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竜種、かく語りき

 竜の大きな目が開き、こちらをぎょろりと眺める。縦長い黒目に見つめられると、カエルでもないというのに身動き一つできなくなってしまう。

 圧倒的な威圧感がそこにはあった。


「ここ……、どこじゃ?」


 目はあちこちへと視線を泳がせる。そして何か気づいたのかドラゴンはぴたりと瞼を閉じた。


「あー、そうか、わらわは負けてしまったのだった」


 そして、その大きな口からふぅっとため息が吐き出されるだけで俺たちの髪の毛は簡単に逆立つ。

 何もかも規格外だ。

 ドラゴンの放つ空気に飲まれてか、誰も何も話さなかった。

 その一挙一動に誰もが注目していた。

 敵か、それ以外か、誰もが見極めようとしているのだ。


 だけれども、そんな警戒心は無駄なようであった。

 ドラゴンは目を細めて長い口の端を吊り上げる。


「貴様らがわらわを助けてくれたのだな、感謝する」

「あ、あぁ。上から降ってきてびっくりしたよ、こっちは」


 独特の喋り方に驚きながらも、俺は胸をなでおろした。

 わらわと言っているところから察するに、性別は女の子らしい。

 ラビーニャがそこだけに反応して俺に視線を投げかけていたが、今は相手してられないな。

 ……何言うかわからないし。


 ドラゴンはまたも息を漏らす、その衝撃で端っこの方にいたリザードマンの体が浮いているのを俺は横目で確認する。

 そして、一歩だけ後ろに下がっておいた。


「ふむ、それはすまなかった。ひどい手傷を追ってしまってな。わらわも逃げるのに必死だったのだ」


 ドラゴンは目をぱちくりとさせながら、そんなことを言うので、セーラは尋ねる。


「逃げるって何からなのですか?」


 この問いは、非常に重要なものだ。

 何と戦っていたのか、何でも説いた場所を離れてここに来たのか、それがわからなければ対応に困る。

 しかし、ドラゴンはそんな質問について何も言葉を返さず、セーラのことをじっと見つめていた。


「……これは魔王の忘れ形見ではないか。こんなところに潜伏していたとはな」

「わたくしを知っておりますの?」

「わらわは何でも知っているぞ、おぬしが産まれたとき、ちょうど魔王に仕えていた時期であったからな」


 魔王の元配下。ドラゴンが誰かの下につくということは珍しいことであるが、先代魔王であれば不思議ではないかもしれない。

 人知れず人間を守り、魔物を守っていた功労者なのだ。セーラからの話を聞く限り、かなりできるお方なのだろう。

 

