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「普通」で始まる英雄伝説  作者: バナナ氏
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国境の砦

「ああくそ。何て石頭な連中なんだよ」


 報告を受けたヘーゲルは、ソファを恨めしげに殴りつけていた。


「はい。我々の使節団を背後から襲撃されるというのは、まさか私も想定していませんでした」

「けど、そのまさかだ」


 リツキーがため息をつき、ヴィシュカは暗い顔をしている。


「もはや無視することはできない。使節団がめられたことは、国が嵌められたことと同じだ。こうなったら――僕が行こう」


 そして、その様子はいつもと違ってなぜか悲観的で、焦りがみられる。


「自分は、それではいけないと思います」


 はやるヴィシュカにそう言って制止したのはダレスだ。


「それは、なぜだ」


 当然、ヴィシュカは理由を聞こうとする。しかしダレスは、言葉がうまくまとまらない様子だ。


「殿下が行ったところで死ぬのがオチです――おそらく、そういうことでしょう」

「いや、それも、何か……違う、気がするんだよなぁ」


 リツキーのフォロー(?)に、どうにも納得がいかないダレス。納得しろなんて無茶だと思うヘーゲルにも、場をまとめる方法はない。


「じゃあ」


 ついにヴィシュカは三人に背を向けた。


「僕はここで」


 ゆっくりとした足取りで扉へ向かい――そして、振り向く。


「僕は……黙ってたけど、ずっと許せなかったんだ。父さん……父上が送った書状も、こんなふうに突っぱねられたのかもしれないと思ったら……仮にも王族として、やっていけない。申し訳ないんだよ」


 そう言い残したヴィシュカの姿は扉の向こうに消え、部屋にはただ茫然としたヘーゲルら三人が残された。




(理由を突き止めるんだ。理由、理由、理由、理由……)


 心の中で唱えながら、ヴィシュカは王城のじめじめと暗い抜け道を歩いている。


 しかし、身に着けているのはいつものシルクの長衣ではなく、アルティア王家に代々伝わるとされる、ただ置いてあるだけなら装飾品のように美麗な濃紺色のうこんいろの鎧――【王家の鎧】だ。首回りや胸部などには金細工が施されていて、その彩りのアクセントになっている。ちなみに、これはいくつかあるうちの一つなので、ヴィシュカが持ち出してもきっと大丈夫だろう。


 そして、腰には細身の剣が鞘に収まってある。それもただの剣ではなく、昔、建国の英雄であり初代国王である人物を支えた魔法剣士が肌身離さず身に着けていたとされる、飾り気が無いながら高い魔力が秘められた逸品、【ガレフの剣】。


 これがなぜ素晴らしいのかというと、一般的に魔力は特定の鉱物に宿るとされていて、その効力は使う鉱物の量によって異なる。よって、高い魔力を得ようとすれば、必然的に飾りがゴテゴテしたものになるはずなのだ。


 それなのに、【ガレフの剣】には何の飾りもなく、最も魔力の高いきんすら一切使われていない。それが、奇跡だといわれるゆえんである。


 だからと言って、その性能を生かすのは、装備者自身のはずだ。それが分かっているのかいないのか、ヴィシュカ親王は抜け道から外に忍び出た。


 途端に、太陽がまぶしく輝く。暗いのに慣れていた、ただでさえ細い目をヴィシュカはさらに細めつつ、あたりを見回した。


 そこには、黒毛の馬が繋がれている――もちろん、ヴィシュカが前もって手配しておいた馬だ。城壁にある秘密の扉を開け、王城の背後に広がる深い森に乗り出していった。




 木々の間を縫うように緩めのスピードで馬を走らせ、森を抜けてしまった時には、すでに城などどこにも見えない。それはすなわち城からもヴィシュカを発見できないということで、都合のいいことだ。


(町で休んだら……連れ戻されるか)

などと家出少年のような考えを巡らせるが、どうしても腹は減るし、疲れて眠くなりもする。普通ならばここで、これからどうするべきか悩み始めるところだが、気が急いているヴィシュカは無茶をしてしまう。


 黒毛の馬に鞭打ち、ノルジアとの国境まで突き進むことにしたのだ。




 そして、長い国境の壁にある唯一の入り口、通称【国境の砦】にたどり着いたころには、すでに日が落ちようとしていた。燃える地平線を背にして、(砦にいる者たちからすれば相当失礼なことに)馬に乗ったヴィシュカは鉄の城門目掛けて真っ直ぐ突っ込んでいく。


「おいキサマ、待て! どこの何者だ?」


 鋭い声の主は、門を守るゴブリン兵士だ。つるりとした肌は緑で、頭は禿げ上がり、人間と比べて痩せており背が低い。びた短剣と粗末な鎧で武装しているが、ヴィシュカは幼いころから厳しい稽古を受けているので、吹けば飛ぶような相手である。しかし、今は少なくともまだ友好的な用件でここを訪れたのだ。彼らを斬り捨てるわけにはいかない。なのでヴィシュカは剣を抜く代わりに声を張り上げた。


