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竜種、空から落ちてくる


***


 目の前では、下半身が蜘蛛な女の子の頬に、尻尾が生え、耳がとんがった女の子が舌なめずりしていた。

 そして一方はこちらに助けを求め、もう一方は頬を赤らめていた。

「あーるーじー、なんとかしてくださーい。このままだと食べられちゃいます」

「うぅ、魅力的すぎる。本当食べちゃいたいくらい可愛い……」


 下半身が蜘蛛の女の子――――――レズバが逃げようともがくも、尻尾に巻き付かれた状態ではうまく逃げようもない。

 俺とセーラ、ラビーニャはその様子を微妙な気持ちで眺めていた。

 眉をひそめながらこちらに手を伸ばすレズバと俺たちを置いて、水色の髪をした竜の女の子だけがはしゃいでいたのだった。

 そして、それをだれも止められないのであった。


 どうしてこうなったのか、それを説明するには少し前から語るしかないだろう。

 訓練場で二匹と一人が大暴れしてから次の日のことだった。

 

 あの後、三人にきつくお灸をすえ、その罰として訓練場の復旧にあたらせた俺は、家の中で久しぶりの休息をとっていた。

 香りの紅茶に牧場からそよぐの草の臭いが何より気持ちを落ち着かせる。


 そして、周りの人間の中で比較的まともなセーラもまた、窓から入る風に髪をそよがせていた。


 彼女は結局、キスをした日から今日まで寝込んでいた。冷えた体で無理をしていたのがたたったのか、風邪をひいてしまったのである。極楽鳥がつきっきりで面倒を見てくれてみたいだが、完全に回復するまでに一日を費やしてしまったことを考えると、かなり悪くしていたらしい。

 そして、キスをしたことについてはお互いに何もしゃべってはいない。

 どこか、くすぐったい気持ちがしてこちらからは触れられない。そして、彼女からも触れてはこない。だから、そのことについては沈黙が、暗黙の了解になってしまった。


 まぁ、今は話さなくていいかもしれない、というのが俺の出した結論である。

 スキルの強化のためか、可能性は低いもしかしての方なのか、それは彼女にしかわからないことであり、無理に問いただすことではない。だから、俺は待つことにした。


 これは、俺から聞いてみる勇気がないとそういうった理由ではない。それだけははっきりしている。


 なによりも、何もしなくていい日は人間にとって何よりも愛すべき日である。だから俺は頭の端に悩み事を押しやり、休日を謳歌することにしたのだ。季節の果物を時折つまみながら、俺は草や木の揺れる音に耳を傾ける。


 牛たちの泣いている声、衝突音、地面が揺れる振動音、いろいろな音色に牧場は溢れている。


 …………何か、変なのが混じりましたね。

 持っていた紅茶のカップには波が立ち、目の前のセーラも叫んでいた。


「ななななな、なんですの!?」

「おお、お、落ち着け! こういう時は机の下に隠れるんだ」


 俺はいそいそと机の下に隠れるも、セーラは窓の方へと動き出す。

 そして、その外へと目をはせていた。


「おい、なにしているんだ。とりあえずこっちに――――――」

「ドラゴン」


 そう彼女は呟いた。


「ドラゴンが、外で倒れているわ」


 深紅の髪がパタパタと宙を舞い、ルビーの瞳がこちらへと姿を見せる。

 血色のいい唇はふるふると震え、彼女が動揺しているのが否応にもこちらに伝わった。

 それは仕方のないことである。

 

 力だけでは魔王をもしのぐと言われている竜種の魔物が、こんなところに現れたのだから――――――



 俺とセーラは外にでると、そこは阿鼻叫喚の騒ぎだった。

 ハイウェアウルフがそこらを走り回り、唸りを上げる。昆虫系の魔物たちも土から姿を見せ、地に付したドラゴンを取り囲んでいた。

 そして遅れてリザードマンにゴブリンも現れ、全員でその挙動を警戒する形になったのだ。


 そんな中、俺とセーラは顔を見合わせていた。

 なぜなら空から落ちてきたドラゴンは青い鱗の隙間から血を流し、仰向けになって気絶していたからである。


「えーと、どう思う?」

「と、とりあえず、手当するべきではないかしら」

「あれは敵じゃないと思うか?」

「そう信じるほかないですわね」


 そう言いながらも、青い顔をしているセーラに俺は頷いて見せた。

 竜種、ドラゴンと言えば魔物の中で王様である。それはもちろん、魔王ともまた違った意味でのことである。

 ステータス面でももちろん、そして知能も非常に高いために人語だって理解している話すことだってできる。竜を王様として仕えている国だって存在するのだ。


 しかし反面に、暴れ始めると国の一つや二つは簡単に滅ぼしてしまう。

 竜の怒りに対抗できる存在なんて勇者、もしくは魔王だけであろう。

 それだけ恐ろしい存在なのであるが、世界が何とか形を保っているのは竜種の中での派閥に理由がった。


 知能が高い故の宿命か、竜種同士の仲はあまりよろしくないだ。そして、一度手を出し合うとお互い無事では済まないことをわかっている。だから、テリトリーを決め、にらみあいながら、彼らは存在しているのである。


 ただ、この近くに竜の住んでいるとされているところはない。

 だから、そこに不安を感じずにはいられないのだった。


 だが、家ほどもある巨大な図体をこのまま無視するわけにもいかない。

 動物でも魔物でも、手負いのものが一番恐ろしいのだ。


「とりあえず、ここから場所を移して治療するか」

 俺はため息をつくしかなかった。穏やかだと思っていた休日は、お昼を迎えることもなく、消失したのである。

 どこからか、仕事かと言わないばかりに極楽鳥が姿を見せる。

 その頭を撫でながら、俺は魔物舎の横に運ぶように、魔物たちに指示を出したのだった。


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