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塚本くんはつかれやすい

作者: 莉多


うちのクラスにはいつもつかれている人がいる。


「うわ、今日もつかれてるな」

「あ、ほんとだ。つかれてるね」

「ほんとうに塚本くんはつかれやすいね」


朝から放課後まで、毎日毎日飽きずにずっとつかれている彼は、塚本怜くんという。黒いストレートの少し長めの髪に眼鏡の弓道部。友達はいるけれど、静かに読書をするのが好きなのか、よく教室で本を読んでいる。難しそうで読書嫌いな私なら三秒で眠くなって読めないだろうなぁと言う系統の本。クラスメイトだというのにそれだけしか知らない彼は、今もつかれている。


「あ、こっち見た」

「うわめちゃくちゃどや顔」

「いや羨ましくねえから!」


塚本くんは相変わらず本を読んでいる。その空間だけ、切り離された独特の雰囲気を醸し出していた。いろんな意味で。


「邪魔じゃねえのかなぁ……」

「俺だったら鬱陶しくて無言でハサミで切るわ」


ニタニタと気持ち悪い、でもなぜか誇らしげな笑みを浮かべているのは、塚本くんではない。塚本くんは多分、見えてない。



塚本くんはつかれやすい。

どう見ても背後霊な見た目の、自称守護霊たちに。




最初に塚本くんのことを知ったのは入学式だった。入学式開始前、クラスごとに集まったとき、なぜかぽっかり空いている空間があったのだ。疑問にも思わず、ただぼんやりと軽い気持ちでその空間を見てしまった。声を出さなかった私を誰か褒めて欲しいものだ。

……肩に女の子を乗せている男の子。

いやどんなリア充!?罰ゲーム!?と心のなかで突っ込んでから気付いたのは、どうやらその女の子が生きていないということ。

今まで零感で、幽霊など見たことがなかったと言うのに、その男の子が女の子を肩に乗せているのに無反応だったこと、それと女の子の顔が、生気のない蒼白い顔で、なんだか色々な中身がすこーしだけ覗くボロボロの、今の制服に変わる前の制服を着用していたことで、「あ、幽霊だ。」と気付けたのだ。怖くなかったのはその女の子が蒼白い顔で、とても幸せそうに男の子に話しかけていたからであろうか。


それからだ、私がこっそりと塚本くん観察を始めたのは。




塚本くんがつかれているのは、入学式に見た女の子だけではない。ある日は屈強な筋肉の塊みたいな世紀末のモヒカンが塚本くんの両肩に足をのせて仁王立ちしていたし、ある日は小さな日本人形のような女の子が首に手を回してぶら下がっていたし、ひょろひょろの、触れたら今にも折れてしまいそうな高齢のお爺さんが鞄に引っ掛かって引き摺られていたこともある。私より確実にウエストが細かった。南無。


それでも一番つかれているのは、入学式のときの女の子だった。彼女は私が観察をしていることに気付いており、私と目が合うたびに「羨ましいだろぉ~」「この人間は私のなのよ」「キィィ!この泥棒猫!この人は渡さないんだから!!」「あぁ、私とこの人はまるでロミオとジュリエット……悲しき愛の壁のある二人……」とまぁ毎日毎日よくネタが尽きないものだと感心するほどに色々な表情を見せてくれる。声は出ていないから台詞は私の捏造だ。でもきっとそこまで外れてないと思う。入学式のあの幸せそうな表情はなんだったのかというほど、愉快な表情と身ぶり手振りを披露してくれる彼女のことを、私はそんなに嫌いじゃない。害もないし、見ていて楽しいのだ。それはどうやらクラスメイトも同じようで、遠巻きながらも何だかんだで楽しんで見ているのだ。



一度だけ、塚本くんに「塚本、つかれやすいのか? 」と聞いた猛者がいた。塚本くんは一瞬だけぽかん、と言う表情を浮かべたあと、「部活もあるし、確かに疲れやすいかもね。そんなにしんどそうに見えた?」と笑いながら答えていた。それからなんとなく、塚本くんにつかれやすいか聞く人はいない。




