タンスの中から
これはある夫婦の赴任先での話。
家具付き女中付きの豪邸を借りて、高級気分を味わっていたある日の事、女中に留守を頼んで出掛けた。
早めに用を終えて帰ってみると
「あなた、玄関、鍵掛かってないわよ」
「鍵掛けるの忘れたのかなあ。門は掛けてあったな」
「玄関だって掛けないとだめよ。ちゃんと、鍵掛けなさいよ、って言ってあるのに、もう、ここは物騒なんだから」
それで中に入ると、玄関を入った所の右側にある階段から、女中が髪をかき上げながらバタバタと降りてきた。
「あら、二階に上がって何してたの?」
「いえ…あのう掃除してました」
「掃除?」
「はい、階段とか」と、言いながら階段を塞ぐようにして立っている。
この女中、年の頃は二十五、六だろうか。肥満タイプで、体重は小柄な奥さんの倍位ありそう。
「あ、そう」不審に思った奥さんは、女中を押しのけるようにして二階に上がる。
「キャア~!!」二階から悲鳴。
「なんだ、どうしたんだ」旦那が二階に駆け上がる。
寝室のドアのところで、奥さんが中を指差してわなわなと唇を震わせている。
「だ、誰かいたのよ!?」
「誰かって?」呑気な旦那。
「男の人よ」
「男?誰もいないぞ」寝室を見回しながら言った。
奥さんも入って来て
「変よ、ベッドカバーが乱れてる」
「乱れてるって?」
「皺寄ってない」
「そう言われればそうだけど」
と言いながらカーテンを開けて、庭を見下ろす。ほんとは旦那も不気味で怖い。
誰か居たような気配はある。
そっと、洋服ダンスを開けた。
ぶら下がった服の間に若い男の顔が。目と目が合ってギョッとなっている旦那の鼻先に
「コモ エスタ セニョオル」と、まず男は挨拶をしてタンスから飛び出すと、旦那を押しのけて階段の方へと脱兎のごとく逃げ出した。
呆気にとられて暫し呆然としていたが、慌てて窓から下を覗くと、女中が門扉を開けて、男を外へ出すところだった。
「なにやってたんだ、あいつら?泥棒か?」
奥さんが、鏡台の中とか調べている。
「何も盗られてはないみたいだけど」
「盗る暇なかったんだろう。俺たち予定より早く帰って来たから」
「ああ…でも、このベッド気持ち悪いわ」
「このベッドの上でやってたってことだな」
ダブルの高級なベッドの上で、やりまくった後か途中か知らないが、物音を聞いて慌てて洋服ダンスの中に隠れたのだ。玄関口にある階段から、裸で降りるわけにもいかず、服着るのに暇いって奥さんに見つかってしまった。
その後、女中もどこへ行ったのか、荷物もろともいなくなっていた。
※「コモ エスタ セニョオル」ご機嫌いかがですか、と言う意味だが
通常よく使われる挨拶言葉。




