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ネームドモンスター、暴れる

「ま、また兄さんの周りにメスが……!」


 寝転がっていたラビーニャが目覚め、最初に言った言葉はこれであった。

 ……もうちょっとなにがあったのみたいなことを聞くべきじゃないだろうか。

 そしてメス、というのはリザードマンのサムト、ではなく半分蜘蛛のレズパに対してのことだろう。


 下半身は立派な蜘蛛、足が八本生えており、お尻はまんま蜘蛛のように膨らんでいる。しかし、その上半身にはヒト型がついており、ヘソもあり、胸だってついている。顔はかなり整った美形であり、流れるような黒色の長髪は、太陽の光を吸収し、キラキラと輝いていた。


「兄さん、何か釈明はありますか?」

「主様ー、妹さんなんて放っておいてレズバと楽しいことしましょうよー」


 俺は両側から腕を取られ、引っ張り合いの中に引きづりこまれる。

 急に喋るようになったせいか、レズバの性格はかなり子供っぽいようだった。

 いや、サムトが呆れながらこちらを見ているのでただの個体差か。


 それよりもだ、彼女たちは自分の体のスペックを考えずに俺の体をこれでもかと引っ張っていく。

 運動能力的なスペックでもそうだし、グラマーな体としてのスペックもそうであった。

 二重の意味で暴力である。


 引っ張りやすいようにと、彼女たちは自身の胸の前に腕を持っていくものだから、必然的にその間に収まってしまうのだ。

 柔らかな二つの感触――――――いや、四つの感触を前にして、俺は煩悩からの解脱をするほかなかったのである。



「この蜘蛛女、兄さんは私のです。その腕を離して下さい」

「いいえ、妹さん。主様には私の能力やいろんなところの説明してあげないといけないんですわ。だからそちらが離してください」


 耳元でギャーギャーと騒ぎながら、あっちにこっちにと俺の体は持っていかれる。

 この二人もまた、相性が悪いみたいだった。

 そして、おそらくセーラとも相性が悪い……。


「さ、サムト。どうにかしてくれ」

 木にもたれながら、腕組みをし、こちらを眺めている彼、サムトに向かって俺は助けを求める。

 白髪に隻眼、長身痩躯の鱗持ち、しかし、リザードマンよりも人間に近くなってしまった彼は、何も言わないままに動き出す。


「承知いたしました。主」


 彼は少しこちらに近づいてくると、俺の腕を持っている二人に向かって掌を差し出す。

 そして、その次の瞬間には、勢いよく水流が放たれるのだった。


「あべしっ!」

「せいんとせいやっ!」


 コントロールよく放たれた水の塊は両腕の二人を攫っていく。

 消えていく彼女たちは独特な叫び声をあげていた。

 ちょっとそのことに突っ込みたい気があるが、それよりも二日続けてずぶぬれになるとはな……。


「サムト、他の方法はなかったのか?」

「自分、不器用なんで」


 彼はそう呟くのみであった。

 なるほど、期待した俺があまりよくなかったということか……。

 なんで、俺の配下はこういうやつらばっかりなんだ。

 後ろからにゅっと現れるポチ太だけが唯一の良心である。


 どうやら自身の毛皮で体を拭いてくれるみたいだった。フワフワの毛皮に包まれると、なんとも言えない心地よさになる。

 やはり良心である。


 一人と一匹が飛ばされた方向をちらりと見ると、水にぬれた彼女たちはわなわなと肩を震わせていた。

「敵は近いところにありっ!」

「その通りです! レズバの邪魔は仲間でも許せません!」


 そして、こちら――――――いや、サムトに向かって駆け出していた。

 横を通り過ぎていくラビーニャの手には木刀、そしてレズバは爪を出していた。


 まさか、今から戦うつもりなのだろうか……。

 しかしどれだけ強くなったのかも知りたいかもしれない。

 

 大変なことになりそうなら、ポチ太に働いてもらおう。

 俺はモンスター鑑定の技能を立ち上げる。


 そして、ぶつかり始めた一人と二匹。

 その訓練と称した喧嘩は、それは恐ろしかった。


 立ち上る水流に、それを切り裂く真空波、合わせて粘着する糸なんかが飛びあい、阿鼻叫喚の図だった。

 なによりも、ラビーニャとレズバもお互いに攻撃しあっているため、三つ巴の状態である。


「伍式、『天衝』」

「粘糸奏術七番、血染紅葉ッ!」

「リ・ハイドロ・エキスターボッ!」


 空中に飛び上がった三人が、同時に大技であろう技能を放つ。

 ラビーニャからは剣を振るうたびに形成される巨大な斬撃の数々。

 レズバからは絡みつくだけでなく、硬さを持った糸による隙間のない網。

 サムトからはとても大きな水龍が――――――


 俺の上でぶつかり合ったのだ。

 そしてその様子をみて、俺は呟く。


「あ、訓練場、作り直しだろうなぁ」


 それに反応するように、守るように前に立っていたポチ太が遠吠えをした。 

 その声は、いやにむなしく、森の中を反響したのだった。


 


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