無能冒険者、手合わせをする
ゴブリンたちはいっせいに別方向へと散る。その動きはまるで風に乗ったようで、ゴーレムの時とは比べようにならないほど素早かった。
「早いっ! だが――」
俺は一匹に絞ってその動きを後追いする。足の動き、呼吸の仕方、そういったものである程度は見当がつく、あとは誤差の修正である。
「追えないことはないな!」
「ふふっ、一人にかまけていると痛い目を見ますぞ」
それはゴブたろうは言う通りであった。すぐさま、ほかのゴブリンたちに回り込まれる。だけれども、これ俺の予測範囲内だ。
攻撃が来るであろう場所に俺は木の棒を置く。そして位置取りによってゴブリン隊の攻撃のタイミングをずらした。
「それもわかっているさ」
木と木がぶつかり合い、破片が宙を舞う。五対一、それでも初撃を防ぐことができたのは大きい。しかし、この時点で俺は一つ違和感に気づく。
いつもよりも動きが見えるのだ。五感が研ぎ澄まされているとでもいうのだろうか。
体への反応も早く、体が自分の者ではないみたいな感覚だった。
身体強化の加護や魔法でも受けているのに近い違和感であった。
ゴブたろうは一瞬のすれ違いの中でニヤリと笑う。
その目には炎が宿り、本気であることが語られていた。
「流石は主様、これを防がれるとは」
「いつもより体が軽いな……」
「我々も本気でかかりますぞ」
それを皮切りに、彼らの動きがさらに速くなる。もはや線であり、空気を切る音しか聞こえなかった。
「さらに加速した!?」
だけれども、俺は昨日、これよりも速いものを体験している。
「ポチ太ほど早くない」
「レジェンドウルフ様と比べられるとはなんとも光栄でしてっ!」
そんな声が発せられる場所には、もうその姿はない。
さすがに目では負えない速度である。だから逆に俺は視界をなくす。
瞼を下ろす。感覚を研ぎ澄ませる。
空気の動き、臭い、地面を蹴る音、その全てをもとに俺は大体の動きをはじき出す。
「これは……」
やはり、おかしい。手に取るように奴らを動きがわかるのだ。風の動きが手に取るように伝わるというか、今までこんなにわかるようなことはなかった。
だから、ゴブリンたちの動きに合わせて、俺はカウンターを繰り出せる。
「そこだ!」
一斉に飛びかかってきたゴブリンたちに対して連撃を放つ。
それは彼らの構えの内側へと達し、体を吹き飛ばす。次の瞬間には、俺の周りに牧場ゴブリンたちが横たわっていた。
「参りましたぞ、われわれ全員でかかっても勝てないとは」
仰向けになったゴブたろうはぐったりしながらつぶやく。
しかし、倒せてしまった。五対一で絡め手なども使っていなかったというのに。
「……調子が良すぎるな」
そう呟いた時だった。突如として、凛とした声が訓練場を彩る。
「それがモンスター育成の効果よ、ウォレン」
「セーラ、いたのか?」
いつからそこにいたのだろうか、今の手合わせを見ていたのだろうか。
彼女は、赤い髪をかき上げる。光を浴びて、その炎は燃え上がっていく。
しかし、その輝きとは裏腹に、彼女の表情は暗かった。
「そ、それは何か手伝えることがないかと思いまして……」
「それはもうない」
「わかってますわよ!」
即答で断ると、セーラの目がぐるぐると泳ぎ始める。
どうやら何か期待してここに来たらしかった。
「餌づくりも失敗し、料理の準備もダメ。掃除や洗濯もしたことありませんし、牛たちにも舐められる始末……」
「セーラ……」
仕事場を巡り巡って結局ここに来たらしかった。
おそらく、昨日に続いてことごとく失敗してしまったのだろう。彼女にとって初めてのことばかりなのだから仕方ない。
セーラはそれを痛感していた。
「わたくしが今までいかに甘えていたのかをわかりましたの」
「今までの環境を捨てて、すぐに適応するのは誰だって難しいことだよ。だから、そんな落ち込むな」
俺だってそうだ。冒険者の道を選んだ時もそうだった。
トライアンドエラーの繰り返しである。始めは失敗など何度もしてしまった。だけれども、その理由や対策を考えて挑戦することでいつかは自分の血と肉となる。
だからこそ、初めは苦しい。セーラは今、その状況なのだ。その中で必死にもがいているのだ。
「で、ですが」
「焦ることはないさ、一歩ずつできていけばいいんだよ」
「そうですぞ、我々だって主様と一緒に成長してまいりました。熟練するたびにできることが増えるものです」
「……ウォレン、ゴブたろう」
セーラの赤い瞳に雫が溜まり始める。それは光を吸収して、まるで宝石のように輝いていた。俺は彼女頭に手を置き、そっと撫でる。
髪のさらさらとした感触が、少しくすぐたかった。
「セーラにはセーラのペースがある、それを忘れたらいけない。誰だって同じではないんだからな」
我ながら、恥ずかしいことをして、恥ずかしいことを言ってしまったと思った。
だけれども、自然に、無意識に、彼女の助けになりたくなるのだ。
落ち込んでいたら励ましたくなってしまうのだ。それはまるで、妹のラビーニャに対しての行動と一緒のようであった。
セーラも恥ずかしくなっていたのか、頬を薄く染め、こちらから視線を逸らす。
「まるで、お父様みたいなことを言うのですね」
「魔王と比べられたら、俺の言うことなんて説得力ないけどな」
「いえ、お父様と一緒ですわ。ウォレンだからその言葉に血が通っているのです」
「照れるからやめてくれ」
「ほめているのですから照れてくださいまし」
二人して赤くなった頬、視線と視線が通い、俺たちは微笑みあう。優しい気持ちが胸にあふれてくるみたいだった。
余裕のなかったころの俺はこんな気持ちを抱いたことなかった。いつもどこか焦っていたのだ。
だから、俺はセーラに感謝している。
俺たちの生活を一変させた運命の出会いを悪くないと思っている。
「そういえば、さっき言っていたモンスター育成の効果ってどういうことなんだ?」
「それはですわね」
まだモンスター育成の効果をあまり把握できていない。知っているのは何が変わったのか、ぐらいである。意識を集中させるだけでも、ある程度はわかるのだろうが魔物に詳しい彼女の口からきくのが一番である。