妹、スキルに目覚める
次の日、朝目覚めた俺がリビングへと向かうと、ラビーニャが超高速でこちらへと走ってきた。
そしてそのまま、その両手で俺に抱き着いてくる。
寝起きの頭と、いつもよりも素早いその動きを、俺は避けることなどできることない。
その豊満な体と、女の子の臭いは、いくら妹だからと言って脳内に直接刺激を与える。
だから、咄嗟に俺は彼女の肩を掴んで引きはがした。
それでもラビーニャの興奮が止まることはなく、上気した頬と光った瞳が眼前へと迫ってくる。
「兄さん!」
「朝からどうした。近いぞ」
しかし、彼女は俺から離れようとしなかった。それどころから、とても驚くようなことを言うのだった。
「兄さん、なにやらスキルが発現したみたいなのですが」
「えっ」
「包丁を持つと体が勝手に動くのです。いつもよりも切れ味もよく感じます。なんていうんですかね、斬り方が手に取るようにわかるというのですか」
「包丁さばきに関する技能を持ったスキルか……。 料理人あたりか?」
「そうかもしれません、これで兄さんの胃袋もこれ以上にがっちり掴んで見せます」
そんなこんなで朝から大騒ぎしていると、それで目覚めてしまったのかセーラがひょっこりと顔を見せた。
「どういたしましたの?」
「いや、ラビーニャがスキルに目覚めたみたいなんだが」
「呪いが解けて、吸われていた魔力が体に馴染んだのですわね。――鑑定」
セーラはいつものように青い魔法陣を瞳に浮かべる。そして赤い瞳が彼女のことを見通す。
しかし、初めてスキルを身に着けたのだ、自分で確認する必要もあるだろう。
「セーラが見てくれているが、お前も頭の中に集中してみろ、スキルが浮かび上がってくるはずだ」
「えーと、こんな感じですか?」
「見えてきましたわ」
おそらく、ラビーニャのスキルを確認したのは二人とも同時だった。二つの唇は、またもや信じられないことを口にするのだった。
「「スキル<剣聖>」」
「剣聖!?」
剣聖と言えば、歴代の勇者パーティーにも必ずいるスキルである。それがこんな身内にいるなって……。
「レアスキル中のレアスキルじゃないか!」
「勇者パーティーにもいなかったと思っていたのですが、こんなところにいましたのね」
「兄さん、私、どうしましょう!?」
どうしましょうっていってもな。ちらりとセーラのほうを伺うと、鼻の穴をぷくぷくとさせ、何か言いたげにしていた。
だからその目を見ながら、俺は首をひねる。
「どうしましょうって言われてもな……」
「ふふ、決まっていますわ。そのスキルを使いこなした暁には、魔王軍ニュー四天王の座をラビーニャさんに!」
「いりませんわ」
即答であった。すべてを言い終える前に断っていた気がする。
セーラはラビーニャのそんな言葉を予想していなかったのか、驚きの声を上げる。
「えっ」
えっじゃなくて魔王軍の幹部とか人間なら普通嫌がるんだけどな。なんで快諾されると思っていたのかを教えてほしいくらいだ。
ラビーニャは頬をほんのりと染めて、こちらへと視線をよこす。少しもじもじとして見せるが、
そんな悪戯めいた仕草は俺をからかいたいだけだということを俺は心得ている。
彼女には残念なことなんだが。
「私は兄さんと一緒に入れたらそれでいいのですから、それ以上のことなんて求めないのです」
「で、でも四天王になればすごいのですわよ」
「いりません」
セーラはまだあきらめていないみたいだった。価値観の違いが根底にあるということを彼女はわかっていない。
根底にお嬢様的な観念があるのだろう。
だから、こんな具合になってしまう。
「あ、アレとかこれとかできるのですわよ」
「具体例が出てないぞ」
しどろもどろになり始めたころで俺は、セーラとラビーニャの会話に割って入る。
