無能冒険者、配下を増やす
「な、なんじゃこりゃあ」
「主様、おはようございます」
さて、今日も頑張るかと思って外へ出た俺はその光景に腰を抜かしてしまう。
なぜなら、綺麗に整列した百体以上の魔物が俺のことを見つめていたのだから……。
二本足で立つトカゲ、リザードマン種に、昨日おとといと何かと出会うハイウェアウルフたち、そして大きな蜘蛛やカマキリ、昆虫種の魔物、彼らは行儀よく並び、俺のことをじっと眺めていた。
彼らの一番先頭、つまり俺に一番近いところにいる魔物が深々と俺に礼儀をする。
そいつは見知った顔であった。
「説明してくれゴブたろう」
俺が見知っている顔、つまりは牧場ゴブリンリーダーのゴブたろうである。
彼はその緑色の顔から牙をのぞかせ、にっこりと笑う。
「そうですね、夜のうちに主様の配下になりたい魔物たちが集まったのです。 これも主様のカリスマのなせる業ですぞ」
「でてねぇよそんなもん」
そう叫ぶも、魔物たちのキラキラとした視線が俺に突き刺さる。
昆虫系の魔物が混ざっているせいか、目玉の数だけでいえば二百以上であることは間違いないだろう。
さて、どうしたものかと俺がため息をついていると、後ろから鈴のような声が向けられる。
そこには赤髪赤目の魔王の娘、セーラが立っていた。
「ここが魔物たちにとって居心地のいい場所になっているのですわ」
「セーラ、起きたのか」
「えぇ、おかげさまで今日はわたくしも全回復ですわよ」
彼女は妹の服を脱ぎ棄て、初めて会った時の服を着ていた。ラビーニャが上等なものといった例の服装である。
それは豪華絢爛でスカートや手首の所にはレースが施されていたり、金糸で装飾されていたり、彼女が正真正銘のお嬢様であることを物語っていた。
そして暗い赤で統一されており、そのドレスはまさしく彼女のために作られたと言っても過言ではない。
フリルで嵩を増したスカートを翻し、彼女はにっこりとこちらに微笑む。
その天使のような微笑みは、俺だけではなく、魔物たちまでも頬が緩ませてしまう。
俺は首を振り、邪念を頭から追い払う。
「それは何よりだ、それでここが何になっているって?」
「魔物のスポットですわよ」
「スポット? 多く魔物が湧くと言われているところか?」
スポット、それは世界を循環する魔力を溜まりやすい場所のことを指す。その場所では溜まった魔力がそこにいる生命体へと還元される。魔力を多く含んだ生命は魔物へと進化するのだ。また、魔物もまた魔力を消費して生きているためにその回復にと、本能的に集まりやすいのである。
また、人間にもメリットがあり、魔力を多く還元されることにより、スキルの発現が早くなるのだ。
セーラの言うところでは俺の家、ないしは牧場がその状態になっているようであった。
彼女は小さく鑑定のスキルを使用する。青の魔法陣が赤い瞳に映し出された。
「そうですわ、ここをスキルで牧場指定しておりますわよね?」
「あぁ、そうした方が家畜が安定するからな。……もしかしてその効果もモンスターに適用されているのか」
その言葉にセーラは頷いて見せた。ふふんと彼女は笑って見せる。
どうやら上機嫌らしかった。
「ご察しの通りですわ、魔物を配下にしに行くのを省けて好都合ですわね」
「こいつらの面倒も見るのか……」
口をついて出るのは大きい溜息である。
だけれども、そんな俺の態度をセーラは許さなかった。
俺の背中を軽く掌で押す。 それは俺に一歩を踏み出せってことを指していた。
「わたくしとの婚約、前向きに捉えてらっしゃるのではなかったの?」
「前向きにはとらえているが……」
「でしたら、もう魔王になったようなものですわ。 もう、取り消せはしませんわよ」
彼女はその大きな瞳を片方だけ瞼に収め、綺麗にウインクを飛ばす。
俺は少しだけ前に立ち、またしても大きなため息をついた。
引き返すことはできないし、引き返すつもりもない。
ただ、今見ているものが現実ではない夢のような気分が、俺の足を止めていた。
「いいか、俺はお前らを配下にしなければいけないらしい」
できるだけ大きな声を出して、宣言する。
切り株の上に立つと、遠くの辺りにいる魔物たちの視線までもが俺に突き刺さる。
たかが魔物だとは言え、注目されるというそのプレッシャーは重く感じた。
「ここに住みたいなら配下にしてやる、だが俺はただ飯を食わすことはしない」
そう、これだけ魔物数が増えるのだ。仕事の数だって比例して多くなる。
それを捌くには、圧倒的に人手が足りない。
「お前らにも働いてもらう、牧場の拡張や、家畜の世話や食料の調達、いろいろと仕事はあるからな」
「わふっ!」
「かくいうこのポチ太も日々働いているのだ」
俺の隣で待てをしているポチ太が鳴く。その姿に狼系の魔物たちが首を垂れる。
俺より、ポチ太のほうがカリスマ出てるのでは……。
そして、俺は後ろで見ているセーラとの会話を思い出した。
昨日の夜の、あの燃えるような瞳がいまだに俺の中で未だ燻ぶっていた。焦げ付いて、消えそうになかった。
だから、言葉を付け足す。
「そして、もう一つ、人間を必要外で襲わないことも俺の配下に入る条件に加えさせてもらう。必要とは主に自衛のことだ、襲われた時のみ、戦っていい。 これが呑める奴だけここに残ってくれ、配下契約を結ぶ」
彼女の父が守ろうとした世界。俺もそれを目指したい。だけれども、それはきっと厳しい歩みになるだろう。
人間だけでなく魔物の中にも反対するものが出るだろうからだ。
だから、この条件を出したとき、目の前のこいつらだって半分も残らないだろうと、俺は踏んでいた。
だけれども、その予想は裏切られることになる。
百体以上の魔物たちは一匹たりとも列を乱すことなく、その場に残り続けるのだった。
「何で全員残るんだよ……」
「これこそ主様のカリスマのなせる業ですぞ」
「ウォレン、カリスマ出てたわよ」
後ろからセーラが抱き着いてくる。
配下ができたのがそんなにうれしかったのだろうか。それとも前代魔王の夢を継ごうとしたことが嬉しかったのか、それは俺にはわからなった。
だから、ただ悪態をつく。
「でてねえよ」
そして、家の扉の隙間から何やら殺気を感じるので、セーラを引きはがすことにしたのだった。