「私はアルティア王国親王のヴィシュカだ! 【魔王】殿についての用件があり、王都アルティアレアより単身参った! どうか砦をお通し願いたい!」


 しかし、数体のゴブリンは門を開けようとする素振そぶりも見せない。それどころか、こう言ってゲラゲラ笑うのだ。


「へっ、ビビりな王国のヤツが一人でこんなトコに来るかよ。しかもさ、【親王】って何だ? 美味しいやつかな?」


 やはりか、とヴィシュカは顔を歪めた。そもそも、今自分が名乗った【親王】というのは、ヴィシュカが初代なのだ。知らないのも、確かに当然かもしれない。


 そのヴィシュカに構わず、ゴブリン兵士らは短剣を前方に突き出すように身構える。ニタニタと笑うその様子だと、楽勝だとでも思っているのか。今のヴィシュカは精神状態が普通ではなかった――少なくとも、立場をわきまえず城を飛び出して、そのまま国境まで突っ走る無謀な旅をする程度には――ので、ゴブリン兵士らのその態度が気に食わないと感じたままに、抜剣ばっけんし、目つきをできるだけ鋭くして、ゴブリンらを睥睨へいげいした。


「お前たちが何のために国境を封鎖するのかは分からない! だが、どちらにしても、僕はここを通らなければならない事情がある! アルティアの市民の暮らしが脅かされているんだ!」


 ひと呼吸溜めて、最後の言葉を言い放――


「待て! その人間の言うこと、一度確かめるべきだ!」


――とうとしたが、上から降ってきた声により遮られてしまった。


「彼の言うことが正しければ、そいつは他国の王族だ。そんな者を殺せば、外交問題だろう。今の国情をかんがみれば、戦争になるのは避けたい」


 振り仰げば、その声の主(おそらくは男だ)は城壁の上に立っている。いつの間にか日はすっかり沈んでいて、黒い鎧のその人物は星のない空に溶け込んでしまうようだ。


「が、ガーシュ中将!? どうしてこんなところに!?」


 ゴブリンらが騒ぎ始める。ヴィシュカは背筋が凍る思いがした。というのも、その騒ぎ声は自分の周り全方向から聞こえた、すなわち、知らず知らずのうちに包囲されていた、ということに気が付いたからだ。


 ガーシュと呼ばれた男は、ゴブリンの質問には答えず、城壁の向こう側に消え、そして鉄の門は、ざらざらした金属がこすれあう耳障りな音を立て、ゆっくりと開かれていった。


「……畜生。早く通れよ」


 門番という仕事で数少ない獲物が来たのに、仕留めるのを邪魔された、と思っているのか、ゴブリン兵士はふて腐れて、ぼそっとそう言う。


「お疲れ様」


と皮肉を言い、ヴィシュカは門の中へと馬を進めた。




 ヴィシュカは砦の指揮官室に通された。そこで待っていたのは、執務用に置かれた机の傍らに黒の鎧兜姿で立つガーシュと、中将である彼に遠慮してか座らない、おそらく砦の指揮官であろう鋼鎧の人間の男だ。


「……間違いないな。あなたはアルティアの王族の者だろう?」


 ヴィシュカの左胸の勲章をしっかりと見て確認し、鋼鎧の男は言う。


「陛下に直々に伝えねばならない要件とは、何かな?」


 陛下、というのは、【魔王】の事だろう。


「わが国では、数十年前からゴブリンやスライムといった魔物が町や農村に現れ、様々なものを略奪して去っていくという事件が報告されており――」


 そこまで言ったところで、男が話を遮った。


「話の途中で済まないが、それは具体的に何年前からの話だ?」

「確か……五十年ほど前だと、父上は言っていた」

「五十年前……か。我が国が領土の拡大を始めたのが、そのあたりだったというが……」


 鋼鎧の男は考え込む。ヴィシュカは、用件の続きを伝えることにした。


「それとこれとの関係は……あまりないかもしれないな。その事件において、死人が出た事例も少なくない。市民の暮らしの安全は損なわれている。抗議文を幾通も送ったが応答がなかったため、ノルジアの元首に直接の厳重抗議を行うべきと考え、私はここまでやって来たのだ」


 まだ立ったままの男は目を閉じて何やら考え込んでいる。そこで、これまで無言だったガーシュが、やっと口を開いた。


「貴殿の言い分は理解した」


 話が通じた、とヴィシュカは一瞬ほっとする。しかしそれも束の間、次の一言で、冷や水を浴びせられたような気持ちにさせられるのだ。


「しかし、我々にそのような報告は上がっていない。そして、抗議文も、我々のところには届いていない」

ガーシュの兜はフルフェイスで、顔は見えない、ということにしておいてください。

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