さよならダーリン
俺のことどう思ってんのかはじめから知ってたは。
なあ、バカだってほくそ笑みながら俺の愛してるって言葉聞き流してたんだろ?
もういい加減、俺、疲れたは。
「あ、あん、あ、いい、そこいいっ」
バイト終わって帰ったらさ、俺のじゃねえ靴があって、甲高い女みたいな声が俺の恋人だった奴の部屋からしたら嫌でも察するよな。
俺は悪くねえのに隠れるようにその部屋のドアの横に立った。
薄く開いたドアの向こうでナニをしてるのかは喘ぎ声とベッドの軋む音と俺が愛した男の掠れた声で分かる。
このデジャブが何度めか数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいには、慣れた。
「さむ…」
まだ雪が降る1月の深夜はかなり冷え込んで、悴んだ手を合わせて息を吹き掛ける。
それから壁を背に薄暗い通路にしゃがみこんでただただ終わるのをまつ。
今回の男は女みたいな声だし女みたいにあんあんあえぐ野郎で、多分アイツの好みの童顔なんだろう。
そうこうどうでもいいことを考えていたら一層激しくベッドが悲鳴をあげて男が喘いだ。
んでもって少ししてから低く呻く声が聞こえて、静かになる。
終わったみたいだ。
「よお、終わったか」
俺は少しひらいてた奴の部屋のドアをあけて、壁に背中をもたれかける。なんかもう直視するの面倒になって目は合わせねえけどさっきまで喘いでいた男を一目は拝みたくて視線の先で探した。
「あ、その、こ、れは」
やっぱり俺とは正反対の可愛い美少年じゃん。
突然現れた俺に狼狽える可愛い美少年の横で満足そうに寛いで優雅にタバコをふかすフェロモン垂れ流す野郎が一匹。
ニタリと意地の悪いニヒルな笑みにこいつはやっぱりこいつだと思う。
「ぼ、僕そのっ」
「あー、いいよ、怒ってねえから」
チワワみたいにプルプル震えて事情後の真っ赤な顔で涙目になられたらこっちが悪いことをした気分になるだろ。
にしても…あのやらしく喘いでたときと別人みたいに初な反応に面倒で適当に流して、前髪かき上げて俺を見つめる男をみた。
「冬威」
「ああ」
「返すは」
俺はポケットからこのマンションのルームカードを取り出して冬威に投げた。奴は片手でそれをキャッチしめずらしく切れ長なめ目を丸くして俺を凝視してきた。
ぷ、間抜け顔とかラッキー。
冬威はフェロモン垂れ流しのそれはいい男だと思う。
身長高くてよ、色白で、んでもってがたいは良いしな。
切れ長い目の下にある泣きホクロはエロいし、薄い唇が開いたときに出る低い声で耳が孕むいう狂信的なファンが沢山いる。
なんでこいつ付き合ってかた斯々然々あって説明すんのも面倒だ。言えるのは俺の初恋ではじめての恋人だった。
それだけ。
「名前わからねけどあんた、大事にしてもらえよ」
「え…」
誰かに大切にされたかと聞かれて直ぐにはイエスとは言えないから、隣の美少年は俺の逆であってほしいと思う。
「こいつセフレ多いから大変かもだけどな」
「う、うん…?」
さっきまで自分と寝てた男の彼氏から変なこと言われて素直に受け止めきれないのか混乱してる顔で頷いた美少年。
そりゃあ他だったら喚き散らして殴りかかるか怒鳴るか、泣くか、はたまた淡々と冷たい言葉の槍を降らせるんだろうけど生憎俺の心はどっかに置いてきちまったようでなんも思えねえ。
言いたいことはいったしもう用もねえなと俺は部屋から出ようとした。
「おい、勝手に出てくみてえなこといってんだ?」
後ろから鼓膜に微々く掠れた低い声がして、とりあえず立ち止まってやる。
めっちゃ声から俺今不機嫌だみてえなアピールされても困るは。
多分俺も全身からめんどくさってオーラを出しながら振り向いたから殺気すら孕んだ冬威の目とあって睨まれた。
「あ?てめえにもう用はねえからここから出るんだけど文句あんの?」
「は?てめえ誰に口きいてんだ?」
「歩く18禁冬威さんにですけど?」
