魔王の娘、失敗する
家の前に整列していた魔物たちを片っ端から魔物契約の技能で配下にしていく。気が付くと、それだけで半日が終わっていた。
契約に少しの魔力を使うみたいで、百体以上の魔物とそれを行うのは骨が折れた。
もうくたくたである。
俺は牧場の芝生に寝転がり、実験と休憩を兼ねて、魔物把握の技能を使用する。
すると、視界に青い点が無数に光り始めた。もしかして、これが全部配下の魔物か……。
丁寧なことに魔物の総数や種類別の数までもわかるらしい。
総数百十六体、リザードマン系が三十体、昆虫系が四十体、ウルフ系が三十一体、牧場ゴブリンが五体という内訳であった。昆虫系、多くないですかねぇ……。
昆虫系には、彼らには飼料用の牧場を耕してもらっている。
ミミズ系の魔物には土を耕してもらい、蜘蛛や蜂系には虫の駆除をお願いしている。虫が虫を駆除するとかもうこれ訳がわからない気がするけど、一生懸命に働いてくれているみたいだ。
そしてリザードマンの半分がそこを手伝い、苗や種を植えたりして拡張していく。さらに残り半分は飼料作りをしてもらっている。急に配下が増えてしまったから作らなけば、とても配給が間に合わない。幸い、リザードマン種は手先が器用である。細かい作業をさせるにはもってこいだ。
最後のウルフ種であるが、彼らはポチ太についていってもらい牧場犬としての心構えを教えてもらっている。この場合、牧場犬というより、牧場狼というべきだろうか……。そもそも、魔物だから狼でもないな。
余ったゴブリンたちはセーラとともに土木作業である。今日は訓練場を作ってもらいに行っていた。彼女は魔法を行使し、資材を運んだりしてて手伝うと生きこんでいたのだが、体調などを崩していたりしてないだろうか……。
少し、不安である。
と思った矢先であった。訓練場の予定地のあたりから火柱が昇り、遅れて大き音、そして地響きが順々にやってきたのだ。
何が起こったんだ!? まさか、勇者の追手がすでにこの場所を――――
走ろうと力を入れたときだった、俺の頭上を一匹の巨大な狼が飛び越える。
「ポチ太!?」
舌を出し、尻尾を振りまくるそいつは、魔物になってからも相変わらずの犬具合である。
ポチ太は乗れと言わんばかりに体を低くし、俺を待っていた。
「なるほどな、こっちのほうが速いに決まっている」
そのモフモフの体に飛び乗り、頭を撫でる。するとポチ太の尻尾はより一層激しく左右に揺れ始めるのだった。
そして、一気に加速し、少し牧場から外れた場所の訓練場予定地まで駆けていく。そのスピードは俺が走るよりもはるかに速く、まるで風と一体化したような気分であった。
そういえば、こんなに大きな狼の魔物なんて聞いたことないな。ポチ太はいったい何の魔物へと変換されたのだろうか。
俺は魔物鑑定の技能に意識集中する。すると、鑑定結果が最適化された形で頭へと流れ込んできた。
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『ポチ太』<レジェンドウルフ/ウァナルガンド:Lv.20>
・地面を揺らすもの。神々から生み出されたと言われるほどの古い存在であり、狼系の魔物の頂点に君臨している。また、魔物の中でも屈指の戦闘能力を持ち、火炎を操るその攻撃は非常に防ぎづらい。成長と共に力を増していくため、狩れるのなら早いうちがいいだろう。
HP:1393/1393
SP:3726/3726
ATK:529
DEF:364
SPD:716
INT:564
LUK:15
スキル<地面を揺らすもの>
習得技能
・火炎操作
・カミツキ
/ここから先はレベルにより制限されている
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……なんていう恐ろしいものに変換されてしまったんだよ。何で魔物名のところに二つ名前があるんだよ。
普通に俺じゃ勝てないどころか、世間に解き放たれたら普通に街一つ滅ぼせるほどの力あるじゃねぇか。
うん、見なかったことにしよう。
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レジェンドウルフの中でも強い個体にはウァナルガンドの名前が与えられる。その具体的な条件は不明である。
