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無能冒険者、敵を攻略する


「この作戦には、ラビーニャとセーラの力を借りる必要があるんだ」

「わたくしの」

「私の、ですか?」


 二人に俺は耳打ちする。喋ってるうちに赤くなった二人は、まじめな顔をして頷いた。


「なるほど、ですわね」

「兄さんのために頑張ります!」

「怪我をするかもしれない、特にラビーニャは。それでも、頼めるか?」


***

 


 ポチ太にまたがった俺たちは、すぐに戦地へと舞い戻る。

 そして、すぐに暗がりの中へと離散する。


 状況を見るに、レズバとサムトの二人の連携で影の魔物を抑え込んでいるようであった。

 相手が攻撃に転じたときは、レズバが糸で牽制し、その体を抑えつける。

 そしてサムトは水を操り、幾つもの礫を相手に繰り出すことで広範囲で攻撃する。

 どうやら、俺がたどり着いた答えに彼らも至っているらしい。


 アラブットは苛立った声を上げ、その攻撃は苛烈さを増す。

 しかし、糸の結界の前にそれは無効化されていた。

 アラブットは糸をなんとかすり抜けて、ギロチンを構えるが、瞬時にレズバはそれをカバーする。


 お互い、決定打が欠けている。

 おそらくこのままだと、魔力の総量による勝負になってくる。

 暗がりの中、起動したモンスター鑑定の技能ではアラブットの方に分があることがわかっていた。

 そして、これからアラブットの本体を倒すことを考えたら、レズバを失うのは惜しい。


 それよりも、配下を失うのは嫌だった。


「アラブット、俺はここにいるぞ!」

「懲りずにまた出てきたのですか。……愚かなことこの上ない」


 俺は叫びを上げ、剣を抜かずに腰で構える。

 アラブットは糸の結界から飛び出し、俺の方へと走り出す。

 上空に振りかぶられた鉄球とギロチンが宙から振り下ろされる。


「あるじ!」

「主様ッ!」


 レズバとサムトが悲鳴を上げていた。

 それぞれの掌から糸と水弾が発射される。

 しかし、それもまたアラブットには届かない。いや、届かなくていい。届くと困るのだ。

 だから、距離を取って俺は叫んだのだ。


「死ねっ! 痴れ者がっ!」


 陰で作られたギロチンと鉄球。それが俺の体へと差し迫っていた。

 しかし、それは雲を掴むかのようにすり抜ける。

 アラブットの眼の前に立っていた『俺』は、小さく呟いていた。


「――――――壱式、空蝉」


 アラブットの攻撃を避けた俺は一瞬でその背後へと移動し、剣で二度斬りつける。

 それは影の体をえぐり、傷をつけたのだ。

 

 それを確認した瞬間、ポチ太に合図を出してアラブットへと急襲する。

 飛び上がった狼は月の真下に位置していた。そしてそこから見た『俺』はアラブットを空蝉で翻弄していた。近くへと姿を現し、敵の攻撃を誘い、瞬時に移動してカウンターを放つ。

 おそらく、やつは実体化している時としていない時があるのだ。実体化しているときは質量を持ち、両者ともに攻撃することができるが、反対にしていないときはお互いに何もできない。そのため、絶え間無く攻撃を行わせ、こちらはほのカウンターに絞ることによって相手に傷をつけることができるのだ。


 影の魔物は攻撃を受けるたびに傷をつけ、その跡から煙を出していた。

 俺はポチ太から飛び降り、敵を真上から強襲する。

 もう一人の俺はそれを目にした瞬間に技を放った。


「弐式、断霧鋏たちきりはさみッ!」


 目にも留まらない剣は銀の軌跡のみを残して、鞘へとその身を隠す。

 アラブットの両腕は体から離れ、その制御を失う。

 魔物は、牙を剥き、その目を驚愕の色に染めていた。


「なんでっ! お前が二人!?」

「影が媒体なんだろ? これでもくらってくれ」


 アラブットの真上へと降り立った俺は手に持っていた閃光弾のピンを抜き、その体へと押し込んだ。

 実体化を解こうとしているのか、足のついている感覚が失われていく。

 だけれども、おそらく間に合った。


 刹那、光が俺たちを包み込んだ。

 それは地に落ちた影ごと包み、俺たちの視力を一時的に低下させる。

 そして、影の魔物の持つ体を溶かしていくのだった。


「くそっ、こんな手でっ! 私の計画を邪魔するなどっ! 許せぬ、許せぬぞぉ!」


 叫び声のみが残され、その体は蒸発していく――――――みたいだった。

 俺ともう一人の『俺』の視界は閃光弾によって潰されていたためにそれを見ることはできなかった。

 だから、周りにいたセーラやレズバの言葉から察することしかできない。


 影を媒体にした彼の体は光により跡形もなく消え去り、辺りには配下の魔物たちの勝利の雄たけびが残された。

 視界が回復しないまま俺は俺と、抱擁をする。と言ってももう一人の俺――――――ラビーニャが勝手に抱き着いてきただけの話である。


そう、もう一人の俺、アラブットと近接戦闘を行っていたのはラビーニャであった。

セーラに幻影魔法をかけてもらい、見た目だけは完全に俺と同じにし、相手の注意を引きつける。そして、実体化の状態を保ち続けてもらう。それを行うに最も適していたのはラビーニャの剣聖スキルであり、この間見せてもらった空蝉の技能であった。


「やりましたね! 兄さん」

「あぁ、本当に助かったよ。ラビーニャ、お前がいなきゃ倒せなかっただろう」

「いいんですよ!いいんですよ! もっと褒めてください」


 そう言いながら体をぴっちりとこちらに密着させてくる。

 ふくよかな胸の感触が否応なしにこちらに伝わってくるので、俺は心の中で神への祈りを捧げ始める。信仰心を上げることによって煩悩から守られるのである。


 徐々に見えてくる視界の中で、俺はセーラに微笑みかけた。


「ありがとう、セーラ。お前の幻影魔法がなかったらあいつを騙せなかった」

「わたくし、やっと役に立ちましたわ」

「ずっと前から、役に立ってるよ」

「兄さん! 私は!?」

「体をくっつかせなければもっと褒める気になるんだけどな」


 セーラは瞳を潤ませ、ラビーニャは頬を膨らませる。


「家族のスキンシップですよ!」

「過剰なんだよなぁ」

 ラビ―ニャの肩を掴み、ぐっと体を引きはがす。

 しかし、彼女もまた俺の腕をつかみ、それを防ごうとしていた。


「それよりもだ、エリザベスに事情を聴かないといけないだろ」

「なんでこうなったのか、ですわね」


 セーラが慎ましやかな胸の前で手を組んだ。

 それは一抹の不安を現しているのだろう。みな、一時的な勝利に酔っているがその奥底にはセーラを同じものを抱えている。


 集まっていた魔物たちもふとした瞬間に、その様子を表していた。


 ***


 翌日、ドラゴンことエリザベスの前に俺とセーラとラビーニャとレズバ、サムトが立っていた。

 しかし、彼女は鼻提灯を出しながら、深い眠りについているのだった。

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