39 ヨハン殿下のところへ
朝、お兄様といっしょにピエールを迎えに行きます。ピエールといっしょに学校行くからお兄様は歩いて行ってね、なんて口が裂けても言えませんからね。
転移魔法陣を使った転移なら一人しか同行できませんけど、転移魔法陣なしなら人数に制限はありません。人数が増えると魔力的に厳しいので実質的な制限はあるんですけどね。
この制限は面倒なだけって感じですが、これはこれできっといろいろな意味があるんでしょう。そうでないとわざわざ制限のために転移魔法陣に複雑な術式を加えたりしないでしょうからね。
転移魔法陣で二回転移したほうが戻ってくる分を加えても、魔力的にははるかに少なく済むんですけど、面倒ですので一回で済ませてしまってます。
ただ、転移した瞬間をオーギュスト校長あたりに見られるといろいろ説明が面倒なことになるかもしれませんね。
お兄様と別れて教室へ向かう途中でピエールに今日の特待生専用喫茶室での計画を話しておかないといけませんね。
ヨハン殿下に接近するに当たって、ピエールに変な誤解をされるのは嫌ですから。
「……というわけで、今日ヨハン殿下のところへ遊びに行けるようにお約束しないといけないんですよ」
「……シャルも大変そうですね……」
ピエールが温かい目で見てくれてますけど、大変なんですよ、実際……
いったい、どんな風に話しかけたらいいのやら。
昼食を終えて、特待生専用喫茶室に行くとすでにヨハン殿下は居られました。わたしは不自然でないように向かい側の席につきます。いつもより少しずれているんですが、決して席が決まっているわけではないので、このくらいなら自然だと思うんです。
ヨハン殿下は同学年のカロンとお話になられてて、なかなか話しかけるタイミングがつかめません。
なんとか少しだけ会話になったんですが、どうも会話に詰まってしまいます。
普段でもなかなか共通の話題が少ないのに、わたしが緊張しているせいもあって、なんかギクシャクしてしまっているようです。
「そういえば、シャルの召喚魔法ってまだヨハン殿下にお目にかけてないのでは?」
横からピエールがフォローしてくれました。
「召喚魔法とはどのようなものなんだ?」
ヨハン殿下も興味を示してくれたようです。ピエール、ナイスです!
「魔法陣から虫や動物を呼び出すんです。この世界に実在しない精霊界の動物も呼び出せるようになりました」
「ほー、それは興味深いな。ここで見せてもらえるのか?」
「蝶くらいなら、ここでも召喚できるんですが……」
「蝶ではつまらないではないか」
「ここで動物を呼び出すと、お茶やお菓子があって皆に迷惑がかかりそうで」
「ふむ、それはそうだな」
「いかがでしょう? ヨハン殿下の家とかに行って迷惑でないのならいつでも参りますが」
「おー、余の家までわざわざ来てくれるのか。歓迎するぞ、さっそく今日にでも……」
「お待ち下さい。さすがに今日いきなりとなりますと、殿下の家の方にも迷惑がかかりそうな気がして……」
「そうか? まぁムリを言ったらそなたにも悪いな、では明日でよいか?」
「明日ならばよろしいかと」
「よし、では明日参るが良い。母上にもそう申しておく」
よかった。なんとか明日ヨハン殿下のところへ行く約束がとれましたよ。
教室に戻る途中でそっと、小鳥を呼び出してお母様のところに連絡しておきました。
翌日の授業後、お母様といっしょに馬車で王太子宮へ向かいます。ヨハン殿下は父親である王太子と共に王太子宮に住んでいるそうです。王様の一族は皆、お城にすんでいると思っていましたよ。
前世でも王太子宮とか縁がない場所でしたので。
王太子宮の門の警固はわたしの家とは比べ物にならないくらい厳しい感じです。ある程度政務などで出入りする人の多いお城よりもある意味閉ざされた雰囲気ですね。
物々しい警固の門で長いこと待たされましたが、やっとのことで玄関までたどり着けました。
王太子宮にはわたしたち以外に本日招かれていたカロンが先に来てました。
年下の男の子ではありますが、知った顔がいると少し落ち着きますね。ヨハン殿下と二人となるとどうにも会話の間が持たなくなる恐れがあるのでとても助かります。
お母様は王太子妃殿下と思われる女性とお話しています。
「シャルロット、待ちかねたぞ。さぁこちらへ来るんだ」
わたしはヨハン殿下に連れられていきます。子供は子供たちだけでってことなんですね。
きっとお母様の王太子妃殿下へのお話は時間がかかると思うので、わたしもヨハン殿下と長時間過ごさなくてはならないようです。
「さっそく珍しい動物を召喚するがいい」
悪気はないと思うんですが、普通に命令口調なんですよね、ヨハン殿下は。
珍しい動物というのがリクエストですけど何にしましょう?
あまり大きい動物はまだ召喚できないんですよね。
わたしはポケットから魔法陣を描いたハンカチを取り出し、床に広げました。
召喚する動物のイメージを思い浮かべ、魔力を魔法陣に注ぎ込みます。
魔法陣が青く光り輝き、一匹の動物を召喚しました。
イッカクピンクウサギです。
イッカクウサギは弱い魔獣としてよく見かけられますが、ピンク色のものは精霊界にしか存在していません。
「いかがです?」
ヨハン殿下の様子を見たところ、ちょっとガッカリした感じ。
なんか期待を外しちゃったかな?
「ピンク色なのは初めて見たけど、ただのイッカクウサギではないか」
うーん、外見からして珍しい動物じゃないといけないのか。難しい注文ですねぇ。
しかたなくわたしはイッカクピンクウサギを精霊界に戻しました。
いろいろ考えた結果、よさそうなのを思いつきましたよ。
再び魔力を魔法陣に注ぎ込みます。
魔法陣が青く輝いて呼び出したのは、プチドラゴン。
手のひらに乗るサイズの小さなドラゴンです。
こんなドラゴンでも、ちゃんと飛べるし、ブレスも吐くんですよ。
ヨハン殿下の目がすごく輝いています。これは当たりでしたね。
わたしがプチドラゴンに指示を出すと、プチドラゴンは小さな羽根を羽ばたかせて、ヨハン殿下の手元まで飛んで行きます。
ヨハン殿下の興奮は最高潮のようですね。
結局ヨハン殿下は、このプチドラゴンがとてもお気に召したようで、わたしが帰る時間までずっとプチドラゴンに夢中になってました。
「また近いうちに来るがいいぞ」
ヨハン殿下に見送られて帰途につきます。正直気疲れがひどいのであまり来たくはないのですけどね。
でも、今の言い方は「また来い」って意味ですよね。どうしましょうか。




