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「普通」で始まる英雄伝説  作者: バナナ氏
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1.外交問題発生

 あるところに、小さな国がある。その国、アルティア王国では、先の国王を亡くしたばかりで、残された双子の王子が協力しあって国を治めようとしているところだ。形式上、赤毛を短く刈り、精悍せいかんな顔立ちの兄が「国王」、鶯色うぐいすいろの髪を背中の中ほどまで伸ばし、いつも柔和な笑みを浮かべる弟が「親王しんのう」となって。



 そんなある日のこと――父のに服していた双子が即位式を終えた、その日のことだった。


 王の居室の扉が、四回ノックされる。


「誰だ?」

 二十三歳の新国王ヘーゲルは、慣れない豪奢ごうしゃな衣装を着崩し、しっかりとした広い背中をソファに沈めたまま、緩んだ声で応答した。なにせ、つい今の今まで、苦手としている儀式ばった空間に何時間も閉じ込められていて、やっと戻ってこられたのだ。少しは休憩させてほしい。

「ダレスです」

「ああ、入れ」


 重厚な石の引き戸が、その見た目に似合わず、音もなく開いた。摩擦を限りなく小さくする魔法がかかっているのだ。代わりに、動きの固い蝶番ちょうつがいが、その場に見合った扉の重みを演出している。


 くすんだ緑色の髪はオールバック。ヘーゲルの親衛隊長ダレスは30代前半で、身長こそ低いが、ヘーゲルに負けず劣らず体格ががっしりとしている。しかも形式的なこと全般が苦手なあたり、あるじにそっくりだと言えるだろう。身の丈ほどもある大剣とごつごつした金属鎧で常に武装していて、それは今も変わらない。


「ところで、何があった? 顔が引きつってるぞ」

「ああ、はい。それが……」


 いつになく固いダレスに、ヘーゲルは笑う。

「何だ? 今日も誰かさんに難癖なんくせつけられたかな?」

「いいえ、そうではなくて、どうやら外交問題ガイコウモンダイというやつらしいです」


 ヘーゲルの表情も固まる。腕を組んだ。

「ふむ」

「辺境の町でのことです。隣国ノルジアから国境を越えて、亜人ゴブリンが数体侵入し、穀物倉庫を襲撃した模様」

「なるほど。被害のほどは?」

「町の門番と倉庫の兵士、合わせて三人が死亡したらしいです。そのほか、駆けつけた民間人の男性が一人、斬りつけられて治療中。全治2週間だそうです」


 ヘーゲルは大きなため息をついた。

「なかなかやってくれたな……。それで、そのゴブリンは?」

「収穫直後ということもあって、倉庫には小麦が数百袋ありましたが、ゴブリンは一体につき一袋を持ち去ったという報告が上がっています。これが報告のすべてです」

「……分かった。報告ありがとう」

「ヴィシュカ様には、リツキーが伝えていると思いますが……やはり、意見交換はするんでしょう?」


 ようやく、ヘーゲルの表情が和らいだ。

「もちろん。こういう時には、ヴィシュカは頼もしいんだ」



 同じようにその問題を耳にした親王ヴィシュカは、居室に置かれた木の机について頭を抱えていた。双子ではあっても兄ヘーゲルと違ってやせ形で、色も白い。身を包むのは、真っ白なシルクの長衣だ。金色の目が大きく見開かれたことは、ほとんどない――最近は、特に。


 その傍らには、親衛隊長のリツキーが直立している。彼は二十七歳の若さで王国一の魔導師とも言われるほどの魔法の名手で、神官の黒ローブをまとい、いつも澄ました顔で、ヴィシュカのそれより長い黒髪をかき上げるのだ。


 時折、人の気持ちを考えない一言を発するが、誰も文句など言わない。それは、とある貴族の謀叛の際、その貴族の腹心の部下による襲撃を受けて魔法を封じられたリツキーが、巧みなステッキさばきで敵を打ち倒し……そのまま頸椎をへし折って殺害した、という話を、ヴィシュカ親衛隊員の一人が城中に言いふらしたからだと言われている。


「これって何回目だっけ? ノルジアの【魔王】は何をやってるんだ?」


 ヴィシュカはため息をついた。というのも、実はこれまでにも何度も、魔物族の王である【魔王】が治める隣国、ノルジアからは、ゴブリンをはじめとした弱小の魔物らが群れをなして領土侵犯りょうどしんぱんを繰り返し、王国民に対して乱暴狼藉らんぼうろうぜきをはたらいてきていたのだ。


「記録に残っている限りでは、これで三四二さんびゃくよんじゅうに回目です。しかし、死者が出ず、怪我人も多くなかった、小規模な略奪りゃくだつ事件は記録に残っていませんので、その実数は……千はゆうに超えるでしょうね」