「躾がなってねえな新。甘やかしすぎたか」
「頭沸いてんの?大丈夫ですか?病院行きます?」
相変わらずタバコふかしながらチッと舌打ちした冬威が枕元にあったらしいスマホを取り出して何処かにかけはじめた。
「村上今すぐにこい」
たったそれだけ言い残し一方的に切ったあと、まだベッドでどうしたらいいのかわからないと言うように困惑してるチワワを蹴り落とし冬威が俺を手まねく。
「来いよ、拗ねてえんじゃねえ」
わー、馬路で頭沸いてるはこの人と。
つか蹴りおとされたチワワが唖然としてんじゃん。あ、肘打ち付けて擦りむけてんの。
可哀想。
「バカじゃねえの?」
誰がいくかよ。ろくなことにならねえのは分かってるからな、面倒事はふやしたくねえ。
俺がまた奴を無視して背中を向けたとき今度は腹のそこから出してるみてえなもっと低い声で名前を呼ばれた。
「新」
その声にぞわりと悪寒がした。
この声は確実に冬威が切れたときの声だ。
「なあ、新」
「…っ」
怖いもの見たさに恐る恐る振り向いた俺の後ろには般若の如く精悍な顔を歪ませ、ほの暗い焔が灯る瞳で俺を射ぬく冬威がいた。
なぜそんな顔をするのか、怒りたいのは普通俺だろ?
明らか気温が下がった気がする、それは多分殺気やら怒気やら撒き散らして俺を真っ直ぐに睨み付ける冬威のせいだ。
取っ捕まったらかなり不味いことになるそんな確信しかない俺は、鉛を抱えたように重くなった足を無理やり上げてだだっ広い玄関に駆け込み急いで靴を履いて外に出た。
「俺から逃げられると思ってんのか…?」
外に出た俺にはわからないことだけど、床に蹴りおとされたチワワは鳥肌がたつほど撒き散らされた殺気に震えた。
俺がいなくなった扉の向こうをただ瞬きもせず、見つめる男に恐怖をかんじ泣いた。
人が完全に感情を失った顔がどんなものか想像すらできないほどその時の冬威の表情から感情すべてが欠落した。
ただほの暗く揺れる瞳の黒いの炎が、燃えている様はまるで死神のようでー
幸い後ろを追ってくる気配もなく、そのままエレベーターじゃなくて階段で下までかけ降り駐車場まで早歩きで行き、自分のバイクに跨がる。ヘルメットをかぶる時間すら惜しくて俺はエンジンをいれはじめから全速力で冬威のマンションから離れた。
行き先はないけれど、今、逃げなくちゃいけない気がした。
深夜の道路を走る車はほぼないが、たまたま対抗斜線から向かってきた黒いベンツに顔を見られたら不味いと思った俺は顔を見られないよう極力下げて通過した。
何故かわからない恐怖と突き刺さる寒さに指が悴んで、痛いけど。目的地などないけれどどこか遠くに逃げなきゃいけない、そんな気がして俺はネオンの中に入った。
しばらく無我夢中でバイクを走らせてたらどっかで隣町まで来ちまったようだ。
外気にさらされ続けて感覚が麻痺った指の皮がぱっくり割れて血が滲んでたし、頬っぺたは氷みたいに冷たくなってるし、寒すぎて呼吸するたび肺に尖った氷が刺さったみてえにいてえし、最悪だろ。
とりあえずバイクのガソリンが底をつきそうだったから、俺は視界にはいったガソリンスタンドで休憩することにした
深夜でもあいてるチェーン店のガソリンスタンドにはいり、店員に愛するバイクを任せ俺は中に入った。
外との温度差にくらっときだけど、自動販売機で暖かい缶コーヒーを買った。
窓際の椅子にすわって、缶コーヒーをあける。
ぷしゅっといい音がしたあと甘い匂いが鼻をくすぐりここでようやくほっと一息つけた。
悴んだ両手で缶コーヒーを包んで暖をとりながらふと、外に視線を投げた。
ちらほら車が通るだけで人なんて歩いてもいない。
甘いコーヒーの味に癒されながらぼーと外を見てた。
こうしていると何故自分がここまで逃げる必要があったのか、別に追ってくるような男でもねぇことに気が付いて笑えちまった。
何から逃げようとわざわざ隣町まできちまうのか、アホらしくなってぐびっと缶コーヒーをすする。
