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妹、兄と戦う


 昨日の夜、小屋でセーラと唇を重ねてから俺はあまりよく眠れていない。

 彼女の話していた言葉の意味、そしてまだ残っている感触、それが頭の中で何度も反芻されて、瞼が思うように落ちてこなかった。


 そして、そのまま朝を迎えた。

 俺がリビングで眠い目をこすっていると、きっちの方からラビーニャが顔を見せる。


「兄さん、何か様子が」

「ちょっと眠れなくてな。それよりセーラは?」

「あの女のことよりも、兄さんの体調の方が」

「俺は多少、無理がきくから大丈夫だ。それより、あいつは体をぼろぼろにしていたからな」


 少しむっとした表情をしながら、彼女はパンと牛乳、簡単なサラダを俺の前に並べる。

 そして、唇を尖らせながら彼女は呟くのだった。


「……まだ寝てますわよ」

「そうか」


 としたら、少し様子を見てくるか。

 俺は席を立つと、ラビーニャが少し驚いた顔をする。


「ちょっと待ってください、兄さん」

「ん? どうした」

「兄さんはうら若き乙女の寝顔を見に行くつもりですか?」

「あぁ、そうだったな。ついラビーニャと同じ対応をしてしまうところだった」


 そこで俺は気づく。

 セーラと俺は婚姻契約をしているとはいえ、本当の関係性は友人のようなものだ。

 そして男女であった。だから、何の気遣いもなく見に行くのは間違っている。

 席へと座りなおした俺を見てラビーニャは頷いて見せる。


「そうですよ、兄さんが見ていいのは私の寝顔だけです」


 そういったプライバシーは家族であっても気にするべきだと思うが……。まぁいいか。

 俺は彼女が用意してくれた朝飯を口へと運ぶ。 

 そんな中、ラビーニャが笑顔でこんなことを聞いてきた。


「それよりも、今日は兄さんと手合わせをしたいのですが、どうでしょうか?」

「……俺とか?」

「えぇ、今私がどれだけ強くなったのか、兄さんに見てほしいんです」


 ラビーニャは剣聖スキルを持っている。

 正直、普通に戦えば俺が負けること間違いないだろう。

 だけれども、スキル持ちにどこまで通じるか、それを知りたい気持ちもあった。

 丁度、魔物たちは今日訓練場にはいない。


「そうだな、今日は魔物たちに別のことをしてもらおうと思っていたし、丁度いいか」

「では、セーラさんを起こしに行ってきますね」

「いや、今日は休ませてやれ。 昨日も無理をしていたしな」


 あのキスをした後、眠るように彼女は寝てしまった。俺にスキルを託してだ。

 おそらく、その反動もあるのだろう。

 だから、眠らせて体力を回復させてあげたいというのが半分、あんなことがあってを顔を合わせづらいというのが半分であった。

 

 その割には様子を見に行こうとしていた自分に矛盾を感じる。

 ふむ、どういうことだろうか。


 そう考えていると、やはり視線を感じた。

 ラビ―ニャは頬を膨らませていたのだった。


「……昨日も? ちょっと兄さんには手合わせの時に聞く必要がありますね」

「お手柔らかに頼むよ」


 そうして、俺たちは訓練場にやってきた。

 ラビーニャは木刀を手に取り、何度か剣を振るって見せる。

 ニヤリと笑った彼女はなんとも自信満々なようでほほえましい。

 だが、こうして兄妹間で喧嘩に似たようなことをするのは初めてだから、俺も楽しみだった。


「さてと、始めましょうか」

「あぁ、どこからでもかかってきいいぞ」


 彼女はゆっくりと剣を体の前に構える。

 この場に吹く風が、少し変わったように感じた。


「では……」


 俺もまた、剣を構えラビーニャに視線を集中させる。

 足に力が入り、汗が一筋、背中に流れるのを感じた。


「いきます」


 そう言った彼女は地面を蹴り、一気にこちらへと距離を詰める。

 その速度はかなり早く、狼系の上位の魔物を相手しているのと変わりなかった。

 土埃が舞う中、ラビーニャの攻撃を俺は木刀で受け止めて見せる。

 