 無駄に報告したリツキーはさらに続ける。


「それで、【魔王】が何をしているかというと、おそらく対策を取れない何らかの状況下にあるか、そうでなければ、面倒だから無視していると考えるのが妥当ではないでしょうか」


 ヴィシュカはもう一度ため息をついた。

「父上は、こういうことがあるたびに書状を送りつけていた。けれども何度やっても結局、何の音沙汰もないんだ」


リツキーは神経質に愛用の黒ローブ【アクシュミナ】を整えながら答える。

「私が知っている限りでは、かの国の鎖国体制の下、国の外から来たあらゆるものは、いったん全て持ち込みがあった町の倉庫にとどめ置かれるとか。捕縛ほばくした盗人ぬすっとスライムから聞くところによれば、場所にもよりますが、国内でさえも手紙が届くには最短三か月かかるそうです」


 呆れたヴィシュカが何か言おうとしたところで、素朴な木の扉が四回ノックされた。こん、こん、こん、こん、と、聴いていて気持ちのいい音が、部屋中に響く。

「入っていいよ」と、この部屋の主ヴィシュカは答えた。

「じゃあ、そうしようかな」

 そう言って入ってくるのは、双子の兄ヘーゲル王をおいて他にいない。そしてこの時も、傍目はためには双子どころか本当に同じ腹から生まれたのかも怪しい、赤毛の若者が扉を開け、部屋に踏み込む。


「よう」


 その声も、手を上げるしぐさも、いつもより硬い。それを見たヴィシュカは、一番に本題を切り出した――ヘーゲルはそのつもりで来ているのだ。


「やっぱり、ヘーゲルもあの話は聞いたんだな」

「そうだ。それで、突然だけど、どうするべきなんだろうな? 親父は手紙を送ってたが、それっぽい効き目は全くない。だから、何かもっといい方法を思いついたりしてないかなーと思っている」

「すまんが、何もない」

「そうか……」

「うーむ……」


 二人揃って唸っていると、それまで全く動かなかったリツキーがじっとこちらを見ているのにヴィシュカは気付いた。少し遅れて反応したヘーゲルが尋ねる。

「そうだ。どうだ、リツキー。何かいい考えはないのか?」


 リツキーはしばし目を閉じ、そして、語り始めた。

「……ノルジアは魔物の国です。魔物はその種族そのものの特性として、計算高い。こちらとしては信用ならぬ者たちです。その上彼らは争いを好み、昔から我々人間と激しく対立してきた歴史があります」


 一つ呼吸を置く。


「……彼らが、今は亡き前国王の書状を本当に彼らの王に届けていたかどうかは未知数。しかも、その王――【魔王】と呼ばれるそれが勢力を伸ばし、この地域の魔物を従えていったのは、長い歴史でみればそう昔の事でもありません。魔物たちの【魔王】に対する不満は、実は高いかもしれない」


 最後に結論をはっきりと言い切った。


「要するに……本当に、【魔王】に前国王の書状が届いていたかどうかを確かめるため、使者を送り調査を促すべきだ、というのが、私の意見です」



 ヴィシュカは少し考えたが、そこに穴はないように思えた。ヘーゲルも賛同する。

「なるほど。自分で届けに行けばいいのか」

「じゃあ、誰が行くか決めるのは総務に任せよう。使者には、こちらからの書状も持たせておく」


 すぐに動き始めたリツキーは、風のように立ち去る。「失礼しました」という退室の声掛けは、いつも通りその数秒後にヴィシュカの耳に届いたのだった。



 その翌日には、国王の書状を持った正式の使節団が、馬の脇腹を蹴って出発した。書状には、新たに国王が決まったということで、前半部には挨拶が書かれている。そして、後半に、いわゆる苦情を載せているのだ。

「初めっから嫌事いやごとを書くのもなんだけどな」

とはヘーゲルの弁であるが、

「仕方ないよ、どうせ手紙を書くなら、用件はまとめて済ますべきだ。……そうだ、ある人に手紙をやたら頻繁に送りつける人を何て呼ぶか知ってるかな?」

とヴィシュカに言われ、素直に署名サインした。



 しかし、鎖国体制下のノルジアは、予想をはるかに超えてわけのわからないことをする。


「?」


 見張り台に立っていた兵士が、何かに気が付いたように目を細めた。そして、思い出したように腰のスコープを持って目に当てる。

 少し左右に揺れたのち、丸く切り取られた視界の端を、何かがよぎった。慌ててそれを追うと、自分と同じ鎧を着た人物が、こちらに向かって歩いてきているのが映る。


「何だ、あれ」


 思わずつぶやきながら、スコープの倍率を上げると……。


「ちょっと待て。あれって」


 歩いてきているのは、ほんの数日前に馬に乗って出発した使節団の団長と同じ顔をした男だったのだ。

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