顔ぶれは何度か変わるものの、幽霊にしては愉快すぎる個性溢れる面子が10周くらいして、私たちが幽霊たちとある程度面識を持ち仲良く(?)なってきたころ、事件は起こった。

とある他のクラスの生徒が、塚本くんを糾弾したのだ。


「気持ち悪いもの連れてるんじゃねえよ!!」


嫌悪と侮蔑にまみれた言葉と表情に、私たちの方が反応した。だって塚本くんは気付いていないのだから。見えても、いないのだから。困惑している塚本くんを他所に、私たちは塚本くんの周りに立ち、それはもう某防犯システムしてますか?並の立派な鉄壁になったのだ。端的に言えば、私たちはキレた。

よく考えてほしい。幽霊だと言うことを除けば、彼女らはとても気のいい愉快な幽霊たちなのだ。もうすでにクラスの一員として、立場が確立していた。生気のない青白い顔をしてようが、多少床から浮いていようが、ボロボロだろうが、私たちからしたらクラスの一員なのだ。糾弾した生徒はバツの悪そうな表情を浮かべ、自分のクラスに戻って行った。勝った、と私たちが塚本くんの方を振り向くと、入学式以来初めて、困惑している塚本くんの周りに、彼女らの誰もいなかった。


呆然としているうちにチャイムが鳴り、塚本くんは困惑したまま授業が始まった。

その日以降、気のいい愉快な幽霊たちは、姿を見せることはなかった。次の日も、その次の日も、塚本くんの肩は、なにも遮るものがなかったのだ。





「最近肩が軽いんだよね、なんでだろう」


塚本くんが何気なく言った言葉に、少しだけ涙が滲んだ。あれから塚本くんの観察は続けているけれど、いつものように寸劇を繰り出す愉快な幽霊は、いない。塚本くんは見えていない。気付いてもいない。その事実が、虚しい。


「でもさ、不思議なんだよ。なんだか、胸にポッカリ穴が開いたみたいなんだ。肩が重かったころは、ポカポカ陽だまりにいるみたいだったのに。不思議だよなぁ」


塚本くんの言葉を聞いて、私だけでなく何人かが顔を上げた。みんなみんな、塚本くんと塚本くんがつかれていた幽霊が好きだった。


「なんだか、名残惜しいなぁ。これなら、肩が重い方がよかった」


悲しそうな表情を浮かべた塚本くんに涙腺がとうとう決壊寸前だった。名前も知らないけれど、塚本くんがつかれていた幽霊たちと塚本くんは、知らぬうちに、気付かぬうちに絆が生まれていたらしい。鼻水垂れてきた。


思わず声をかけようとした瞬間だった。ポンッと軽い破裂音が聞こえたと思うと、目の前にやけに見慣れた生気のない青白い顔があった。「渡さないんだから!」と言わんばかりに威嚇してくる彼女に、涙が引っ込んだだけではなく笑いが込み上げてきた。



「あれ!?なんだか肩が重いんだけどォ!?」


塚本くんの声が響いた瞬間にクラスのほとんどが、笑顔になった。当の本人は不思議そうに首を傾げているし、幽霊の彼女はもう離さない!と言わんばかりにぎゅうぎゅうと抱き付いていた。いつの間にか、今まで揃ったことのない自称守護霊たちが揃っていた。塚本くんの肩には仁王立ちした世紀末のモヒカンがいるし、首には生気のない青白い顔を幸せそうにした彼女がへばりついているし、足には小さな女の子が、くっついていて、そしてなぜかひょろひょろのお爺さんは塚本くんの膝に頭をのせて膝枕を堪能していた。



塚本くんはつかれやすい。本人は気付いてないし見えていないのだけれど、私たちは知っている。理由は解らないけれど自称守護霊の、気のいい愉快な幽霊たちは、塚本くんが大好きなことを。


今日も幽霊たちを肩やら背中やら、色んなところに乗せて、塚本くんは登校してくる。


塚本くんは、憑かれやすいのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすくて面白い文体が話にとてもマッチしていて、すらすら読めました。 なんというか、いい意味で五分アニメのようなユルさを兼ね備えていて、ほっこりします。 面白かったです。
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