 鈍い音があたりには響く。

 つばぜり合いのような状況になって彼女はフフッと笑った。


「流石にこれは防がれますね」

「直線的な攻撃は読みやすいからな。どこに攻撃が行くか、視線を見ていればわかるよ」


 俺は彼女の脇腹へと視線を送る。


「だから、こんな風に」


 そして視線の反対側へと優しく剣を振るった。

 だけれども、それもまた防がれているのだった。


「読ませないつもりで打ったのだが、さすがの反射神経だな」

「……流石兄さんです、ここからはスキルを解放させてもらいますね」


 ラビーニャは瞬時に距離を取り、構えを変える。

 そして小さくこんな風に呟くのだった。


「――――――壱式、『空蝉』」


 彼女の纏っている空気が一気に変質する。

 首筋の毛が逆立つのを感じた。


 ラビーニャは木刀を腰へと持っていき、剣を抜こうとするように構えた。

 一度だけ見たことがある。東方の剣術にある抜刀術というものだ。一気に距離を詰め、高速で相手を切り裂く。おそらくスキルの技能により、身体能力の強化、そして普通にその剣術を行うのと違う面があるだろう。


 だから、初見で相手の攻撃を防ぐことは不可能に近い。

 それは初めて見る魔物と出会ったときと同じである。

 一番行うべきなのは距離をとることだが、訓練と生じたこの場でそれを行うことは難しい。

 


「・・・来る」


 ラビーニャの体が視界から消える。次の瞬間、剣の切っ先が眼前に迫っていた。

 さすがに速すぎる。瞬間移動のようなスキルか。


 五感の解放、刹那的一瞬、まるで時間の止まってしまったような感覚。

 俺はこの現象を何度も体感している。死地にさしかかったときによく訪れるものだ。

 その時、俺の動きは反射的にそれを回避するのだ。

 

 だから、頬の薄皮一枚、俺は削がれた。

 そしてとても近いところにラビーニャに向かって剣を振るう。


 しかし、その軌道は読まれていたのか、彼女の姿はまたも消える。

 ラビーニャが纏っていた殺気は背中からへと変化していた。


 だからとっさに前へと出て、彼女のリーチから退避する。

 だけれども、振り返った時、またも彼女の姿は消えているのだ。


 なんとなくラビーニャが使っている技能のからくりが読めてきた。

 相手の近くへと瞬間移動し、切り伏せる。

 そして外した場合、防がれた場合、また瞬間移動して相手の背中を取り、また切りつける。

 その繰り返しで相手を仕留めるのだ。


 わかってくると対策が立てれる。


 俺は壁まで走り、背中をぴったりと付ける。

 これで正面からしか攻撃はなくなった。


 そして俺は目を閉じた。

 ラビーニャの姿を見失っている今の状態で、視界に頼る必要はない。

 そして五感を研ぎ澄ます。

 

 昨日と同じだ、皮膚で風を感じる。

 そして目の前で揺らいだ瞬間だった。

 

 俺は一気に目を開けた。


 そこにはラビーニャが剣を振るおうとしている姿があった。その軌道が目に見えた。

 だから、それを止めるために俺は両手を差し出す。


 タイミングが重要だった。

 掌の間に、剣が差し込まれる。

 

 次の瞬間、彼女の攻撃は止まっているのだった。


「これで捕まえたな」

「……負けましたわ、兄さん」


 俺が使った技は真剣白刃取り、というものである。

 放たれた剣を手で挟み込むことで止めるという神業だ。

 モンスター育成で強化されていない状態であったらこんなことできなかっただろう。


「兄さんの底がしれません、強くなったと思ったのですが」

「……いや、充分に俺を超えているよ。木刀じゃなければこんなことできなかったさ」

「そう、ですかね」


「それにほかの技を使われてたら負けてたよ、あの攻撃がくるとわかっていたから俺は止めれた」

「だって他のだと兄さんをケガさせてしまう可能性がありますし」

「そう考えてるうちは、俺を倒せないな」


「……まぁ、兄さんに勝つつもりもなかったのですが。えいっ」

「おい、どういうつもりだ」


 ラビーニャは剣から手を離して両手を広げる。

 そしてそのまま、捕食をするかのように俺のことを抱きしめるのだった。

 とても近い距離で彼女は誇らしげに微笑む。


「こうでもしないと避けられてしまいますからね」

「ラビーニャももう十五なんだから抱き着いたりは卒業してくれ」

「それは嫌ってものですよ、兄さん」


 そう言って、彼女はますます体をくっつけてくるのであった。

 押し付けられる柔肌の暴力は男にとっては毒である。

 耐性のついている俺ですら、ぐらっと来るのだ。


 ぜひとも、やめてほしいものである。

 だが、俺がそうやってついたため息など、彼女に関係ないのであった。

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