よく考えれば分かることじゃねえか。あの絶対君主暴君は自分から逃げた奴を追わねえことくらい。
何度裏切られ喚き散らかして衝動で部屋を出ても奴はおってこなかった。
俺から戻るのを悠々と待ち、俺が帰ったとたん鼻で笑いやがった。
そんな奴を何で今まで愛してたのか、我ながら自分の馬鹿さ加減に失笑した。
「くは…」
とあるミックスバーで知り合ったのが初めで、俺の方から惚れてアプローチした結果付き合い始め、付き合って奴は1ヶ月くらいで浮気をした。それから何度も、何度も。男でも女でも若くて可愛いやつらを侍らせて、これ見よがしにやってるところを俺に見せ付けてきた。
大体俺がバイトから帰る時間帯を狙ってたのか、帰るたびに連れ込んだ奴とよろしくやってたんだぜ。
そのくせ俺のことを抱こうとしたことは1回も、ない。
手を繋ぐこともキスすら、ない。
今思えば付き合ってたと勘違いしてたのは俺の方かもしれねえな。恋人らしいことを何一つした覚えがねえもん。
「は、…はは」
そうだ。
付き合ってから何一つない。
ただ同じ空間に住んでいた、それだけだ。
でもその唯一でもアイツの傍にいれたことがしあわせで、手放したくはなかった。
連れ込む奴らとは違って、俺はこいつと生活してると優越感に浸って自分を殺してただけだった。
愛してるなんて、言われたこと、なかったんだ。
いつも俺だけがアイツの後を追って愛を叫んでた。
決まって冬威は俺もだよと返すわけでもなく、鼻で笑ってた。
空しいってこういうことをいうんだろうな。
バカな俺でも今やっとわかったよ。
変な笑い顔になってる俺の頬を温い水が流れる感覚がした。
そういや視界も歪んでまともに見れねえじゃん。
でも拭っても拭ってもダム決壊みたいに溢れて、止まらねえよ。
はじめから好かれてた訳じゃねえことと向き合うのはこんなに胸がいてえなんて知りたくなかった。
アイツの手は何時だって俺に触れないくせに、俺は期待して、裏切られて勝手に落ち込んで、ずるずるここまで来ちまった。
愛してくれって言ったことはねえけど、愛してほしくてさ。
愛されてないのを知っていたんに。
さよならをいうのも、言われるのもくっそ怖かったんだ。
その一言で俺が崩れちまう気がして、死んでなくなっちまうそんな気がしたんだよ。
「ふは…さよならダーリン」
誰にいうでもなく、掠れちまった声で自分に言い聞かせるように吐いた。
俺は缶コーヒーが温くなるまで考え込んでいたみたいで、店員に整備やら補充が終わったと呼ばれてはっとした。
俺は慌てて顔をすくの袖で乱暴に拭い、鼻をすって温くなった缶コーヒーをあおり一気に飲み干して席をたった。
その時たまたまポケットからスマホが落ちたので拾って何気なく画面を確認したら、ライン通知にミハルという文字がでていた。
ミハルは見た目完璧儚げ女子なのに男という女より綺麗な男で、ネコと見せかけてバリタチ。でもおかんみたいな所があって俺は大分お世話になった。
そういえば別れたことを報告してねえな。
多分驚くだろうし同時に心配そうに顔をしかめるだろうな。
それから俺を元気つけるため明るく笑って甘やかしてくれる。
恋愛関係に発展しないのはお互いがお互いの距離感を把握してるからだと思う。
とりあえずミハルには後で報告しねとな、と俺はラインを開かねえでポケットにしまい直して顔をあげた。
もう涙も引っ込んじまったよ。
外に出て代金を支払い、ピッかピかになったバイクに跨がった。
とりあえず愚痴でも溢しながら酒を飲んで、仲間たちと騒ぎたい。
時計を確認したらまだ午前0時、飲む時間はある。
俺はもと来た道を引き返して、あの男と出会う前によく仲間とたむろってたバーに行くことにした。
「さよならダーリン」
浮気性に振り回された新が、ついに別れを覚悟して離れる。
その瞬間を切りとってみました。
短編です、希望があれば続きを書こうかと…思います。




