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魔王の娘、語る2

 そう聞かれた彼女は少し俯き、長くなりますわよ、と呟いた。大きな息が隣から吐き出される。

 もちろん、切り株の周りには俺たち二人しかいない。つかの間の沈黙の中で、火のはぜる音だけが鼓膜を震わせた。


 風が吹き、赤い髪が束から線になる。それに気づいたセーラが髪を手で押さえて、ふっと微笑んだ。


「なぜってそれがみんなのためですからよ」

「みんなって魔物のことか?」


 セーラは横に首を振る。その答えは、俺の想像から少し離れていた。


「魔物だけではありませんは、人間のためでもありますのよ」

「人間のため!?」


 どちらか片方だけの味方だと思っていた。だから意外だったのだ。

 俺の喉から出た素っ頓狂な声に、彼女は頷いて見せる。


「そうですわ、私のお父様はとても聡明な方でした。人間と魔物、争いあっても利益が起きることはない。そういつも言ってましたわ」

「魔王は平和主義者だったのか」


 その言葉にセーラは付け加える。


「それどころか、人間のことが好きでしたのよ、お父様は。私のお母様だって人間ですし」

「なに? じゃあセーラは魔物と人間のハーフなのか?」

「そういうことになりますわね」

「なんていうか、普通にお嬢様な感じしかしないとは思っていたんだ……」


 というより、ぱっと見ただの人間にしか見えない。だから助けたし、魔王の娘であることも最初は疑っていたのだが……。

 しかし、それも母親の血が濃くでたというのならそれにも納得がいく話である。

 摩耗の娘であることは脳内に響いた声のおかげで証明されているわけだし。


「お父様は魔物たちを従え、無闇に人間を襲わないようにという布令を出しました。 襲っていいのはどうしても食料に困ったとき、襲われたときのみだって」


 完全に襲うことを禁止すると、魔物達だって飢えてしまう。だから、そんなルールを作ったのだろう。

 だけれども、魔物に襲われたなんて話は街や村でよく聞く話である。ルールが一部で働いていないのか……。人間だって法があってもそれを破る者がいる。

 どこだって同じか。


 セーラは何かを求めるように宙へと手を伸ばす。華奢で白い腕が星に照らされていて、俺の胸はすこしドキリと音を立てていた。

 彼女は虚空を見つめたまま、言葉をつづけた。


「そして、できるだけ人間と仲良くしろって言っておられましたわ。そして歯向かうものを叩き潰した。そうやって抑止力になって魔物と人間の争いを終わらせたのです。そして時がたってお母様と知り合い――――――」

「セーラが産まれた、そうだろ?」

「そうですわね、そして私がこの年になって、勇者が勘違いしてわたくしたちを攻めてきて、お父様は殺されました」


 確かにセーラの言うことを信じると、魔王とはいっても討伐されるようなことは何一つしていない。それよりも人間側から讃えられるような行いばかりだ。


「勘違い、なのか?」

「お父様は魔物も人間も守ろうとした。それは間違いないことですの。おそらく、勇者を手引きした者がおりますわ。暴れたいものや、快楽主義の魔物にとってはお父様は邪魔な存在ですから」

「なるほどね」


 魔王になるとしたら人間だけではなく、魔物とも戦わないといけないのか。

 仮想敵がまた増えてしまった。

 ここにセーラがいるとしたら攻めてくるかもしれないな……。

 防衛のことも考えておかないと。


「このままだと、お父様が作った平和が壊されてしまいますわ。布令も、もう誰も効かないでしょうし……。だから、わたくしがその遺志を引き継いでいきたいのです」


 そう強く宣言した彼女の瞳、そのルビーの赤は強い光を放っていた。夜の中での煌めきはいつもよりも俺を惹きつける。燃えるようなその情熱は俺の胸までもを焦がれさせた。

 そんな熱に充てられてか、俺はニヤリと笑って見せる。


「それで、俺の畜産に目を付けたってわけか」

「配下を育成するのにぴったりでしたので、巻き込んでしまって悪いと――――――」

「いや、手伝わせてもらうさ」

「え?」


 手伝うという二つ返事に彼女は驚きの声を漏らす。

 だから、俺は最もらしい理由を述べることにした。


「今のままだと魔王を失った魔物たちが暴走するんだろう?」

「えぇ、そうですわね」

「いつか魔物の牙が妹に届くかもしれない。そうだろ?」

「まったく、このシスコンは……」


 俺がふざけ半分でいったそんな言葉に彼女はため息を漏らす。

 だから、俺は切り株から立ち上がり、空を見上げた。

 真正面で向かい合うと、まじめに話すのが少し照れ臭くなる。

 だから、これは照れ隠しである。



「それに、魔王様はセーラのためにも人間と魔物を仲良くさせたかったんだろうな。その二つを持ったセーラが生きやすいようにってさ」」

 

 俺は頬をポリポリと掻く。今日出会ったばかりの相手に本音を話すのは少し恥ずかしかった。今までずっと信用できない人間しかいなかったからだ。

 ギルドでも街でも、弱みを見せると、食い物にされる。セーラよりも魔物らしい人間なのだ。


 だから、彼女とこうやって話していて安心した。そして、手伝いたいと思ってしまったのだ。

 単純な話、彼女と彼女の父が守りたかった世界、それが見てみたくなったのだ。


「ウォレン……」


 視線を戻した先のセーラは少し、ほほが赤くなっていた。おそらく、俺も同じようなことになっているだろう。お互い、少し恥ずかしくなってしまったのだ。


 だから、俺は大慌てで彼女に背を向けて、家の扉へと歩き出す。 


「まぁ、なんにせよだ。俺はお前との婚姻契約を前向きにとらえているよ」

「あ、ありがとうございます、ですわ」


 お互い、どこかぎこちなかった。だけれども、俺にとってはその感じがとても心地よかったのだ。

 顔を向けると恥ずかしいので、横目で彼女を見て、俺は手を振る。すると彼女も手を振り返してくれていた。


「それじゃあな、お休み」

「おやすみなさい」


 そうして俺たちは各自の寝室へと戻った。

 

 配下を増やす、か……。


 ベッドに寝転がった俺はその方法について考えているうちに、静かに寝入るのだった。



 翌日、目覚めて家から出た俺は驚くことになる。

 なぜなら、俺の牧場にいる魔物が、増えていたからだった。


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