 そして、ドラゴンは起きてから三度目のため息を漏らす。

「魔王のことは、わらわも残念に思っておる。これからは混沌の時代が訪れることよ」

「やはり、統制の取れなくなった魔物たちが凶暴化するのか?」

「うむ、統制の取れなくなったというのは少し違うが、おおむねあっておるの」


 やはり、魔王が討伐された影響は、セーラの言っていたとおりであるみたいだ。

 理由に差異はあれども、魔物が暴れだす日はおそらく近い。

 ドラゴンでさえ、手傷をおい、地面に落下するぐらいの何かが起きているのだから。


 竜の眼は周りにいる魔物たちをじろりと一瞥する。


「しかし、この辺りに敵意を感じられないのは貴殿が統率しておるからだな。 名は? なんという?」

「俺はウォレン。 ウォレン・タボロウだ」

「そうか、ウォレン、この度は世話になる。 わらわはまだ動けるほど回復はしておらぬのだ」

「それはまぁ、構わないが――――――」

「わらわがここに居続けることによってわらわの敵が攻めてくるかもしれぬ」

「……やはり、そうか」


 読み通りである。

 竜種に手傷を負わせ、殺すことができる状況などめったにないことだろう。

 だから、彼女の命を狙うものは必ず後を追ってくる。


「その敵っていうのは誰なんだ?」


 そう俺が尋ねると、ドラゴンは答える。

 その解答にセーラは大きく目を見開いた。


「うむ、同じ竜族の一人と元魔王幹部、アラブットに与するもの共よ」

「ま、魔王軍幹部がですか?」

「そうじゃ、おそらくこいつは魔王クィクト討伐の件に関わっている」


 セーラは髪を振り乱し、口を手て抑える。 


「そんな、お父様の右腕のような方でしたわよ」

「わらわの情報網では、アラブットは勇者パーティーと内通しておったのだ。そして実際に見てきたところ勇者の力の残滓を感じた」

「そんなお父様が裏切られるなんて……」


 勇者パーティー、彼らも魔王の討伐が目的である。

 おそらく、利害関係が一致したのだろう。


「魔王軍も一枚岩ではなかったということか」

「クィクトはよくやっていたとわらわは思う。ただ、勇者の策略がそれを上回っていたということじゃの」

「また、勇者パーティーか……」


 そうつぶやくと、セーラとラビーニャも小さく頷いた。

 ここにいるメンバーの目的の一つは勇者への恨みを晴らすことだ。


「借りが増えましたね、ウォレン」

「あぁ、そうだな。ラビーニャの件についてもお礼をしないといけないし」

「兄さんに苦労を掛けた分、奴らにはその報いをとってもらいませんと」


 そんなやり取りを見て、ドラゴンは満足そうに目を細めた。


「ふむ、ウォレンらは勇者に仕掛けるつもりであるのだな」

「一応、俺の当面の目的としてはそうだな」

「わたくしはお父様の代わりとなることですわ。そのためにウォレンに協力してもらっております」


 そして、彼女はとんでもない提案を言うのだった。


「だとすれば、わらわをはやくここから追い出した方がいいの」

「な、なんでだ?」


 誰もが口をあんぐりと明けていた。

 先ほど、世話になると言っていたところから見事に百八十度回転である。

 

「わらわの敵感知にアラブットの軍団が引っかかった。付けられていたみたいじゃの、夜にはここに攻め入ってくるぞ」

「な、なんだと?」


 実のところ、防衛施設の建設はあまりしていないのだ。

 牧場は家畜が逃げ出さないよう、柵で区切っているのみである。

 だから、奇襲などされてしまうと大変まずいことになる。

 

 さらに、ドラゴンは見解を付け加える。


「そしてセーラの存在がアラブットの耳に入ると、おそらくわらわ以上に狙われることになる。魔王の娘は魔物を統べるのにとても役に立つからな。それに、勇者パーティーにも知られることになるだろう」


 その言葉にセーラは顔を明るくさせていた。


「……わ、わたくしが役に立つ!?」

「そこに反応するのか」


 普通、勇者に狙われる方に落ち込むものでは、と思うのだが。

 まだ自信回復には至っていないのだろう。


 

 そっと俺の耳に、ラビーニャは囁いた。

「兄さん、どういたいたしますか? これを今夜の夕飯にしてしまっても……」

「いや、そんなことはしない。相手の力次第だが、敵感知に引っかかったというやつをここで叩いてしまおう」


 この目の前のドラゴンには貸しを作っておいた方がいい。

 おそらく、かなり色々なことを知っているようだし、情報網についても詳しく聞いておきたい。

 だから、まだここから追い出すべきタイミングではない。

 そうしたらば、アラブットの手下たちを一人残らず倒してしまうしか、方法がないのである。


 セーラの赤い瞳が俺を心配そうに見つめる。


「ウォレン、それではウォレン達にも危険が」

「契約した時からそういった所は理解しているさ。ただ、ラビーニャは家でお留守番させるけどな」

「いえ、兄さん、私も戦いますわよ」


 可愛い妹にけがなんてされたら……。

 と思っていたのだが、スキル剣聖を役に立てる方が勝率は高くなるだろうか。

 いやでも、唯一の肉親であるのだ。

 ラビーニャには上手いことを前線から遠ざかってもらうか……。


 俺は頭の中でどう戦うかのシミュレーションを始める。

 そして、その様子を見ていたドラゴンは呆れたような声音を立てる。


「……ふむ、貴殿らはわかっておるのかの。童に傷を負わせたものが軍団に入っているかもしれないのだぞ」

「勝てそうにないならすぐにここを捨てて逃げるよ。命さえあれば、何度でも挑戦は可能だ」


 ジッと、視線と視線が交わされる。

 縦長い黒めが俺のことを見ていても、もう怖いという感情は浮かばなかった。

 多分、このドラゴンとはいい関係を築けると俺の第六感が告げていたのだ。


 ラビーニャとセーラもまた、意志を固めたようである。


「ふむ、やはり良い目をしている。さすれば、わらわの名を教えてやろう」

「竜の名前!?」

「まぁ、固くなるでない。 勝てるようになるおまじないといったところじゃの」


 ドラゴンは牙を見せてにやりと笑う。

 しかし、セーラはその赤い髪の下を青ざめさせていた。


「そういえば、貴方は……」

「そう、わらわはエリザベス。 エリザベス・エウェクィルス。 竜種十二月のうちの一匹に数えられておる。以後、よろしく頼むぞ」


 竜種十二月、それは竜の中でも最上の竜のみが名乗れるものである。

 それを傷つけたものが攻めてくるとなると……。


 俺の顔も一気に青ざめていることだろう。

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