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架け橋を集めて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あ、この辺りにも歩道橋があるんだ。どうも土地勘がない場所だと、色々なルートを試したくならない?

 これが地元に住んでいたりすると、感想が違ってくるだろうなあ。もしかしたらこの歩道橋、なくてもいいんじゃないかと考えているかもしれない。実際に、ここを通っている人は僕たち以外いないし、交通量そのものも多くなさそうだ。

 やっぱり橋って使われてなんぼだと思うんだよねえ。作るのにも撤去するのにもお金はかかる。投資したからには、なんとしても元を取らなくっちゃと思うのは、誰だって同じはず。それがどれほどの額なのかは分からないけど、なんとなく残ったままになっちゃうのは、致し方ないことなのかなあ。

 そんな橋について、僕もちょっと昔に不思議なことを体験してね。その時のことをお話ししようか。


 僕の地元では、大きいものは陸橋から、小さいものはまたぎ越せるくらいの幅の川にかかった橋まで様々だ。

 家の近くには田んぼが多かったからね。台車に乗せて色々なものを運ぶのには、ちょっとした川を渡るのにも、足場が必要だったというわけ。自然、僕たちもその橋を使って往来をすることになるのだけど、ある春の日のこと。

 委員会の集まりがあって、学校から帰るのがみんなよりも少し遅くなってしまった時だった。

 家にほど近い小川。せいぜい一メートルほどの幅なんだけど、そこにかかる橋の桁の下で、友達のひとりがせっせと何かを集めている。僕がそっと橋の上からのぞき込んでみると、どうやら土が相手らしい。

「泥遊びかな?」と、僕はちょっかいを出すために、その場から身軽にジャンプ。三メートルほどの高さを飛び降り、彼のすぐ後ろに着地。物音にびくっと肩をふるわせた彼だが、僕の姿を見ると、安堵のため息をつく。

 すぐ近くに立って分かったのだけど、どうやら彼は、ただ土をこね回すわけではなく、持参してきたと思しき、両手持ちのシャベルの刃の上で薄く引き延ばしたりもしていた。

「やけに凝っている遊びをしているな」とつぶやくと、耳ざとく言葉を捉えた彼は、「遊びじゃない。より分けだ」と胸を張って答える。


 彼はどうやら、橋の下に溜まる橋桁のカスを集めているようだった。

 重いものが通ったりする時に、舞い落ちる橋の一部の破片。それこそがターゲットなのだと。

 実際に収穫を見せてもらう。友達が地べたに置いた小さなビニール袋は、ところどころに乾いた土ぼこりが張り付いている。今日だけでなく、かなり前から使っていると思われた。

 その中は、やや泥がへばりついた木くずが、たくさん入っていた。それこそほとんど砂のようにも見える細かさで、これを土から選り分けたのかと考えると、その労力は推して測るべし。


「橋を作りたいんだ」


 理由を尋ねた僕に、彼はそう答えた。

 集めたこれらは元々、橋を作った職人たちが汗と力を込めて作ったもの。それらは時間と共に剥がれ落ちてしまい、橋ではなくなってしまう。そうなれば彼らの時間も、そこで終わりだ。

 だから自分が注目する。それを集めて、元あった橋の魂を守り、未来へつないでいくんだと息巻いていた。


 表向きは大層な願い事だけど、僕にとってはよくある、しょーもないコレクター魂に火がついてしまったに過ぎないだろう、と感じるものだった。

 それでも脇目も振らず、せっせと土をかき集めてはサルベージに熱中する姿をはたで見ていると、「実は面白いんじゃないか」という考えも首をもたげてくる。

 手伝ってもいい? と申し出ると、彼は「自分の家からシャベルと袋を持ってくれば、いいよ」とのこと。早速、家に戻った僕は、言われた通りの道具を持ってきて、彼の仕事を手伝い始めたんだ。

 最初のうちは、泥に混じった細かいくずを判別していくのは、べらぼうに大変だった。丹念に広げてみて、確かに何も残っていないと思えるものでも、彼に見せてみるとぼろぼろ姿を現す。それこそ、わら一本にすら劣る細さ、柔らかさを持つブツでも、取りこぼしがない。

 やがて僕はひたすら土起こし。彼が選り分けで役割が分担され、その日は日が暮れるまで作業を続行。彼と僕の二人の収穫は、それぞれのビニール袋の半分ほどのかさになった。


 それからというもの、放課後に暇を見つけては僕と彼は、地元にある様々な橋のもとに赴き、採集を行ったんだ。最初に行った橋と同じような小さい橋から、陸橋、川に架かる橋、時には自動車専用道路下にまで足を伸ばしたことがある。