このままだと平行線を迎えそうなので、仕方のないことであった。
とりあえず、今日からの目標を俺は二人に与えることにした。
ラビーニャはいろいろとやることがあって退屈しないであろうが、セーラに関しては放っておいて魔法を使ってしまう可能性がある。
これ以上壊されては破壊に修復が追い付かなくなる。
「まぁ、自衛のためにもスキルは使いこなせた方がいいな」
「そうすれば兄さんの役に立てます?」
「立てる立てる」
「わたくしは役に立てない雑魚女……」
「誰もそんなこと言ってないから」
昨日から少し、セーラは自信を失っているみたいだった。
まぁ、自信満々に宣言しておいて盛大に魔法を失敗したのだから仕方のないことである。
同じ目にあったら俺だって自信を失うこと間違いないだろう。
と思っていたのだが、彼女はたくましかった。
瞳を輝かせた彼女は元気よくこちらへと近づいてくる。
「でしたら今日こそ、魔法でお手伝いを!」
「あーそれは今日はいいかな、あと近い」
「やっぱりいらない子なのですわ、しょせん血だけの女ですわ」
「ふっこれで兄さんの隣は私のものに……」
またもや収拾がつかなくなってきたので俺は手をぱんぱんと叩いた。
「とりあえずだ、今日のうちに訓練場を作るから、それが終わったら各々スキルの練習だ」
「兄さん、任せてください。私にかかればすぐに習得してみせます!」
「うぅ、わたくしも役に立ちたい……」
これ以上ここにいたらまた巻き込まれ枯れないな。とりあえずが機能の続きを行って体。
俺は逃げるように玄関を開けて、そこで待っていた魔物二匹に声をかける。
「というわけで、いくぞゴブたろう、ポチ太」
そして、昨日よろしくポチ太の背中に乗り、訓練場予定跡地へと向かうのだった。
***
作業は意外と早く終わった。
それは俺自身の慣れもあるのだろうが、それ以上にゴーレムからゴブリンに進化した彼らの作業速度が速くなっていたことが一番の理由だろう。
見栄えのしない殺風景な訓練場を見渡して、俺は額の汗をぬぐう。
「まぁ、こんな感じかな」
「そうですな、主様」
隣でゴブたろうと、その他牧場ゴブリンたちが頷く。さすがは同じスキルから生まれただけあって、動きがシンクロしていた。
「まぁ、魔物の訓練場だしな、そこまで本格的なものは作らなくていいだろう。」
適当な岩に、人や魔物を模した的、それに闘技場的なフィールドを用意して、それで終わりである。
あとは必要に応じて拡張していけば問題ないだろう。
種族によって欲しいものとかは違ってくるしな。
俺がうんうんと頷いていると、ゴブたろうは牙の生えた口をにたりとゆがめて見せる。
「でしたら、一つ、われわれと手合わせはいかがですか? 見たところ、少しストレスが溜まっているようですし」
「あー、確かにっていうと怒られそうだ」
「ですから、ここで一つ、暴れていくのはどうでしょう。それにゴーレムから進化した我々の力もお目に入れて差し上げます」
ゴーレムの時でも、多少の魔物ならば対処できていた。
だとすれば進化した今、彼らはどれだけの力を手にしているのだろうか。そんなことを純粋に気に合っている自分がいた。
だけれども、自分のスキルと戦うというのも少しむなしい気がする。
「比べる対象が戦闘スキルのない俺ってのもな」
「ふふ、畜産スキルの進化具合もきっと気づかれることでしょう」
しかし俺とは反対に彼らはやる気満々のようにみえた。
どうやら、暴れたいのは彼らも同じらしい。どうやら俺の感情の一部を共有しているみたいだった。さすがはスキルである。
俺は地面に置いていた木の棒を手に取り、一、二回振って見せる。
「……そこまで言うのなら、お前らに甘えることにするよ」
そう言うと、彼らも又、各々に棒を握り、簡単に構えをとる。
「では、参りますぞ」