さないようにしているからだ。

 

 俺は乾いたタオルを手渡し、彼女の肩をポンと叩く。


「なにはともあれ、ありがとう。助けはしたがこの家で死なれても寝覚めが悪いからな。それより、いつも思うがなんで敬語なんだよ」

「これは敬愛のしるしですよ、兄さん?」

 

 俺としては、敬語を使われるほうが距離を感じるからやめてほしいのだが……。

 そんな気持ちも知らないであろうラビーニャはニコニコとこちらを見て笑っていた。

 その笑顔を見ると、たまに何も言えなくなってしまうのは兄としては直さないとな。


「まぁいいか、傷の具合はどうだった?」

「そこまで深くありませんでした、ポーションを使ったのと、あの子が一緒に寝てくれてるから明日には治っているはずです」

「それはよかったよ」

 

 まるで褒めてと言わんばかりに彼女の瞳は輝いているのが見えた。そして、少し俯き、つむじをこちらへと見せる。ラビーニャがこうするとき、俺はどうするべきなのかをわかっている。

 ……わかっているが、気持ちがくすぐったくなることにはどうにもなれない。

 

 ラビーニャの頭に手を置き、少しだけ撫でつける。すると、彼女は頬を緩め、嬉しそうに目を細めるのだ。

 いい加減、兄離れをしてほしいものだが、こんなところに閉じ込めてしまっているのだ。これで彼女のガス抜きができるなら安いものである。

 ラビーニャのストレスが最高潮に達すると、それはそれは恥ずかしい思いを俺がすることになるのだから……。



 俺が見えないところでため息を吐いていると、その間にラビーニャは乱れた髪を手くしで直す。

 そして、助けた少女の着ていた洋服を後ろから取り出した。


「それよりも兄さん、あの子の着てた服、すごく上等なものですよ」

「……そ、そうか」

「どこで拾ってきたんですか!」


 彼女の瞳は急に温度を下げ、そして湿度は上がる。そのジトーっとした目つきで見られると、やましいことをした気持ちになってしまう。

 何一つとしてしていないのだけれども。


「森の中で襲われていたからな、助けたんだよ」

「うぅ、さすが兄さんと褒めたいとこですが、助けたことで兄さんに変な虫がつ――」


 うつろな目でどこか虚空を見始めたラビーニャは、蚊の鳴くような声をもごもごとさせる。


「なにをぶつぶつ言っているんだ?」

「さすが兄さんだなと思っていただけですよ」

「それより本当に悪かったな」

「いいですよ、たまにはこうやって兄さんと夜更かしするのも悪くないです」

 

 ラビーニャは満面の笑みを浮かべると、こちらへと駆け寄ってくる。

 そして、魔物の血で汚れた俺の体ごと、彼女は抱きしめようと腕を伸ばす。

 壁に追いやられた俺は、逃げることもできずラビーニャとの距離がゼロへと概算される。

「おい、くっつくな、汚れるだろ」

「兄さんチャージですよ」

 

 柔らかな体と甘く優しい匂いに包まれると、顔が熱くなってしまう。

 家族だからこそ、こういったスキンシップは恥ずかしく思えるのだ。


 彼女もまた頬を染め、だけれども屈託となく笑うので、俺は敵わないなぁと肩をすくめるしかなかったのである。


「それに汚れても、一緒にお風呂に入れば済むことですよ」

「一緒にって、何歳なんだか……」


 これは彼女のストレスを溜めすぎてしまっていたかもしれない。


「では――」

「俺は水浴びで済ませるよ」

「な、なんで」

 ラビーニャの腕をするりと抜けると、彼女は不満そうに頬を膨らませる。


「もう遅いし、早く兄離れさせないとだからな」

「兄さんはいけずです……」

「ほっとけ、ほら風呂行ってこい」

 そう言って俺は彼女を追い出す。

 そして、スキル<畜産>の技能である牧場管理ゴーレムに風呂の湯を沸かすことを命じておいた。

 その傍ら、俺は牧場の井戸で水を浴びる。


「へぶしっ」

 水の冷たさに、体温が一気に下がる。思わずくしゃみが出てしまった。

 俺も風呂に入りたいなと、そんな雑念が頭の中をよぎる。だから、慌ててもう一度水をかぶり誘惑を消し去ったのだった。 


「くしゅん!」

 ……やはり寒い。

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