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3.親友は運命の相手♀


「―ということですから、一刻も早く、他の守護者様を見つけ出し、そのお力でこのプリザヴェーラを御救い下さい」


 邪悪さの欠片も見当たらない神々しい微笑みを全面に押し出して、アナスタシア女王が見事なまでにあっさりと話をまとめてしまった。もしもここが、ゲームの世界か何かなら、一通りの状況説明が終了した今、次のシナリオへ飛んでいくはずだが、いかんせん、私の頭はそう単純にできていない。


「す、救ってくれと言われましても、その……私って案外不器用で、多分、まるで役に立たないかもしれない可能性が非常に高いと思われるのですが……」


 この期に及んで、自分に割り当てられた守護者という枠から何とか脱出できないものかと試みる。ごくごく普通の天涯孤独な女子高生である自分が、突然、プリザヴェーラという世界に召喚されて、この世界を救えと言われても、できることなんて、せいぜい散らかった部屋を掃除するとか日本料理を披露するとかそういう家事手伝いくらいで、この範疇を超えることなんて考えられないし考えたくもない。人探しならまだしも、その後に待っている世界を救う大イベントなんて、16年しか生きていない女子高生がすることでは決してないと声を大にして言いたい。だが、アナスタシア女王はその寛大なお心でもって、私の発言を真っ向から吹き飛ばしにかかった。


「いいえ。守護者様はこの世界を救うに十分なお力をお持ちです。ご自分ではまだお分かりにならないだけ。今の守護者様はこのプリザヴェーラに召喚されたばかりの何も知らぬ赤子同然なのです。ですが、女王であるこの私には、秘められしその力がはっきりと鼓動を打っているのが分かるのです」


「は、はあ……」


 ケシーニャさんまで、アナスタシア女王の言葉を後押しするように力強く頷いている。この人は先程からアナスタシア女王の言葉に頷く以外のことはしていない。アナスタシア女王の言うことは全て、肯定している。いや、女王直属の騎士団団長なのだからむしろ当然のことか。


「その額に、尊い精霊の紋章が浮かぶ日は近いでしょう」


「……そう、でしょうか」


 アナスタシア女王の言葉に、半信半疑の中、そっと右手で己の額に触れてみる。今まで生きてきて、精霊の紋章などという不可思議な模様が浮かんできたことなど一度もないが、アナスタシア女王の真摯な眼差しを受けて、二度も頭ごなしに否定する気は起きなかった。ここに紋章が浮かべば晴れて守護者というお墨付きを貰えるのだろうが、もしも、現れなかったらそのときは一体どうなるのだろうかと考えて、考えるのを止めた。間違いなく、そのときは今以上に悪い状況になるだろう。


「あ」


 額から右手を下ろし、そういえば、と思い出したように自分と同じくこの城へ召喚されたという守護者の存在に思いを馳せた。彼だが彼女だか分からないが、その人物こそ今の私の気持ちを最も理解してくれる唯一の人間なのだ。その人は今何処にいるのか、尋ねようと口を開いた瞬間、廊下を走る騒がしい足音が聞こえ、部屋の扉がバン、と勢いよく開かれた。


「桜子ちゃ~んっ!」


 何とも頼りなさげな声と共にそこに立っていたのは、シーツ一枚というあられもない姿を惜しげもなく披露した同じ世界の同級生でもあり親友でもある、常盤春香ときわはるかだった。


「は、春果はるかぁ?」


 春果は柔らかなくるくるウェーブの長髪を振り乱して、思わず同性ながら赤面せずにはいられないその豊満な身体を揺らしながら私のベッドに駆け寄ると、同じくシーツを胸元まで引き上げていた私に抱き着かんばかりの勢いでまくしたてた。


「うわあん、良かったあ。やっぱり、メイドさん達が話してた守護者って、私の知ってる桜子ちゃんだっ。ねえ、私達、召喚されちゃったんだって。しかも前世は伝説の守護者だって言うじゃない。目が覚めたらこんなところにいるし、綺麗な外人さんばっかりだし、日本語は何故か通じるしで、もう、驚いちゃったよお」