 最後の専用道路となると、軽く市をまたぐことになり、何日もかけてサルベージをしたことがある。

 橋下の空間というのは、道路が通っていなければ、何かと有効活用されているもの。公園だったり、公民館らしき建物が建っていたり、最寄り駅の自転車の駐輪場だったり。場所によっては金網に囲まれて、その中はうっそうと茂った草たちに囲まれた、粗大ゴミたちの楽園と化していることも。

 そこを巡った。公園や公民館周囲の土をひっくり返すのはもちろんのこと、金網も身軽に乗り越えて、廃油の臭いが鼻につくゴミ捨て場の中へ潜り込んだ。

 普段、出入りするであろう金網切れ目の扉は使わない。なぜならすでに冷蔵庫やら、ショベルカーのアーム部分やらといった粗大ゴミが、入り口近くにどっちゃり溜まっていて、それ以上、入り込む隙間がないからだ。

 だが、それは入れ方が下手くそで、整理する人が誰もいないからそうなっているだけ。外から回り込めば、案外、子供二人が忍び込める空間が空いているものだ。

 それこそ数ヶ月に及ぶ作業。時々響く、頭上を通る大型トラックの、タイヤのうなり声。耳を塞いでしまいたくなるけたたましさと共に、ボロボロとほこりが落ちてきたりして、それが特に狙い目だったりする。

 あるいはゴミの上、あるいは茂った草の中。普通なら紛れてしまって判別がつかなくなるそれらを、彼は的確に拾い集めていく。


「そろそろ橋作りに取りかかろうか」


 そう彼が声を掛けてきた時には、すでに私たちはビニール袋三つに、満杯になるまで砂が詰まっていた。


 実際の橋作りとはいかなるものか、と思っていると、彼は木でできたミニチュアの模型を見せてきた。

 高さ5センチ。長さは80センチほどで、横から見ると、桁の部分が三角形と逆三角形を、交互に横へ連ねる構造を持つ吊り橋。彼は「ワーレントラス構造っていうんだよ」と、自慢げに話してきた。

 そこからの私たちの仕事は、このミニチュアの骨組みに、これまで採集してきた橋くずたちをくっつけていくこと。木工用ボンドをパレットの上に垂らし、それに各地のくずを混ぜ込んで、骨組みの上に塗りつけていくんだ。

 この時の筆も、習字に使う小筆よりもなお小さい、たこ糸程度の細さしかない毛先を持つものだった。彼の指示に従って腹ばいになりながら、不必要に塗りたくらないよう、細心の注意を払う。

 ボンドを塗ったところは、その日はもう作業せずに乾かすのにあてる。日を改めてしっかり固定されたのを確認したら、今度はくずたちに色をつけていく。

 これも彼なりのこだわりがあるようで、足下に近い部分には、家の近くの橋の色に近い、明るい黄土色を採用。対して桁より上の部分には、黒に絶妙な加減で白を混ぜ込んだグレーで塗っていく。

 どうやら影のつけ方にもこだわっているようで、せっかく作った色も一筆しか入れない箇所もある徹底ぶり。美術が苦手な僕にとっては頭の痛くなる作業だった。


 それから一ヶ月ほど、綿密な調整をして。

 ようやく彼がオッケーを下した時、そこには都会で見かけるものと遜色ない出来の、見事な吊り橋ができていた。とはいっても、通れそうなのはせいぜいバッタ程度。僕たちの一足で、たちまち粉々になってしまうだろう。

 彼は正味、一年近く掛けた大工事に、すっかりご満悦といった表情。筆で色を塗る時と同じように腹ばいになると、中指と人差し指の二本で、指人間を形成。橋桁の上をとことこと歩かせていく。


「ぷっぷー、未来へまいりま〜す」


 そうアナウンスしながら、橋を完全に指人間が渡り終えた時。


 指人間が消えた。それどころか、あれほど丹念に塗った色つきの砂たちもすっかり消えて、最初に彼が見せてくれたもの。木でできた骨組みだけになってしまっていたんだ。

 はっと顔を上げると、彼の姿もまた影も形もなくなっている。彼がいたあたりで手をふわふわと動かしてみても、手応えはまったくなし。

 林の奥でやっていたことだから、目撃者はいない。僕は背筋の冷たさに押されるまま家に逃げ帰り、このことは親にも話さなかったんだ。

 その晩、彼の家から彼が行方不明になったという連絡網が回ったけど、僕の言葉など親たちは信じないに違いない。そう思って黙っていた。


 もしかしたら、彼は自分が望んだとおり、かつての橋職人たちと一緒に、未来へ旅立ったのかもしれない。

 あの橋がどこにつながっているのか。彼とまた生きて会える日が来るのか。

 今もまだ、答えが出ていないんだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです! 橋桁の欠片を集めるなんて初めて聞きました。しかも、それだけを的確に拾い上げるなんて……。 その情熱が、どこか超えてはならない場所に架かってしまうほどの、超大作を造り上…
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