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頭の中で浮かんだ疑問にすぐさまに鑑定の技能がレスポンスを見せる。その対応の速さに俺はため息をつき、首を横に振るのだった。
そうして、乗ってからの記憶をすべて消去した俺は訓練場へとモノの速さで着いたのであった。
「あー、主様。セーラ様がーー」
「違うのウォレン! わたくしは悪くないの!」
爆心地の手前までいった所で訓練所設営チームと俺は邂逅を果たす。そこには魔物だというのに肩をすくめて呆れた顔を見せるゴブたろうと、涙目で顔を真っ青にしたセーラの姿があった。
「とりあえずだ、何があったのかを聞こうか」
「主様、それがですね」
「あー! 言わないで! 言わないでくださいまし!」
ゴブたろうが語りだそうとする矢先に、セーラが声をあげてそれをかき消そうとする。
その姿はまるで駄々をこねる子供のようで、ようやく彼女の年相応な一面が見れたような気がした。
身なりや佇まいだけなら立派なお嬢様なのだ。素の彼女は意外とお茶目なのかもしれない。
まぁ、こんな更地を作り出してしまうのはお茶目すぎるといったところだが……。
「怒らないから聞くが、これをセーラがやったんだな」
「そうでございます、主様」
「言わないでって言いましたのに!」
俺は周りを見渡す。
うん、綺麗なほどに何もないな。
森の中だったはずのこの場所には木々一本も残っていない。それどころか、草が生い茂っていた地面は大きく抉れ、地層の一部まで見えていた。
どんな威力の魔法を放ったんだよ……。
当のセーラは顔を手で押さえてうつむいているが、恥ずかしさでいっぱいになった赤色までもは隠せていなかった。耳と髪の色が同化している。
「まぁ、セーラなりに頑張ろうとした結果だろ?」
「そうですの! そうですのよウォレン!」
ぱぁっと表情を明るくして、彼女は嬉しそうに頷いて見せる。頭のお団子がそれに合わせて揺れていて、どうにも犬のような印象を受けるな。
なんて思っていると、後ろでポチ太がワンと鳴き、尻尾をぶんぶんと振っていた。
彼も又、すごい魔物だというのに、威厳が見当たらないなぁ。
そんな中、ゴブたろうがゴホンと大きく咳ばらいをし、ちらりと俺を窺う。
「とはいえ、これはやりすぎと言っても」
「ゴブたろうは黙ってなさい」
「これはこれは、失礼しました、奥様」
ぴしゃりと言い放つセーラに、何かを言える人間は俺以外いないようだった。
もっとも、人間は俺とセーラしかいないのだが……。
まぁ、怪我人もいないことだし、責めるつもりなんて俺にはない。
それより大事なのは、この後始末であった。
「今日はこの復旧作業で終わるなこりゃ」
むき出しになった地面、舞い散った木の葉に木くず。ごつごつとした岩。
何もなくなったとはいえ、このまま訓練場を立てるわけにはいかない。
どうしたものかと俺が頭をひねっていると、セーラがその瞳に炎を灯す。
「待ってください、わたくしが挽回する機会を与えてくださいませんか?」
「地面を均して、平らにするだけでいいぞ。 抉れた部分が広すぎるからこのまま使っちまおう」
「任せてください、今度はきちんとやって見せますわ」
こうなってしまった以上、大きく抉れた地面はそのまま利用するべきだろう。
だから、この場所をきれいにするだけでいい。
セーラは俺たちの前に立ち、その瞳に魔法陣を宿らせる。
どうやら、やる気満々みたいだった。
上手くいけば、彼女の失敗を取り戻せる話だ。士気は高い方がいい。
「そこまで言うのなら」
「私の魔術適正スキルの力を見せてあげますわ」
声。小さな言葉がセーラの口から紡がれ始める。その意味は俺にはわからない。だけれども、それは実体を伴ってこの場に現れ始める。
風が、唸り始めていた。
「風の聖霊よ、その力をもって、全てを土へと還したもう。 『風華の経絡』」
「うおっ、すげぇ風がっ!」
彼女が叫んだ瞬間に、風が地面を削ぎ始める。そして次の瞬間には周りの木、もろとも風に削がれ、土へと帰っていったのだった。
つまり、被害の出ている場所が広がったのである。
セーラの肩がガクリと落ちる。
どうやら、細かな操作が苦手なようだった。家の中で使われなくて本当によかっ多と俺は今、強く思った。
「……これに何か説明はありますか?」
「ありませんわ、ごめんなさい、ウォレン」