 学校の休み時間と何ら変わらない、いつも通りのマシンガントークを繰り出した春果はぎゅううっと私にしがみついた。


「ど、どうして春果がここに……というか、春果がここにいるっていうことは、つまり、もう一人ここにいる守護者って春果のことだったの!?」


 突然現れた春果の姿に、私はすっかり混乱して、シーツ姿の春果とその後ろに立つアナスタシア女王、そして私の横にいるケシーニャさんの三人を順番に見つめたアナスタシア女王とケシーニャさんは不思議そうな顔をして、互いに顔を見合わせた。どうやら、彼女達にとっても、春果がここへ飛び込んでくるのは予想外の出来事だったらしい。


 春果はぱっとしがみつくのを止めると、顔を上げた。


「んーと、そうみたい。つまり、簡単に言うと、私達、前世でもやっぱり親友だったみたいっ」


 私がされたように彼女もまた今までの説明から独自に答えを導き出したらしく、へにゃりと屈託のない笑みを浮かべて言った。


「……春果ってば、簡単にまとめすぎだから。ついでに言うと、やっぱりって何。やっぱりって」


 相変わらず、悩みも何もないような単純明快な調子の相手に、脱力する。小さい頃から一緒に育った春果には勿論、私自身も親友という思いを抱いているが、わざわざ口に出して春果を喜ばせるつもりは毛頭ない。


「ひどーい、桜子ちゃんってば!私達、お互いが運命の相手だって、小さい頃に知らされたじゃない」


「……あのね、性別も違うんだから、運命の相手になれるわけないでしょうよ。それに、知らされたって言っても、幼稚園の頃に家族連れで一緒に行った遊園地の古いゲーセンでやった、ただの機械の占いが言ったことで、高校生になった今もそんな小さい頃のことを信じている変わり者なんて、春果ぐらいしかいないから」


「そこまで覚えてるんだから、照れない照れない」


「て、照れてないって!」


 場所を忘れて、いつものように絡んでくる春果の調子にうっかり巻き込まれていると、アナスタシア女王がくす、と控えめな微笑みを零した。更に、神々しい姿で意味深なことを平然と言ってのけた。


「お二人は随分と仲が宜しいのですね。前世で深い仲に結ばれた者同士が近い関係に生まれ落ちるのはよくあることです」


「ほら」


 春果がにんまり顔で私を見る。


「なっ……ほら、じゃないから!じょ、女王様もこんなときにそんなことを言わなくていいんですってば!」


 私が猛然と首を横に振って抗議すると、途端にケシーニャさんがぎろりと鋭い視線を私に向けた。


「女王陛下のお言葉はいつのときも常に正しいのです」


「う。ケシーニャさんまで……それはもう分かってますから」


 威圧的な視線に内心縮み上がりながら、ごにょごにょと尻すぼみに答えるも、ケシーニャさんは火がついたかのようにきりりとした表情で語り始めた。


「それに、先程、性別が違うから運命の相手になれない、と仰いましたが、性別が同じだからこそ運命の相手になれるのではないでしょうか」


「へ?」


 何かに操られているかのように熱をこめて話し始めたケシーニャさんは、私が安易に口にした言葉の一つを取り上げて、真剣そのものといった表情で疑問を呈した。


「女性が女性を愛することの、何がおかしいのでしょうか」


「そ、そんな、おかしいだなんて、言うつもりは」


 単なる言葉のあやで、と言おうとして、ケシーニャさんの勢いに遮られる。


「女性同士だからこそ、繊細な愛をはぐくむこともまたできるのではないかと思うのですが」


 ケシーニャさんの熱弁を前にして、アナスタシア女王を肯定するケシーニャさんではないが、肯定するしか対抗する術を持たない私は鎮静化を図る為にとにかく頷いた。


「な、なるほど。そうですよね」


 春果が茶化すようにそれに続く。


「もう、桜子ちゃんが古い考えを持ち出すから」


「いや、別にそういうつもりじゃ……」


 先程まで、あれほど嘆いていた姿はどこへ行ったのか、春果はにやにやした顔で私を見ていた。そのまま黙っていると、ケシーニャさんがまたも口を開こうとしているので、焦ってアナスタシア女王に助けを求めると、分かっていますよとばかりにアナスタシア女王は優雅な微笑みのまま顎を引いた。ケシーニャさんを見るアナスタシア女王の表情は、それまでとは違ってやや苦笑交じりの微笑に見えた。アナスタシア女王が小さく、こほん、と咳払いをする。


