ホワイトデー編『春擬き』
バレンタインデーから一ヶ月経つころ
男が女にバレンタインデーのお返しをするという
ホワイトデーがある。
当然拓海は夏樹へお返しを作るつもりである。
三月に入ってその初日に拓海は準備を始めた。
もちろん誰にも言わず一人で足りない器具を集め材料を買い、といったように。
夏樹もそれを心待ちにしている。だが、夏樹もその期待を胸の奥にしまい込んで拓海にプレッシャーをかけないようにしていた。
「おーい、夏樹帰るぞー」
バレンタインから…いや、それ以前からと同じように一緒に帰ろうとすると
「し、仕方ないわね!ありがたいと思いなさい!」
夏樹はツンとそっぽ向きながらそう答える。
おそらく犬の尻尾が付いていたらその尻尾の動きで分かってしまいそうなくらい弱いツンなのだが。
もっともこのツンデレはバレンタインからである。
「夏樹、どんなお返しがいい?」
拓海は夏樹の顔をのぞき込んで訊ねる。
「あ、あんたの…その…キ…」
「キ?」
「キ…あんたのことなんか嫌いよ!」
「はぁぁ!?」
夏樹はまともな答えを言わず走り去って行った。
「なんだよ、キって…」
敏感で鈍感な矛盾男の拓海くんには理解し難い乙女心であった。
翌日拓海は雷に打たれたような衝撃のニュースを聞いてしまった。
それから時は経ち、ホワイトデー。
拓海は福岡県の南部の方、自然の多い空気の澄んだ田舎に来ていた。
とある家の玄関の前に立ち、インターホンを押す。
「あら?…た、拓海くん!?」
インターホンに出た女の人がとても驚く。
中からドタバタと足音がしてから玄関の鍵が解錠される。
「あ、こんにちは。那珂拓海です。」
「遠いのにありがとうね…さ、早く中入って。」
夏樹の母が家の中へといざなう。
「いや、すみませんが僕は夏樹に用があるんで…」
「そ、そうだったわね!じゃあ…これ見ながらいってくれれば分かると思うから…」
「ご丁寧にありがとうございます」
「気をつけてね…」
夏樹の母は拓海に地図を渡して見送った。
「夏樹の実家はやっぱり田舎で落ち着くな〜」
そんな独り言を呟きながら一本道を歩いていく。
「あ、いたいた。」
しばらくして夏樹の姿をとらえる。
「拓海おっそーい!」
「ごめんごめん!でもちゃんと持ってきたから」
「べ、別に期待なんかしてないから!」
「そうか?嬉しいくせに」
「全然嬉しくない!」
夏樹がそっぽをむく
「おばあさん、あれはなにをしてるのかね?」
「こら、おじいさん!人を指ささないの!」
拓海がおじいさんに指をさされる
「ほら!やっぱり変人扱いされてる」
「俺は大丈夫だよ…だって俺はあのとき…」
「それは言わないの!あれは私が悪いんだから」
拓海がうつむく。
「とりあえず笑顔を見せれるうちにこれ渡すね。」
拓海がそう言って夏樹に紙袋を渡す。中身は夏樹が好きな向日葵の花が2輪。
「向日葵じゃん!気が利くわね!」
夏樹がよろこぶ
「夏樹、ほんとうにあのときはごめん…」
「だからいいって…って何泣いてるの!?」
「ごめん…ごめん…俺は…」
「…泣きたいなら私の前で泣かないでよね!」
「ごめん…」
「私は大丈夫だから、拓海は前向いて頑張りなさい!私は拓海の心とここにいるんだから」
夏樹が拓海を慰める
「なつきぃぃぃぃぃ!」
「なっ!いきなり抱きつかないでよ!」
「もう、会えないけどさ…ごめんな…やっぱり俺は夏樹しかいない…」
「そんなのやめてよ!あなたは他の人を見つけなさいよ!」
「嫌だ!」
「…そうね、ならそれでいいわ」
夏樹はじっとその場に佇んでいる。
「だからね、拓海。もう後悔しないで。前向いて歩いて。それが私の願い。」
拓海は涙を拭い夏樹に視線を向ける。
「分かった。絶対に後ろは向かない。夏樹はいつもここにいるから。」
拓海が心臓を拳で二度叩いた。
「それじゃあ俺はこれで。また一年後かな、会うのは」
拓海はそう言葉を残して帰っていった。
それはまだ寒さの残る淡く虚しい恋の物語
足立夏樹 享年16歳
平成29年3月1日没 信号無視のトラックに跳ねられ即死
少し短くなってしまいました!すみません!