流れる水を辿って
ぼくがいま、ここに立っているとして。
目のまえで、水ろが二つにわかれていた。
どちらにいこうか。
左にいこう。
え? だれにも言わずに出てきたんだよ。
たびだから。ぼくはたびに出るときめた。
水ろをたどっていく。どこまでいくかって?
水ろがつづいているかぎり、ずっと。
とめるなよ。ぼくは本気だから。
ひろばのよこをとおる。ひろばには人がいる。
だれもこちらを見ていない。いいかんじだな。
しっている人がいないみたい。いたら、とめられてしまうからね。
どうして水ろには、こんなコンクリートのふたがずっとはまっているんだろう?
水は空につながりたいのに。
いつでも、ここでいいやとおもったら空にかえっていきたいだろうに。
たびをすきなところでおわらせるけんりは、だれにもあるとおもう。
でもぼくは、まだまだたびをおわらせることはしない。
ふたはいらない、よけいなおせわ。でもぼくはとにかく先にすすむ。
すこしとまって、しんこきゅう。
人は自らが何かをしなければ、と決めた瞬間、簡単に諦めることをしなくなるらしい。
水ろはずっと、つづいている。まだまだ先まで。
だからぼくは、あるきつづける。
ところどころ、金あみがはまっている。そこでくらやみの水はすこしだけ、いきをつくらしい。
ぼくも金あみのところでとまるたびに、しんこきゅう。
コンクリートのふたは、せんろみたいだね。
この上をうまくあるけるだけで、じしんがわいてくるよ。
見たものは。
つりしのぶ。まるい玉になってのきから下がっている。なまえ知ってるんだ、うちにもあったから。
ねこ。くろと白がちょっと。しましま。
ねこはちらっとこちらをみて、すぐどこかにいってしまう。
三りん車。ぼくはずっとのれる、っていったのに、だれもきいてくれなかった。あぶないから、どこかにいってしまうから、と。もうぼくには小さくなってしまったから、ひつようないけど。
フェンス、なぜかいつもクリームみたいなみどりいろ。こちらにすこしだけ、まがっている。
草はどこもおなじように見える。いきおいよく生えていたり、かれていたり。
しんごうき。すごいな。もうこんなところまで、きていたんだ。いまは赤。ぼくはちゃんととまる。しんごうくらいは、わかるよ。でなかったらたびに出ようなんておもわないから。
犬がほえる。でもしっぽをふっていた。だれなの? だれ? と大きなこえできいているんだ。
おみせ。またおみせ。シャッター。水ろはすこしだけ、おしゃれになった。あなのところにひとつずつ、ぎんいろの小さなふたがはまっている。
ひとつほしいな。しゃがんでとろうとおもったけど、とれなかった。
ぼくはさらに先にすすむ。
おしっこがしたくなった。
でも、先生はいったよ。
「そとで、おしっこをするときは、トイレとか、見えないところでしようね。みちのはしっこや、たてもののかげとか、みんながとおるところでは、はずかしいよ」
どこかにトイレはないのかな。
水ろをずっとまえにたどる。
あった。コンビニだ。
「こんにちは」
ちゃんといえたかな。おみせの人は、ちょっとふしぎそうなかお。
ぼくのかお、そんなにふしぎなのかな。
よくみられるんだ。しらない人から。
おこる人もいるよ、こんなところをあるくな、って。
おかしなことをするんじゃない、とかね。
わらう人もいる。あまりきもちいいわらいかたじゃない。
でも、わかるんだ。
ふしぎなかおで見る人、へんなかおでわらう人、
そういう人は『ふあん』なんだ。
しらないことが、とてもふあんなんだね。
ぼくみたいに、たびに出てみればいいのに。いろいろ見にいくためにさ。
ああ、すっきりした。
「ありがとうございました」
ちゃんといえたか、わからない。でも、おみせの人はにっこりした。
いやなわらいかたでは、なかった。ぼくのむねもあたたかくなる。
この人も、たびをしているとちゅうなんだろうな
だからわかってくれたんだろう。
ぼくはさらに、たびをつづける。
すこしさむくなってきたかな。
でもぼくは足をとめない。たびじのはてまで、あるきつづけるのだ。
ぼくはもう、なんさいだったかわすれたけど、中学生だからね、とよくいわれてる。
それって、もう大きいってことなんだよ。
そとで、はずかしいことをしないってことなんだ。
だから、たびに出るしかくはじゅうぶんあるとおもう。
はずかしいことは、してしまうかもだけどね。
しかし、
この世の中で完璧に恥ずかしくない生き方ができている人間なぞ、果たしているのだろうか。
誰かに迷惑をかけて、誰かの迷惑を受け止め、お互いに恥ずかしい事をくり返しながら、それを反省して、少しだけ『よく』なろうと努力する。
そう思えば、誰もが生きる意味があるし、旅をする資格があるのかも知れない。
お日さまがほっぺたのほうからぼくをてらす。
もうかえるじかんだ、本とうはね。
でもたび人は、けっしてとどまることをしない。
旅路の果てまで。
きゅうに、水ろは大きなよう水ろにぶつかった。
四かくい川が、ずっとむこうにのびている。
かぜがつめたくなった。
においがする。なつかしいにおい。
四かくい川の、ずっと下のほうから。
川をたどる。ぼくは小ばしりだろうか。
かげがずっとながくのびている。
はしる、はしる。いきがきれても、はしる。
そしてついに
ぼくは、うみを見た。
よせかえるなみ。
しずもうとするたいよう。
ぼくは束の間、何か大きな心のうねりを身体いっぱいに感じ、喉元にこみ上げる熱い塊をぐっと飲み干した。
今だけは、ただの旅人。そして、今だけはただの人間として
その浜辺に立ち尽くす。
旅路の果てに見たものは、大いなる意思だった。
遥か彼方まで拡がる水はささやいた。
ご覧、誰にでも分かることばで語ってあげよう、人生というものを。
ふりむいたときに、ようやく気がついた。
ぼくはおなじようにえがおでこたえる。
「なあんだ、ずっとついてきてくれたんだね」
了