「このプリザヴェーラの常識とあなた方がいた世界での常識が全て重なるとは限らないのです。それは勿論、私達にも言えることなのですよ、ケシーニャ」


「あ、はいっ。守護者様。失礼をお許し下さい……」


 途端にケシーニャさんがしゅんと項垂れる。


「いえ、そんな、私こそ、なんかすみません」


 ケシーニャさんにとって、アナスタシア女王は鎮静剤と起爆剤のどちらの役割をも持ち合わせている存在らしい。今後、ケシーニャさんの前で、アナスタシア女王に関することを言うときは細心の注意を払おうと強く心に誓った。


「……さて。残りの守護者様を探す前に、着替えが必要ですね。ケシーニャ」


 場の空気が静まった頃合いを見計らって、アナスタシア女王が私達を見回して、提案するように言った。完全に不意打ちで羞恥心を掻き立てられた私は、思わずシーツを手繰り寄せる。


 アナスタシア女王から声をかけられたケシーニャさんは心得ていますと言わんばかりに、短く返事をするとその場に立ち上がり、そして、いきなり声を張り上げた。


「マルタ!リシュタ!」


 その呼び声とほぼ同時に、ばたん、と扉が開かれて、一人のメイド姿の女性がなだれ込むように部屋へと転がり込み、その後からもう一人のメイド姿の、こちらはだいぶ落ち着いた雰囲気の女性がしずしずと現れた。


「はいはいはーい。呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん。リシュタでーす!」


「マルタ。ただいま、参りました」


 ピンク色の髪を長いツインテールにくくっているメイド姿の女性は快活にリシュタと名乗り、彼女の横に並んだ、茶色の髪をハーフアップにまとめた容貌の女性は礼儀正しく、マルタと名乗った。マルタと名乗った方の女性が仰々しく裾をつまんでお辞儀をすると、遅れてリシュタと名乗った方の女性もまたいそいそとお辞儀をして見せた。


 対照的過ぎる二人の女性の登場に私と春果は顔を見合わせて驚きを共有した。


「こら、リシュタ。お前はいつもいつもそんなに慌てて……女王陛下の御前なのだから、もう少し、マルタを見習って、こう落ち着いてだな」


 ケシーニャさんがつかつかと二人の前に歩み寄ると、額に手を当て、呆れたようにため息を吐いた。


「ケシーニャ様ってば、会う度にお堅くなられて。ほら、眉間にこんなに皺が寄っていますよお。ご存知でしたか?」


 リシュタという名の女性は、わざわざ自分の両手で眉間に皺を寄せると、わざとらしい口調でケシーニャさんを煽った。そのとき、ふわり、と彼女の背中に薄い羽のようなものが透けて見えた。


「わあ、綺麗」


 隣にいる春果にもそれが見えているようで、現実とはかけ離れた想像の産物という概念を無視して、うっとりとした声を漏らす。


「仕事中なのに羽が出ていますよ、リシュタ」


 マルタさんが優しく指摘すると、リシュタさんは「あっ」と呟き、体を震わせる仕草をした。すると一瞬で見えていた羽は消え、リシュタさんの周囲を鱗粉のようなものがきらきらと瞬いた。


「今のは一体……」


 人の背中から羽が出たり消えたりした一部始終を初めて目撃した私の魂が抜けたような呟きは、運よくマルタさんに拾われた。


「お見苦しいところを見せて、申し訳ありません」


 マルタさんが苦笑交じりに頭を下げた。


「い、いえ、そうじゃなくて、その羽は……」


「もう、桜子ちゃんってば鈍感なんだから。妖精の羽に決まってるでしょ」


 馬鹿みたいに瞬きを繰り返す私に、それが常識だと言わんばかりの口調で誰よりも早く春果が答えた。一体いつの間にそんなに馴染んでいるんだと、小一時間問い詰めてやりたいのをぐっと堪える。


「……リシュタ」


 ケシーニャさんの容赦ない眼差しにリシュタさんがぱっと自分の顔から手を離し、笑いを堪えるような表情で「ごめんなさーい」と反省の欠片も見受けられない薄っぺらな謝罪を口にして、マルタさんの後ろへ逃げた。

 

 そのとき、アナスタシア女王がこほん、と控えめな咳ばらいをして、全員の注目を集めた。


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